『魔法少女』を狙うもの――司の目覚め

「これ……なに?」


 直登と桂葉が赤岬を救い出したその時――野球場への入り口、赤岬の作ったバリケードに困惑している黒い制服に身を包んだ女子高生がいた。

 とても人間がやったとは思えない光景に、女子高生は思わず、立ち止まる。


「それに……、なんか変だよ」


 夜だから暗いのは当たり前なのだけれど、しかし、この暗さは、ただ、太陽の光がないというだけではない。視界に黒い霧がかかったような不快さと、ぐにゃぐにゃと揺れる歪さ。気を抜けば意識を失いそうになる。

 女子高生――司は、嫌な気配を辿ってこの場所に導かれるようにしてやってきた。


「この奥で……なにが? それに……この感じはなに?」


 『侵入者』が作り上げた空間で、意識を保つことが出来るのは『祝福』か『魔女の証』を持つ人間だけ。『魔女の祝福』は井伊家にのみ引き継がれているので――必然的に司は『魔女の証』を持つ『魔法少女』ということになる。

 桂葉が『魔法少女』に目覚めたときは、意識を失っていた――だが、『侵入者』の作る空間に触れて、司の内に眠る『魔女の証』が目覚めたのだった。『魔法少女』として覚醒する時期は人によって違う。そのまま覚醒することなく、生きていく少女達もいるのだが――司は覚醒したようだ。三人目の『魔法少女』。二人でも前例がないのだが、まさか、三人目も現れるとは、直登や利男が知ったら、喜ぶのだろうが……。


「これは、私達の世界と、君たちの世界が繋がった証拠だよ?」


 自身が『魔法少女』として覚醒したことなの、知る由もない司の背後に、いつの間に現れたのだろう。 臙脂色をしたローブに、顔全部を覆うほど深く被ったフードが、この人物の表情を全て隠してしまっていた。司は少し距離を取る。


「な、何言ってるんですか……?」


 完全にヤバい人間だと後ずさる。トンと背後に盛り上がったコンクリの冷たい感触が伝わってくる。逃げ道はないのか。


「何を言ってるんだろうね。分からないならそれでいいさ。私は『魔法少女』が手に入ればそれでいい」


「ま、魔法少女? さっきから、私達の世界とか、一体、何言ってるんですか?」


 謎の人物の理解しがたい言葉の意味を問いかける。司は言葉の意味など知りたくもないし、すぐにこの場から立ち去りたいのだが、行く場を失った司は、話をすることで、逃げるタイミングを作ろうする。

 だが、そんな司の言葉を無視して男は話を続ける。


「お前が『魔法少女』に目覚めようとしているのを、あいつらに気付かれないように、わざわざ、扉を開いて、あいつらを送ってやったんだ。その成果があったみたいで良かったよ」


「……」


「私達には、君たちのように気配を感じるなんてできないからね……。ずっと監視しているのは疲れてしまったし退屈だったよ」


「もう、さっきから何を言ってるのよ!」


「さあね。お前は私のモノになるのだから……どうでもいいだろう?」


「わ、私があんたのモノになるって? なにそれ? 告白してるってこと? なら、顔見世なさいよ。じゃないと警察を呼ぶわよ?」


 司はそう言って、携帯電話を取りだそうとするが、カバンの中にしまっているのだが、中々見つからない。その間に目の前にいる人物が、笑いながら少しずつ距離を縮めてくる。焦れば焦る程、探す手は乱雑になり、なお、見つからない。

 司の頭を掴んだ。


「これで、楽しいことになりそうだ……。我らが彼女に近づく日も近いだろう……」


「あ……、あ……」


 パクパクと口を動かした司は、そのまま意識を失ってしまう。がっくりとうな垂れた司を抱えた男。その瞬間に、被っていたフードが外れた。

 フードの中にある姿は――人間ではなかった。

 目元を隠す舞踏会で使われているような仮面。額の部分と両サイドに装飾されている金色の羽。しかし、なによりも特徴的なのは、仮面の下にある緑色をした皮膚の色と――縦に開いた口である。皮膚には人間とは違うのか、金色の血管のようなものが浮き上がり、不気味さを増幅させていた。縦にさけた口から楽しそうに笑みを漏らしながら、司を抱えていない腕を前に突き出すと、光る粒子が集まっていき、自身が通れる扉を作り上げた。

 扉の中に入った化け物は、一度、後ろを振り返る。その先にあるのは直登と『魔法少女』たちが戦っている球場だ。


「おもしろいこと……してあげるよ」


 化け物がそう言い残すと――光る扉は消失した。

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