41話

瀬戸 竜騎(せと りゅうき)は、クラスメイトに恋をしていた。

瀬戸本人は、まだ、その気持ちが恋などとは、思っていないのだが、周囲の人間から見れば、それは間違いなく恋であった。

もっとも、彼のその思いを指摘する友人はいないのだけれど。


「先生!」


 と、瀬戸が恋している相手は、今日も元気に挙手をする。

彼女が手を挙げると、クラス全体が「またか」という空気が流れる。露骨に失笑するものもいる。そんな生徒に注意することができれば、彼女へとアピールになるかもしれないが、瀬戸にそんな「正義の味方」の真似事をする勇気はなく、教科書に記載された数式に、目を走らせる。


「なんだ、赤岬……」


 赤岬――赤岬りょうは、先生に指名され、勢いよく椅子を引いて立ち上がった。肩に掛る少し明るめの髪色。右サイドの髪を編み込みリボンで纏められていた。元気いっぱいと言った表情は授業中だというのに変わらない。無駄に元気なテンションを、クラスメイト達が馬鹿にしているのを瀬戸は知っていた。


「はい! ちょっと、調子が悪いので、帰ってもいいですか!?」


 調子が悪いという割に、生き生きとした発声で言う赤岬に対して、数学を教えている若い教師は、「はぁ」とため息を付いて、赤岬の早退を許可した。


「いいでしょう。お大事にね」


 体調を気遣ったようなセリフを吐くが、恐らく、赤岬の体調なんて心配はしていないだろう。何故ならば、誰が、どう考えても――彼女は「仮病」を使っているのだから。高校二年生になって、堂々と、あんなふうに「体調が悪い」というクラスメイトがいるとは思えないが、今の時代、無理に引き留めようものならば、体罰だと苦情を言われかねない。若いからこそ、将来を見据える数学教師は、生徒よりも自分の身を案じたのだった。


「はい! 失礼します!」

 

 悪く言えば見据えられた赤岬は、鞄を抱え、勢いよく教室から飛び出していった。教師もクラスメイトも、しばらく、クスクスと笑っていたが、すぐに何事もなかったように授業を再開する。

 赤岬はいつもそうだ。

 と、一人で考える。

 高校一年生、去年も赤岬と瀬戸は同じクラスだったのだけれど、その時も、あんな風に早退することが多々あったのだった。





 「繰間中央高校」。

 それは赤岬が通う高校である。その名の通り「繰間市」の中央に建てられた高校だ。桂葉の通う工業高校とは違い、至って普通の、それでいて、進学校としては微妙な成績――中の中の学力を所持した若者が集まる普通の高校だ。

 赤岬が授業を飛び出したのは4限目。後、20分耐えれば昼休みだというのに、赤岬は当たり前だと、言わんばかりの態度で早退してしまった。

瀬戸は自分の席で昼食を取りながら、いなくなった赤岬に思いを巡らせていた。なんで帰ったのだろうか。体調は本当に大丈夫なのかと。

すると、「見た? あいつ。「はい! 体調が悪いので帰っていいですか」だってさ」 教室の前にいる女子の一人が、先ほどの赤岬の真似をした。それを聞いたクラスメイト達はそろって笑う。

赤岬の真似をしたのは、このクラスのカーストトップに位置する、桜 愛莉(さくら えり)だった。彼女は確かに美人の分類に入るだろう。しかし、どこどなく顔に浮かぶ性格の悪そうな表情から、瀬戸はあまり好きに離れない。赤岬のように常にキラキラと、目を輝かせている女子の方が好感を持てる。だが、大半のクラスメイトは赤岬よりも、彼女のほうが好きなようだ。彼女の周りにはいつも男子たちが群がっていた。


「そんな体調悪いなら、こなきゃいいじゃん」


「確かに。一体、仮病使って何してんだろうね……」


「俺さ、前見たんだけど……」


 彼女たちは赤岬を肴に話が盛り上がってるようだ。

彼女たちのグループは女子が3人、男子3人である。教室を昼休みを合コンとでも勘違いしているのか、我が物顔で騒ぎ立てる6人の男女。

瀬戸はクラスメイトとは思いたくない程に、頭のねじが緩いと顔をしかめる。なるべく、関わらないようにしようと、顔を伏せて食事を取るが、その中の一人が、興味深い話を始めた。それは、少し前に、赤岬と街中で見つけたとのことだった。


「若い男と一緒に、人気のない方へと歩いてたんだ。あっちの方角は、なんと! ホ、ホテル街だったはずだぜ!」


 男の言葉に瀬戸の動きが固まる。

ホテル街……?

