解決編 海鳴りの殺人犯


 午後5時。陽光も赤く染まり始めている。

僕は最後の推理を持って集会所までやってきた。集会所にはもうあまり警官は残っていなかった。しかし運よく郷原警部がいたので話しかける。


「おお、後藤君。良かった。私もそろそろ署の方へ戻らなければならなかったから最後に挨拶がしたかったんだよ。と言っても君も後日また呼ばれると思うがな」


「ええ、僕もちょうどよかったです。…谷さんはどうしたんですか?」


「ん? ああ、彼は一応明瀬署に連れて行ったよ。西木もそっちについて行った」


「そうですか。実はお忙しいところ申し訳ないんですが警部についてきていただきたいところがあるんです」


「ほう、どこだね?」


「田島医院です」


 洋祐医師も明瀬署の方へ行っているので田島医院は見張りの警官しかいなかった。僕と郷原警部は田島家のリビングへと入る。


「で、ここに何があるというんだね」


郷原警部が当然の質問をする。しかしそれを説明するには僕の推理を聞いてもらう必要がある。


「その前に田島先生が犯人だという裏はとれましたか」


「いや、まだ物証は見つかっとらん」


「…そうですか。それでは僕の推理を聞いてくれませんか」


「お、おう」


「始めに確認しますが警部は田島先生の無実を訴えている老人の話を聞きましたか」


「ああ、君が連れてきた人の父親の話だったな。西木から聞いたぞ」


「ええ、僕もあのご老人の話を聞きました。それでもし田島先生が犯人じゃなかったらという仮定のもと推理してみたんです」


警部は僕が突拍子もないことを言ったので驚いている。もしかしたら今回の事件で一番驚いているかもしれない。


「何だって。そんな馬鹿な話があるか。じゃあ、どうして彼は谷さんを襲ったりしたんだ」


「そうです。この仮定をしたとき、真っ先にぶつかるのは第三の事件です。犯人ではない人がどうして殺そうとしたのか。…では逆に考えてみたらどうでしょうか。第三の事件は決して正当防衛などではなく谷さんによる第三の殺人。つまり谷さんこそが真犯人だったという事です」


「ん! んん? いや待ってくれ。確かに第三の事件はそう見ることもできるかもしれん。だが、第一の事件、石原美海さんが殺された事件では彼は死亡推定時効は勤務中でアリバイもあるぞ」


「ええ、それこそが今回の事件を一番難しくしたポイントでした。僕も最初はそのことがあったのでやっぱりこの仮説は無理だと思いました。が、始めの事件ではまだ疑問点が残っていましたよね。一つ目はなぜ犯人は彼女の靴を取って手紙と共に送ったのか。もう一つは彼女の日記の最後のページはどこへ消えたのか。そして動機です。この地区ではあまり人間関係がなかった少女がなぜ殺されなければいけなかったのか」


「昨日の夜に話し合ったことだな。だがその疑問があったとしてもアリバイのある谷さんに犯行は不可能だ。それとも推理小説のようなトリックを仕掛けたとでもいうのか」


「トリック…それとは少し違います。警察は始め、彼女を自殺と考えていましたよね」


「あ、ああ。彼女が学校でいじめを受けていたという情報があったから日記の最後のページを遺書にして自殺したんじゃないかと考えたんだ。だが遺書も見つからないまま、翌日あんなことになったから…」


「それでいいんです。それが真相です」

「んあ?」


「第一の事件は殺人ではなく自殺だったんです」


「ど、どういうことだね」


「ここからは想像も交えて話します」


僕は深呼吸をして心を落ち着けてから話し始めた。


「第一の事件のあった日、美海さんは日記の最後のページに遺書を書き、海辺へと行きます。そして海の方へ突き出した防波堤あたりから飛び込んで自殺したんだと思います。ただし、防波堤に自分の靴と遺書を残して。そのまま時間が過ぎ、谷さんが帰宅する途中に彼女の遺体を見つけます。どうやら遺体は波打ち際まで流れ着いていたようですが普通なら近くの家の人か、あるいは医者の所に連絡しに行くでしょう。しかし、彼は違った。谷さんは田島幸三郎氏と孫の田島稔医師の殺害の計画をしていたからです。彼は考えて彼女の死を利用することにしたんです」


「利用?」


「はい、遺体が靴を履いていなかったのを見て、彼も自殺という結論に行きついたんでしょう。おそらく靴を探しに行こうと考えたはずです。ただ、靴を探しに行ったのが田島医師を呼びに行く前か後かは微妙なところですが、ともかく遺書と共に彼女の靴を見つけたんです。そしてそれを家に持ち帰った。この時点で見立て殺人まで思いついていたかは分かりません。しかし警察の聴取を受けて家に帰ってから田島氏殺害の計画を立て直したんだと思います。そして見立てを思いついた」


「…だ、だが殺してない人間を殺したことにするのはリスクが高すぎやしないか」


「はい。常識的にはそうです。しかし、これから二件の殺人を予定していた犯人にとってアリバイが作れるとしたら話は別です。彼は自殺を殺人にすることで自らのアリバイを作ったんです。それに最終的に自分が犯人であることがばれて逮捕されても彼女の遺書を持っていれば第一の事件が自分の犯行ではないことは証明できますから間違っても始めの事件に関して殺人罪で裁かれることはないと考えたんでしょう」


「な、なるほど。確かにそれなら… しかし、証拠が、証拠がないじゃないか、今の話には」


「ええ、だからここへ来たんです」


「と言うと、ここに彼の犯行の証拠があるのか?」


「はい。谷さんが犯人だとすると第二、第三の事件でどちらも被害者が一人になるところをうまく狙ったかのように事件を起こしています。第二の事件では田島医師が回診に行くのは予想できても洋祐医師がどう行動するかは分かりません。第三の事件も同様です。ここまで考え抜かれた犯行なのに被害者以外の人と会ってしまうリスクは冒さないでしょう。そこから考えられるのはこの家に盗聴器が仕掛けられているということです。逆にもしなければ僕の推理は危うくなります。その時はただの僕の妄想だったという事でしょうね。ただ、第三の事件の後、呉さんにはこの家に寄る暇はありませんでしたから仕掛けられていたら回収はされてないはずです」


「よし、探してみよう」


 探し始めるとすぐに結果が出た。僕の推理通りリビングやダイニングにコンセント型の盗聴器がいくつか見つかったのだ。


「確かに盗聴器はあったが、どうして彼はこれを回収しようとしなかったんだ」


「そうですね。あくまで推測ですが、第三の殺人は予定外の行動だったからじゃないでしょうか」


「予定外? 彼は田島医師を殺すことが目的だったのじゃないのかね」


「はい、そうです。でも事件を起こすタイミングに関して言えば彼は第三の事件はこんなに急いで起こすつもりはなかったと思うんです。ところが今朝、僕たちが彼の家を訪ねた時、土砂崩れで他の警察が来れないことを話しました。谷さんはそれをこの盗聴器で聞いていたのではでしょうか。だから警察が増える前に第三の事件をやってしまおうと。ですからもしかしたら当初の予定では盗聴器も回収するつもりだったのかもしれません。しかし、今朝いきなり実行に移すことにしたためにその暇がなくなってしまったんです。まあ、仮に捜査で盗聴器が見つかっても谷さんにたどり着くのは難しいですしね」


「おう。そうだな。それなら辻褄が合う」


「はい」


郷原警部も頭の整理をしているようだ。少し話に間が空く。


「うへえ、こりゃあ大変なことになるぞ。盗聴器も見つかったことだ。早く本部へ連絡しなくちゃな」


「そうですね。僕の話も終わりです。あとは警察にお任せします」


 僕らは田島医院を出て、集会所へと戻ってきた。時計を見るともう7時近い。辺りはすでに暗く、山道を通って帰るのは難しい。どうやらもう一泊しなければならないようだ。


 翌朝、郷原警部に挨拶をして僕は海鳴地区を去ることにした。昨日の時点で明瀬署にいる刑事たちに僕の推理が伝わって、谷さんへの被疑者としての事情聴取が始まったそうだが、まだ自白はしていないという。


今日の海は昨日とはまた違い、なんだかすべてを包み込み町を見守る神様のように見えた。昨日まで確かにいたあの怪物も今度こそ深い海の底へ戻って行ったのだろう。僕はその海を背に三日前に通ってきた山道へ向かい、帰路へ着いた。




 後日聞いた話では谷さんはやっと自白を始めたそうだ。動機はやはり彼の母親のことだった。彼の母親が亡くなった頃、まだ医師になりたてで経験の浅い田島医師に田島医院を任せて、幸三郎氏は医師をやめてしまい、近く予定されていた町議会選へ出る準備を始めたのだそうだ。その結果、谷さんの母は癌の診断をされずに亡くなったのだ。


幸三郎氏や田島医師は事件のことで話があると持ちかけて家へ入ったり招いたりしたらしい。その点、始めの事件で第一発見者になったのは彼にとってある意味運が良かったのかもしれない。


 また、彼の家から亡くなった美海さんの遺書も見つかった。そこにはいじめを受けていた事、両親は忙しくて相談に乗ってくれない事、祖父母への感謝が順に綴られており、最後の一節にはこう書かれていた。


『私が一体何の罪を犯したんだろう。私はただ普通に暮らしたかっただけなのに。あいつらみたいに嫉妬もしないし、あいつらみたいに傲慢に生きてもいない。なのにどうして私なんだろう。それでも浦鳴の海だけは私に優しくしてくれた。だから何もかもを優しく包み込んでくれるここの海とずっと一緒にいたい。 石原美海』


 皮肉にも谷さんは彼女の遺書を読んで七つの大罪を思いついたのだという。今回の事件に際して彼女の死が持つ意味は単に呉さんに利用されたことだけではなかったようだ。ニュースでは連日彼の起こした凶悪な計画的殺人と共に美海さんの自殺の問題について取り上げている。僕はそれが少しでも彼女の救いになることを願っている。


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海鳴りの街 歩人 @hohito

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