タバスコ

ハマシン

第1話

 大きな窓からは都会の夜景が見下ろすように映し出されている、高いビルが何本もそびえたちその間を生き物のように車のライトが蠢く

 フットサルコート半分程度の広さの部屋には北欧のアンティークものであろう豪華な家具と調度品、外の景色に負けないほどにまぶしく輝くシャンデリア

 その部屋の窓際に三人の男がいる

 一人は、部屋の豪華さには似つかわしくない若い男、安物の衣料販売店で買ったTシャツと破れたジーンズ、履き潰されてボロボロの安物のスニーカーを身に着けている

 後の二人は、それとは反対に部屋に似つかわしい高級そうな衣服に身を包んでいる

 一人は紺色のスーツを着た五十代に見える男

 もう一人は、若い男と同じくらいの年の赤いジャケットを着た男だ


 安物の服を着た男は、椅子に座っており、後の二人はその正面から見下ろすように立っている、座っている男から見て右側に五十代の男、左側にジャケットの男

 これから、説教の一つでもするのかと言うような顔で二人は安物の服を着た男を見ている。

 が、説教をするだけならおかしな点が二つある、座っている男は重厚で豪勢な椅子の背もたれに後ろ手をされ、その両手を繋ぐ手錠がはめられており、さらに両足はビニールテープで巻かれ椅子の足に固定させられていた。つまるところ男は椅子に縛り付けられていた。


「さてと、気分はどうかね?」

 五十代の男が声を掛ける

「ま…待ってくれよ、あんたみたいな人が絡んでるなんて知らなかったんだ。だったら、手なんか出さなかったんだ。勘弁してくれよ!なぁ」

 酷くおびえた様子で縛り付けられた男が答える

「私は気分はどうか?と聞いたんだが?」

「ああ、あ、そうだな…良くないよ…最悪だ。最低最悪な気分だよ。なぁ俺が悪かったって、許してくれよ!」

「声が喧しいな、浮気現場をオンナに見つかった様に騒ぐな。私は静かに話がしたいんだ」

「ああ、わかった。わかったよ。でかい声は出さない。約束する…」

「そうだな、いい大人は静かに話すもんだ、ここは若者の集まるダンスクラブじゃない。ゆったりとした曲の流れるジャズバーのように話すんだ、礼節をわきまえるのは大事だ」

 それで、と男は続ける

「タバスコはどうした?お前が持っていてもしょうがないだろう?」

「し…知らねぇよ。俺はアイツに頼まれて、手伝っただけなんだ。ホントだよ。嘘じゃねぇ。持ってるなら今すぐにでもあんたに渡すよ」

「そうか…知らないか残念だな…」

 五十代の男は芝居がかった動きで、ひどくがっかりした様に肩を落とす

「で?幾らもらった?お前みたいのがタダで手伝うとは思えんが」

「十万…前金の五万で仕事が終わったら五万…簡単な仕事だからいい儲けになると思って…それでやつの口車に乗っただけなんだよ」

 懇願するような眼で五十代の男を見る

 五十代の男は右手人差し指を口の前に当て、唇を立てシーと長く息を吐く

「聞かれたことだけに答えてくれればいい、余計なことは言わなくていい。いいな?」

 縛られた男はコクコクと二回首を縦に振る

「十万か、そうか。随分高い買い物になったものだな、だがこれも勉強だ、美味い話には裏がある。紀元前から言われている有名な言葉だよ」

「ああ、勉強になったよ。心の底からそう思う」

「そうか、素直だなお前は。実に良い、最近の若い者は年長者を敬わず言葉に耳を傾けようともしない、実に嘆かわしいことだ」

 両手を上げ、首を振るジャスチャーを取る

「素直な奴は嫌いじゃない。反省もしてるようだし、今日のところは勘弁してやってもいいぞ」

「ほ…ホントかよ。そうだよ、反省してるよ。助けてくれよ!」

「そうだな」

 と言うとずっと傍らに立っていた赤いジャケットの若者の方に目を向け、人差し指を立てクイクイと二回曲げる

 それを受けジャケットの男は、顔色一つ変えずに胸元に手を入れる。

 スーツの内側から出てきた手には、リボルバー式の拳銃が握られていた


「ま…待ってくれよ!今勘弁してくれるって!そう言ったじゃないか!」

 喚くように懇願する

 五十代の男は今度は左手の手で人差し指を立て、再びシーと息を吐く

 空いた右手はジャケットの男から拳銃を受け取っていた

「おいおい、さっき約束しただろ、大きな声は出さないって。安心しろ、私も約束を守るさ」

 そう言って拳銃のリボルバーを開け、そこから弾を一つずつ抜き取る。一、二、三とゆっくりゆっくりと

「さて、本来なら。こんなことはせず、全部の弾が入ったまま引き金を引くところだ、だが私は君を気に入った。特別処置だこの拳銃は六発の弾が入る。そして今三発抜き取った」

 座っている男は恐怖のあまり声も出ずブルブルと震えている

 その様子を見ながら、淑女を口説く時に使う様な優しい笑みを浮かべ拳銃をスーツの男に渡す

「引き金を引いて、弾が出なければ君の勝ちだ。無事にここから帰してあげよう」

「お、おい冗談だろ。待てよ…そんなのおかしいだろ!やめてくれよ、そんなつもりじゃなかったんだ」

「それはさっきも聞いた、そんなつもりじゃなかった、わからんでもない、若いころは様々な過ちを犯すものさ、それに免じて私もこうしてあげている。前途多難な若者にはチャンスを与えなければならない…心苦しい物だ」

「そんなん知らねぇよ!ふざけんなよ!おい、あんた、そっちのあんた、やめろよ!ピストルしまえよ」

 ジャケットの男は、蝋人形のように顔色一つ変えずに無言で拳銃の撃鉄を引き、座っている男の眉間に銃口を向ける

「二分の一だ、大丈夫心配するな」

 五十代の男は後ろを向きつかつかと、椅子から離れていく

「やめろよ、やめてくれ!頼むよ!」

 座っている男は、拘束されている椅子で体のあらん限りの力を振り絞り暴れるが、頑強な椅子はビクともしない

 ジャケットの男が引き金に指をあて

 そして、引いた


 カチリ


 弾倉は空転し拳銃から弾が発射されることはなかった

 縛られている男は、全身から汗をかき、ゼェゼェと息荒くしている。

「ハァハァ…今撃ったよな…確かに、引き金引いたよなぁ!」

 安堵と勝ち誇った笑みを浮かべ赤いジャケットの男と五十代の男を交互に見る

「ヘヘ…やった、やったぞ。さぁ、早く手錠外してくれよ!約束だぞ、弾が出なければ俺の勝ちだって!」

 狂喜乱舞して騒ぐ

「確かにな、君は強運の持ち主の様だ。だが一つを誤解している」

「なんだよ、何言ってんだよ!誤解ってなんだよ!手錠外せよ!」

「私はな、引き金を引くのは一回だけとは言っていない」

「は?何を…」

「さぁ、次は五分の三だ、なぁに大丈夫さ心配するな君は強運の持ち主だ」

「おい、ふざけんな!てめ…」


 男の最後の言葉はドンと低い音に搔き消された

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