第5話
アパートの二階にある引っ越してきたばかりの新居に入るなり、吉野が叫ぶように言った。
「見て、アキ。見てよ、ほら。スリッパの位置がいつもと違うのよ。二つピタって並べてたのに微妙にずれてるでしょ? ほらほら」
小さな玄関で吉野は何度もアキにわかるようにスリッパを指差した。玄関の外で秋谷はコンビニの袋を持ったまま熱弁する吉野に向かって、「そんなの気のせいだよ。大体、元々どう置いてあったかわからない」と言った。秋谷はそんなことよりも疲れた身体を少しでも早く休ませたかった。
「けど、本当にちょっと、ほんのちょっとだけ動いているのよ、本当よ」
「わかった。わかった。わかったよ。盛り塩でもしておこう。さぁ中入って」
吉野は秋谷の言葉に不満そうだったが、それ以上に秋谷の表情が不満そうだったので部屋の中に入る。部屋は大きめのリビングが特徴的な2LDKだった。引っ越してきたばかりなので、全てが整っている。
秋谷は買って来たアイスをダイニングのテーブルの上に置くと、冷蔵庫に牛乳を冷蔵庫をしまう。その間に吉野がテレビをつけたのか、ニュースを読む女性の声が聞こえてきた。
「お金、どうしようかしら?」
吉野が呟いた。「三千万もすぐに作れだなんて」
「どうにもならないよな」秋谷が答える。
「もうおしまいなのかしら」
「店を閉めるのか? 閉めたって同じことだろう。あいつらはどこまでも追ってくるよ」
「そうなのよね。絶対絶命なのよね」
「絶対絶命か。けど、なんだか余裕があるように見えるよ?」
「そう振舞ってるだけよ。今まで散々辛い目に合ったから、どんな時でも軽口叩いて明るく振舞おうとしちゃうのよね。不幸な特技ってやつ。損するタイプなのよ、私。知ってた?」
「知ってたよ。損するタイプだってこと」
「あら酷い」
「けどヨシはいつも無駄に前向きじゃない」
「私のそういうところに惚れたくせに?」
「後ろ向きに借金背負ってるゲイより前向きに借金背負ってるゲイの方が魅力的なのは確かだよ。認める」
悪い奴ほどよく転ぶ 幽界キネマ @yukaikinema
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。悪い奴ほどよく転ぶの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます