第2話
ここは、ホクナン町と呼ばれると呼ばれる繁華街だ
正確には犬窪市北南町、ようするに町の北側でも南の方にあるってんで、そう呼ばれてる、キタミナミマチなんて、地図の上側なんだ下側なんだかわからねぇ名前で呼ぶ奴は糞真面目なガキかバスの車掌位のもんだ、この町に住んでホクナンチョーって言えば誰でもわかる
繁華街つっても、安い酒で客を酔わすだけの飲み屋か、オネーチャンとよろしくできるだけの店か、客から金を巻き上げるだけの守銭奴みてぇなパチンコ屋がほとんどだ、集まってくるやつらもそれが目当てでくるやつばっかりで、ほとんどがダセェかクセェの二言だけ片付けられる
うんざりする位の照明と品のない呼び込みの中を、横目にホクナン通りをぐるりと回りこんで俺はいつものたまり場「candide」ってコーヒー屋に向かってチャリを漕ぐ
人通り少ない繁華街を抜けたあたり、おまけに地下の誰も気づか無いとこにあるもんだから、いつも俺たち以外の客なんて見たことがない
店に入ると、カランカランとドアについてるベルが鳴る
店の中は、年季の入った木製のフローリングと薄暗い照明、壁には店主の趣味だとかで、よく知らない外国映画のポスターが隙間なく張られている。どういうつもりか、ゾンビ映画とかサイコスリラーの映画ばっかだ、駅前にはこじゃれた大手の喫茶店もあるんだからこんな店に来る客なんてそうそう居ない。夜ぐらい酒を出せばいいんじゃ無いかと思うが、店主のおっさんは酒を飲む客が来ると店が荒れるから嫌だとか言ってた
店の奥のいつもの席に三人が来て座っていた、
「よぉ、やっと来たかよ。どうしたんだ?いつもは呼ばれればすぐ来るのによ」
にやけた面でヨウジが声を掛けてくる。こいつとは高校時代からの付き合いで、昔からなにかにつけ良くつるんでいる。本名は忘れたがいつもガキみてぇな事言ってガキみてぇな事ばっかりやってやがるんで幼稚園生と同レベルってことでヨウジって呼ばれてる、そのことを言うとムキになってキレるんで、それがまたガキっぽくて一層その名前が定着しちまってる。チビで頭も悪い割に、顔はいいので女を切らしたことが無いが、長続きしたこともない。こいつはそれを自慢げにいつも話すが、なんてことはない、上っ面だけの男に女の方が愛想を付かせるだけだ、二桁の女の話を聞いたがこいつから別れたって話は誰からも聞かない
サナって知り合いの女が言ってたが、二股三股が当たり前らしく「付き合って15分で別れたくなった」と言ってた。顔につられて寄ってくる女も馬鹿だが、女に直ぐバレるこいつも相当馬鹿だ
今日ここに来たのもこいつが面白い話があるからって呼び出された、どうせいつもの下らない話なんだろうが、家にいても暇なだけなんでやってきた
「うるせぇよ、来たんだからグダグダ文句言うな」
俺はヨウジに、いつもの挨拶をする
「まだ、チャリなんかに乗ってんのかぁ?原チャの一つでも買えや」
そう言って絡んできた野郎は、コーヘーだ。いつもかったるそうに喋るので、何を言ってるのかよくわからない時が多い。誰にでも公平に接してくれるようにって親から公平って名前を貰ったにもかかわらず、わかりやすい位気に入らないやつはシカト、自分が気に入ったやつにはベッタリで馴れ馴れしい。喜ばしいことに俺はシカトされてる方だ。二人で会話した記憶すら無い
親が金持ちで、いわゆるボンボンだがなぜか俺らみたいのとつるんでる。単にオチコボレなのか、ホーニンシュギの親なのか、或いは両方なのか知らないが、興味もない
「テメェ稼いだ金でチャリの一つでも買えるようになってからホざけ」
そう、俺が悪態をつくと。あ?と一睨みしてきたが、それだけだ。それ以上をされたことも無いし、今後もないだろう。こいつはイカしたバイクに乗ってるが、4速以上にギアを上げることを知らないらしく、車が走っていない国道でも法定速度を律儀に守りながら運転するらしい。昔そのことをからかってやったら、お巡り捕まって何が楽しいんだ?って言ってやがった。そのお陰か、免許を取ってから無事故無違反らしい、安全運転でご立派なことだ
そうして、俺は広いテーブルの一席に座る、もう一人そう言えば居たな。居るのを忘れる位存在感が無いがヨウジの前で、ケータイを弄っていた。俺が隣に座ると顔を上げて、おどおどしながら久しぶりと片手をあげて挨拶する。別にそんなに久しぶりに会うわけでもないがいつもこう言う
こいつの名前はタカシ、だが仲間内ではフカシの名前で通ってしまっている。いつも言ってる事の8割がデマと妄想なんで、うんざりした俺がそう呼ぶようにしてやった
街中で芸能人を見かけたとか、女に告白されたとか、可愛い嘘から。親がヤクザの事務所に出入りしてるとか、兄貴が服役中だとか、馬鹿みたいな嘘。最近だと、絶対にパチンコで絶対に勝てる方法を見つけ出したとか、ヤバめの妄想まで吹く様になっちまった。
大体が、そんな感じなんで仲間内でもそれが定着しちまってるから、こいつがたまに本当の事を言っても誰も信じなくなっちまった。こいつが羊を飼っていても、オオカミが来る前に羊たちが愛想を付かして、自分たちの身は自分たちでを守ろうと考えるだろうな
「も…もう、ガチ君来るらしいよ。今メールが来た」
そう言うが、これですら怪しく感じちまう
で、俺が店主のおっさんにバーボンをダブルでと頼むと、一分もしないで真っ黒なコーヒーが一杯目と角砂糖が二つ俺の前に置かれた。礼を一言いうと、角砂糖を二つ口に放り込みガリガリとかみ砕いた後コーヒーを半分程度飲み干し口の中で砂糖を溶かす。この店では砂糖の事をバーボンと呼ぶらしい、このコーヒーはサービスだろうありがたい
そうこうすると、今日呼ばれたもう一人が店に入ってくる
でかいサングラスと、スカジャンと、それしか持ってねぇのかって言う位いつもは居てるジーパンに両手を入れたままこっちへ歩いてくる
「いつもダセェ恰好してんな、いくら田舎だからって今時そんな格好してる奴いないぞ」
ハッと挨拶がてら俺が声を掛ける
「お前にゃまだ、この格好の良さが分からねぇんだから仕方ないな。お前も後2年もすればわかるようになるよ」
でかいサングラスを外しながら返してくる
「2年?200年の間違えだろ?俺が生きてる間には一生わからねぇよ」
「俺たちが死んだ後に評価されるようになるか、それも悪くないな」
軽くあしらう様に応えて来やがるこいつの名前はガチ。もちろん仲間内での呼び名。なんでも、ギタリストとして世界に羽ばたくって毎日毎日ギターの練習ばっかりしてやがる、他の4人より一回り年上の男だ。ジミヘンだか何だかしら無いが、俺にはわからない音楽の世界の話を良くして来やがるのを、ヨウジだけは分かってる様に聞きやがる
どっかのバンドで活動していて、俺も何回かライブを聞きに行ってる。言っちゃ悪いが素人の俺が聞いても判るくらいに下手で、バンドメンバーから、メンバーを追い出されないのが不思議なくらいだ。毎日のようにやってる練習が足りないんじゃないとすると、本人にギターの才能が無いか周りの聞く耳がおかしいかだろう。本人は変に真面目で、いつか世界一のギタリストになるってよく言ってる、ギターは技術じゃなくてソウルだそうだ。そんな夢見がちな奴だからガチって呼ばれてる。周りはからかい半分なんだが本人はその呼び名が気に入ってるらしく、ガチで心を揺さぶられる演奏ができるから、ガチだって言われるようになるっていつも前向きだ
ああ、そうそう俺の事を忘れてたな
名前は南方玲音、最初に俺の名前を呼んだ奴はみなかたれおんって大体の奴は読め無い。ガキの頃ナンポウレオンだなんて呼ぶ馬鹿がいたせいで、未だに自分の辞書がなんだとか抜かしたクソ野郎が嫌いだ。大体の奴がレオンって呼ぶ
貧乏な家で、16の時俺を生んだ貧乏なお袋と一緒に暮らしてる、お袋を孕ませた馬鹿は俺がお袋の腹の中にいると知って喜んだらしいが、俺が歩けるようになる前にお袋の横っ面を叩いて家を出ていったらしく、今はどうしてるかは知らない。知ってたら、無料で顔面整形をしにやって行ってるところだ
自分が高校中退した反省からか、高校位出ておけって、お袋は頭の悪い俺を地元の高校に無理矢理行かせた。俺は眠い目をこすりながら昼前までには毎日欠かさず登校して、牢獄みたいな学校を三年お勤めをし無事卒業できたんだから偉いもんだ、どこのクラスも入学時満席だった教室の席も、三年の卒業前には三割は誰も座ってない広々とした教室になる。空席理由の五割は退学、四割が自主休校、残りの一割は行方知れず。卒業してから、大学に行く金も頭もない俺は、就職もせず毎日飯を食って糞を垂れるだけの生活を送って1年が経とうとしている
そんな俺でも、群れる仲間は居たりする。ヨウジは高校時代のキューユー。フカシとはヨウジの知り合いで、フカシとコーヘーがガキの頃から付き合いがあるって言ってたか?ガチはcandideでバイトをしていて、この店で屯ってる俺たちと良く話すようになり、いつの間にか五人でつるむことが多くなった
俺たちをいつだったか、店主のおっさんが、俺たち五人の事をデュークルと呼ぶようになった。なんだそりゃ?っておっさんに聞くと、お前たちの頭文字をとって名前を付けたんだとぬかしやがった
なんでもおっさんが言うには
夢見がちなガチはdreamer
不公平なコーヘーはunfair
ガキのヨウジはkid
俺が傲慢なupstart誠実で律儀な人間に着ける名前じゃない
嘘つきのフカシはliar
ひでえおっさんだ、前途有望な若者をそんな風に呼んだ上、その頭文字を取ってdukulだそうだ「サークル仲間みたいでいい名前だろ?」と誇らしげにおっさんが言ってたのを、俺は気に入らなかったが、ガチは大層気に入ったらしくて、大笑いしながら
「じゃあ、俺たち5人でデュークルだな!」
と決めちまった。コーヘーはガチの言ったことに全く反対しないし、ヨウジはどうでもいいって顔をして結局定着しちまってる。フカシがケーヨーシとメーシがどうとか言ってたがどうせまた、吹かしてるだけだろうと俺は気にも留めなかった。
そんでいつもの壁際の席で、いつものように五人がテーブルに座る。ヨウジとコーヘーが並んで、その正面に俺とフカシが座り、ガチが一人で座りテーブルの三面を埋める
ヨウジが
「じゃあ、ガチも来たしそろそろ話すか」
と、口を開いた
タバスコ ハマシン @sereonia
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