Garden Chronology : WITCH

庭宮 ラキ

Prologue


 酷く激しい雨が降る夜中のことだ。あまりにもその音が大きく、今私がいる木造の酒場の屋根がいつか抜け落ちてしまうのではないのかと、心配になる程の降水量。そんな記録的な雨だから、ここには私と店主マスターと古くからの友人しかいない。よくもまぁこんな時間に、こんな天気に呼び出してくれたものだと、私は入店して1時間経って尚、素面の友人に少しの苛付きを覚えながら過ごしていた。


 カチカチと時を刻む鳩時計の音はこれがまたよく聞こえ、豪雨を物ともせず一定のリズムを刻んでいる。まるで外と中が実は繋がっていない、別の世界なのではと思えた。考えてすぐに、「いいや、でもそれは決してない」と我ながら子供染みた幻想を自ら打ち破っては、だんまりを決め込む友人がいつ語り出すのかを待っていた。


 時計の針はそろそろ明方を告げるところまで進んでおり、いい加減待ちくたびれた私は苛付きを見せつけ友人に詰め寄ろうとした時、やっと彼の口が開いた。口の動きはあっても、声は発せられていない。私はそれが盗聴を防ぐための魔法だと分かると、友人と私しか知り得ない«鍵の魔法»を念じた。すると次第に友人の声は大きくなっていく。私は呼び出されてから数時間の末、ようやく声を聴くことが出来た。


 「おい、それをやるなら合図くらいしな!」


 待たされて待たされて、やっと話したかと思えばこれだから、私はすこぶる機嫌が悪くなった。私は態度に出る。気付けば席から立ち上がっており、友人が羽織る高貴なマントをしわが戻らないような力で掴んでいた。

 頭に来ている私に、少し怖気づいた店主は居心地が悪そうにカウンターの奥の方へと消えていく。これで私と友人の二人きりとなったのだが、友人は尚も魔法を通して語り続ける。


 彼は淡々とことを告げる。震えた声で、どこか無念な声色で、次々と非現実的な内容がその口から溢れ出す。私はすっかり冷静になり、再び席に着いた。友人から話を聞く度に、私もどうしていいのか分からなくなってしまう。

 


 運命とは残酷なものだ。



 ​友人はこの手の話には決して嘘はつかない。嘘をつけば間違った運命を歩むことになってしまうから。

 私は何の疑いもかけず、すんなりその話を信じた。さて、この話を聞いて私達はどう動けばよいのやら。先程まで怒りで眉間にしわを寄せていたのに、今じゃ悩むことで眉間にしわを寄せている。それが深い緑色のワインボトルに写っているのを見た時、何とも深いため息しか出なかった。


 私は態度に出る。

 

 いつまでも大人になり切れないのは後で後悔するとして、今は真剣に対策を練るが、「これだけは避けたい答え」に行きついてばかり。もうこの手しかないのだろう。もういくら考えても埒が明かない。私は腹を決めた。


 「どう考えても、これをやるしか方法はないかもしれないね」


  友人は私の言葉を受け、先程までまっすぐ私の顔を見ていた眼を、横に反らした。​横顔に見える涙。眼を赤くして、もう成す術がないような表情。こんな表情の友人を初めて見たので、不覚にも少し涙をもらってしまう。


 私まで泣いてしまう訳にはいかない。二人して崩れても仕方がない。それにプライドもある。私は平然を装い何とかこの感情を誤魔化して取り繕う。でも、何十年と付き合いのある友人のことだから、こんな誤魔化しもあの目では通用しないだろう。分かっている癖にそれには触れず、友人は言う。


​ 「恨まれるだろうな。俺もお前も。だが、信じるしかない。あの子が上手くやってくれることを」


 



 時計の針はいつの間にか止んでしまった豪雨の音を置き去りにしてカチカチと進んでいく。一定のリズムで何者の邪魔をされずに、刻々と針を回していく。私達にはそんな悠長にしていられる時間を与えてくれないのに、カチカチと。


 

 彼とはその日を境に会っていない。もうここにはいないから___。


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