 瀬戸は言ったことはないが、そういう場所があるのは知っている。自分には関係ないと目も暮れていなかったが、赤岬はその場所に言ったのか。しかも、男性と。高校二年生ともあれば、男女交際は普通なのだろうが、そんな経験をしたことない瀬戸は、ショックを受けた。

 彼らは話を続ける。


「マジ? なに、それ、彼氏ってこと?」


「さぁ。そこまでは……」


「で、そいつはどんな奴だったんだ?」


「顔は遠目だから、ハッキリわからなかったんだけど、背中に、なんか黒い、こう、何て言うのかな、剣道部が浸かってるあれを入れるやつだよ」


 女子達は「わからなーい」と声をそろえるが、一人の男子は分かったようだ。クラスで一番のイケメンと称される男子。本人もまんざらではないのだろう。あちこちウェーブがかかった、遊びまくりのモデルのようにセットされた髪型を、男子生徒はいじりながら答えた。


「竹刀袋か?」


「そう、それ!」


「なんで、竹刀がすぐ出てこないんだよ」


「うるせーよ。ともかく、それを担いだ男だったぜ」


 竹刀を持った男と……ホテルへ。

 性が定着してきた高校生たちが好みそうな話題である。瀬戸はその話を聞いて、想像したくないのに、恋する相手、赤岬のあられもない姿を思い描いてしまう。


「…………」


 瀬戸は想像を消すために、バクバクと昼食を喉に流し込んでいく。しかし、無心になろうとすればするほど、頭の中の妄想は加速していく。

 実際の所、赤岬と一緒にいたという、竹刀袋を持った男は、当然――直登であって、二人共、『侵入者』の気配を追っていただけのことだ。『魔女』の作り出す『結界』によって、人気のない場所に扉が開かれるようになっているので、昼間のホテル街の奥は、割と『侵入者』の出現頻度は高かったりもするのだが――瀬戸が知るはずもない。


「あっれー。瀬戸くーん。顔、赤くなってない?」


 教壇の前で話していた男が瀬戸の表情に向かい、教室全体に響くボリュームで瀬戸の名前を呼んだ。お調子者、モデル男子の上に立つ、正真正銘のカーストトップに立つ男。短い髪をバックに持ち上げた男。彼はボクシングや空手といった格闘技に手を出しているようで、よく鍛えられた肉体は、制服の上からでも分かる。顔と腕力でトップに立つ男は、瀬戸のような凡人からすれば恐怖の対象でしかない。


「そ、そうですか……? は、ははは」


 瀬戸は顔を合わせないようにしながら答えるが、その男――秋山 修也(あきやま しゅうや)は瀬戸の座る机の方へと、いやらしい笑みを浮かべながら、近づいてくる。


「大好きなバカ女で、エッチな妄想でもしちゃったのかなー?」


「す、好きなんてそんな……」


「はっ。お前さ、隠してるつもりなのかよ。授業中も常に目で追ったりさ、多分、気付いてないのは本人だけだぜ?」


「……」


「瀬戸君は純粋だもんねー。分かりやすいねー」


 分かりやすく馬鹿にする秋山。瀬戸の恋心を指摘してくれる友人はいないが、恋心をからかってくるクラスメイトはいるよであった。秋山の仲間達はニヤニヤと全員が意地の悪い表情を浮かべて、秋山が次に何をしてくれるのかと、期待に目を光らせていた。


「もうさ、告っちゃえば? あの、バカ女にさー」


「いいねー!」


「賛成―! 賛成する人は挙手してねー!」


 クラス全体を巻き込んで瀬戸を馬鹿にし始める。ここで手を挙げなければ、自分が何をされるのか分からないと、恐怖する生徒たちは、小さいながらも全員が手を挙げた。教室に残っていたクラスメイト達の同意が全員分得られたことに、大袈裟に感動してみせる秋山。


「ほら、お前の背中を、クラス全員が押してるんだ。告白……するよな?」


「し、ししし、しないですよ。まだ、赤岬さんのことが好きなのか、自分でも分からないんですから。た、確かに気になってることは認めますけど、それが、イコールで好きなのかと言われれば、僕は、素直に頷けないです。な、なので、も、申し訳ないのですが、皆さんの応援に答えることは出来ません」


 早口で、言葉をつっかえながらも自分の意見を述べた瀬戸。そんな瀬戸の態度に勘のいいクラスメイト達は、そそくさと席を立ちあがり教室から出て行く。これから起こり得る面倒ごとに巻き込まれない様にと言う判断であった。

 そして、その判断は正しく、「てめぇ、なに、口答えしてんだ!」と、瀬戸の襟を掴んで強引に立たせると、ガラ空きの腹部に向かって、瀬戸より一回りはデカい秋山の拳が、食べたばかりの胃を直撃する。


「うっ」


 今、食べたばかりの弁当を吐き出しそうになるが、咄嗟に両腕で口を塞ぎ、なんとか込み上げてくるものを飲み込んだ瀬戸。瀬戸の姿を見て、カーストトップの集団は、高らかに笑う。「キモい」「汚い」を連呼する。

 悔しくて、でも、立ち向かえない瀬戸は、教室から逃げ出そうとするのだが、秋山はそれを許さない。

 肩をがっしりと掴み、


「なあ、もっと恋バナしようぜ」


 瀬戸からすれば悪魔の集団である、彼らの仲間の元へと引きずり込まれていくのであった。

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魔女の遺産〈レガシー〉 誇高悠登 @kokou_yuto

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