第40話

「……直登め、さては自分が戦うからって、心(ここ)ちゃん自身の訓練を怠ったな!?」


 赤岬は攻撃に耐えながらも直登を睨む。

 どうやらコンビネーションに重点を置いた結果――桂葉自身の戦闘能力は向上していなかった。これでは、例え『魔法』を使っていなかったとしても、逃げ遅れていただろう。

 だが、自身の落ち度を見抜いた赤岬に気付いていないのか、


「はっ!」


 と、桂葉の『魔法』で『侵入者』の背後に移動した直登は、するどき日本刀で斬りつけた。

 一方に対しては、広範囲に角を伸ばせるようではあるが、違うベクトルには弱いらしい。

 ガラ空きの背中に刀がぶつかる。

 が、


「なにっ!?」


 直登の斬撃は背中に生えた角に当たり弾かれてしまう。

『侵入者』が攻撃に使っている角(ぶき)が固いのは、直登だって承知していた。一度、攻撃を受けたのだから、それくらい理解していた。

 なのに――。


「俺の攻撃が弱くなったのか……?」


 それとも『侵入者』の防御力が上がったのか。

 どちらにせよ、直登ではダメージは与えられなかった。


「な、なに遊んでるんだよー。直登の馬鹿!」


「遊んでるように見えるかよ!」


 ダメージは与えられなくとも、注意を引こうと肩も構えもなくがむしゃらに振るう。

 あれほど訓練に時間を費やす直登が、技術を捨てて足掻く姿は――見ていられない。


「言い訳はいいから!」


 『侵入者』は角を伸ばしたまま、グルリと首を振るった。広範囲を覆う角を動かすことで、更に、攻撃を拡散させる魂胆らしい。

 体ごと動かせば、背後に回ろうが関係ない。


「桂葉さん!」


 そのことに気付いた直登は、自分はいいから、桂葉自身を『魔法』で移動させるように叫ぶが――、


「あ、え……、えっと」


 敵の動きを読めない桂葉はどこに逃げればいいのか答えを出せないでいた。

『侵入者』の伸ばした角は、長さだけならば桂葉の『魔法』を余裕で超えているのだから。


「させるか! 私がいるもんね!」


 防御に徹していた赤岬が角を手甲で掴む。

 指の関節まで自在に動かせる巨大な手で、『侵入者』の武器を力任せに抑え込んだのだ。

 首を振ろうとしていた動きが止まる。


「ぐぎぎぎぎ……!」


 掴んだ角をそのままへし折ろうとしているのか。

 見た目通りのパワープレイだ。


「あ、赤岬さん……」


「こ、ここちゃんと、な、直登は下がってて。ここは私がやるから!」


「……分かったよ」


 助けに来たつもりが助けられていては世話はないと直登はあっさりと引く。

 本当は直登だって引きたくはないし、戦いに参加したい。だが、さっきの一撃で戦えないことは証明された。


 役立たずは何もすべきではない。


 力なき正義は正義じゃない。

 邪魔したら誰も守れない。

 人のため、平和のためと自分を偽る直登。


 優先するのは自身の感情よりも――『侵入者』を倒すことだ。


 倒せないならば――恥を受け止め、無力さを知り、黙って去るべきだ。

 それこそが自分(クズ)が持てる最後の誇りなのだと――直登は言い聞かせる。


「ほら、やっぱ、私がいないとダメじゃんね!」


 直登が引いたことが嬉しかったのだろうか。

 赤岬の手甲に伝わる力が増加した。

 フルフルと互いに力比べをしていた赤岬と『侵入者』であるが――この力比べ、赤岬の勝ちだった。

 根元から角が折れる。

 自慢の角が折れた痛みによるものなのか『侵入者』が悲鳴を上げる。団結間に直登たちはそろって顔をしかめる。


「残るは肩の角だけだねー」


 ポイと、折った長い角を放り投げる赤岬。

 地面に転がった角はしばらくすると、『侵入者』が消滅する時の用に、光の粒になり空中へと浮かび溶けていく。


 どうやら、『侵入者』の角を全て折る気らしい。

 腕を回して余力を見せる赤岬。


「……てか、出来るなら最初からやっとけよ」


 力比べで、角が折れるなら、こんな苦戦しなかっただろうと直登は言う。


「いや、やってみたけど、まさか、本当に折れるとは……。ちょっとびっくりしてる」


「……能筋だな、赤岬は」


「この場では、褒め言葉として受け取っておくよ」


「ま、そうしてくれ……」


「じゃあ、これで終わりにするよー!」


 頭部の角を失った『侵入者』の残った攻撃方法は肩にある突起物だけである。

 頭部ほど自由度はないのか、広がる範囲も狭くスピードも遅い。

『侵入者』に取って、肩の角はサブウエポンであるようだ。

 となれば、当然、頭部メインの角をへし折った赤岬に、サブ攻撃が通用するはずはない。

 赤岬は迫る角に向かって、


「グルグルグルグル!」


 身体を捻り両腕を伸ばし、身体全体を右に回転させる。

 巨大な手甲がそのまま遠心力となって、勢いを増していくようだ。

 小さな竜巻となった赤岬は、伸びる角を削りながら、進んでいく。バキバキと増殖するたびに飛び散る角が、火花のように散っていく。

『魔法』による手甲と回転による突撃の威力。

 簡単には止まらない。


 ジリジリと自慢の角を砕かれながら近寄る赤岬に、『侵入者』は情けない声を上げる。

 この状況――誰が見ても勝負はついていた。


「アイム ウィナー!」


 赤岬の拳が『侵入者』の腹部を捕らえた。回転が加わった拳は、『侵入者』の身体貫く。

 体の大半を赤岬の攻撃で削り取られた『侵入者』は、最後の悪あがきで全ての角を伸ばそうとするが――自慢の武器は残ってなかった。

 余すことなく砕かれた。

 身体が光となって消えていった。


「いやー、苦戦した、苦戦した」


 『侵入者』が消えるのを見送った赤岬は、直登と桂葉を見て豪快に笑う。


「どこがだよ。余裕そうに見えたけどな……」


「そう? 割と本当に苦戦してたよ。一人で戦ってたら、ヤバかったかもね」


「そうか?」


「うん。直登が一撃を食らわせたことと、ここちゃんの『魔法』を警戒してたから、攻撃を見切ることができたからね! 二人に感謝!」


「……なら、今度は足止めなんてするなよな」


「……怒ってる?」


「当たり前だ!」


 感謝しているというのであれば、最初から邪魔するなと直登。

 赤岬の作ったコンクリのバリケードは、直登にとっては本当に邪魔であった。


 桂葉の『魔法』で、飛び越えようと思ったが、どうやら、桂葉の目で見える場所でないと、座標の効力は無くなってしまうらしい。

 つまり、建物の内部に侵入すると言った使い方は出来ないのだ。


「いやー。今度からは私も訓練するよ!」


「そうしてくれ。ただし、お前は精神から鍛えたほうが良いだろうけどな」


 勝てる力はあったのだ。

 それなのに苦戦していたのは、赤岬が『侵入者』を舐めていたことと、久しぶりに戦えることに浮かれていたことだ。


 赤岬は、今回の『侵入者』は三人が協力したからこそ、倒せたと思っているようだが、実のところ赤岬一人でも倒せた相手なのだ。

 そのことについて直登は説教しようとしたが、


「で、でも……倒せて良かったですよね!」


 空気を察した桂葉が、直登よりも先に口を開いた。


「結果は、まあ、そうだな、でも……」



 赤岬のことはいいとしよう。

 だが、何故、自分の攻撃が通じなかったのか。『侵入者』の角に当たったからか?

 しかし、あの感触――それはまるで、桂葉と会う前のようだった。

 そうだ。

 今までと同じ。

 前回がたまたま通じただけで、結局、俺には戦う力はないのだと頭の先から体温が下がる。


 深刻そうな直登の表情に、赤岬は、「あー、お腹減った。なんか、ラーメン食べたくなったよね!」と、明るく桂葉に話しかけた。

 いきなりに戸惑う桂葉。


「ら、ラーメン、ですか……?」


「そ、ラーメン。今日戦った場所が、野球場だからかな? むしょーに食べたいんだよね!!」


「や、野球場と関係が……?」


 マウンドの上に立っている桂葉は、全然、食べたいとは思えない。むしろ、命がけの戦いのせいか、食欲はわいていないのだが……。


「そうだよ。ほら、野球部って練習終わりにラーメン食べてるイメージない?」


「……それは野球部に限らない気がします」


 工業高校に通う桂葉。クラス内でも帰りにラーメンを食べに行こうと、話題になっているのをよく聞く。

若い人間ならば、味の濃ゆいものは好きなのだろう。


「そっか、でも、口がもう、ラーメンだから、直登の奢りで行こう!」


「なんで、俺なんだよ!?」


「今日一番、役に立ってないから」


「役に立ったろ、一撃だけ!」


「そうだね。普段は一撃分も役に立たないもんね。今日は活躍したほうか」


「はぁ。本当に赤岬は良く分からないな。ま、いいよ。助けられたのも事実だから、奢ってあげるさ」


「わーい!」


 直登の言葉に、両手を上げて喜ぶ赤岬であった。

 喧嘩をしていた直登と赤岬。

 二人はどうやら互いを許したようだった。

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