第39話
赤岬が『侵入者』に苦戦しているものの、直登や桂葉は、まだ姿を見せていなかった。
入り口に施した小細工が効いているのか、それとも、赤岬が戦っていると知って来ないのか。後者は直登の性格上なさそうだ。むしろ戦っているのに気付いたら、急いで助けに来るはずだ。
となると、簡易的なバリケードでも効果があるということか。
赤岬は自分の対策に満足するが、
「でも、もって、精々後、5分ってところだよね」
五分で、『侵入者』を倒さなければならないと、若干焦りを覚える。もっとも、その時間は、直登たちに『侵入者』と戦う機会を奪われたくないという自分勝手な制限であるのだが。
けれども、制限を設けた本人からすれば相当重要なようで、考えも纏まらないうちに、
「とにかく攻撃あるのみ!」
と、今度は地上からの攻撃を試みる。上からが駄目なら正面から。
非常に単純な思考である。
地面を蹴り、右の拳を正面に突き出した。
「……!」
赤岬の攻撃は、身を反らすだけで避けられた。
「ぐへ……」
胸から地面に着地をする赤岬。
流石は野球場と言うべきか、攻撃を躱されヘッドスライディングのように地面を擦す。ピッチャーマウンドからホームベースへ突っ込んだ形だ。
「……って、あぶなっ!」
ホームベースの後ろには、深緑の壁があった。咄嗟に地面を手甲で殴りつけて、棒高跳びの要領を使い、身体のベクトルを上へと変化させた。
その勢いのままに、『魔法』を解除して、フェンスに捕まる赤岬。
「ふぅ……なかなかやるねぇ!」
左腕と両足で身体を支え、右手で額を拭う動作をする。
「でも、ま、それくらいの方が面白い……、って、ちょっと待ってって!」
押され気味である赤岬が、文字通りの上から目線の言葉に、『侵入者』が怒ったわけではないだろうが――ただ、間違いなく言えることは、『侵入者』は赤岬を殺そうとしている。
それだけだった。
広範囲を貫く角が、フェンスに捕まる赤岬を襲う。
「待っててば! 私、今、言ったばっかだよね!?」
どんなに待てと片手を放して前に突き出そうとも、『侵入者』に言葉は伝わらない。赤岬だってそれくらいは理解しているが……。
つい、口が動いてしまう。
例え戦闘中だろうとも普段だったら、赤岬の言葉に反応してくれる人間(なおと)がいるのだから。
(今も直登だったら「『侵入者』に言葉が伝わる訳ないだろ!」とか、忠告するんだろうな)
なんて、考えてしまう。
自分で邪魔をして起きながら何を言っているんだ。
赤岬は自分を責めることで、『侵入者』からの攻撃への反応が遅れた。
眼前に『侵入者』の角が飛び込む。だが、赤岬の運動能力のセンスと『魔法少女』の肉体を駆使すれば、回避は容易だ。
フェンスを蹴り、『侵入者』の角をさけた。
つもりだった。
『侵入者』が伸ばせる角は頭部だけではない。
反応が一呼吸遅れた赤岬。
その一つの間が、『侵入者』の背中から伸びる一本の角を見過ごす要因だった。
地面に着地する瞬間を狙う『侵入者』。
「……油断したっ!」
久しぶりの戦いに浮かれ過ぎていたと反省するが、今更、反省したところで――遅かった。
☆
「下らない小細工して、負けそうになってたら、世話ないだろ馬鹿! 俺に使う脳があるなら『侵入者』に使えって!」
迫る角から赤岬を守ったのは直登だった。日本刀で『侵入者』の攻撃を弾いて着地した。
地面には四角い、白い線で区切られたマス目。
「だ、大丈夫ですか……」
赤岬の元に『魔法』を解除した桂葉が駆け寄った。
「……別に助けてなんて言ってないよね?」
自分の身が無事だったことを喜ぶよりも、直登と桂葉に助けられたことが心外だというように、頬を膨らませる。
「おい。俺はともかく、桂葉さんにそんな態度はないだろ? 心配してくれてるんだからさ」
一言目に邪魔をされた文句を言った自分はいいから、心配をしてくれた桂葉に失礼だろうと直登は言う。
だが、赤岬は二人に助けられたことで、更に冷静さを欠いてたのか、差し伸べられた桂葉の手を弾き、一人で立ち上がった。
「だから、その心配が余計なんだって! 別に私がいるから、来なくても良かったじゃん!」
「おいおい、それがやられそうになっていた奴の言うことか?」
「へーんだ。あそこから、私の新技が決まるとことだったんだもんね!」
「本当かよ」
「本当だよ? なんなら、今から直登に向かって放ってあげようか?」
「俺に放つのかよ。そこはせめて、あの『侵入者』に撃てよ……」
互いに睨み合う二人。
挑発されたことで直登も周りが見えなくなってしまったのか、『侵入者』の存在を忘れていた。
「あ、危ないです!」
桂葉が二人の間に割って入る唯一周りが見れる『魔法少女』が、『侵入者』の攻撃を察知したのだ。頭部の角が拡散して迫ってくる。
「……っ!」
伸縮自在な角。
それだけの能力ではあるが、その能力は非常に厄介であった。
厄介と言えども、『魔法少女』たちならば、赤岬がしてたように、攻撃を防いだり躱したりできるのであろうが、直登には――不可能だ。
赤岬を庇えたのも自分に向けられた攻撃でなかったからであり、攻撃範囲に自分が入ってしまえば、防ぐことはできない。
普通の同年代の男と比べれば、鍛えている自覚も強さにも自信はある。だが、『魔法少女』と同じ動きができるかと言えば――それは、次元が違う話である。
「F4からA9へ!」
故に桂葉は直登を『魔法』によって移動させたのだった。
だが――桂葉はその場に残ったまま。
桂葉の『魔法』は意識とリンクしている。つまり、意識を集中させるが故に『魔法』の発動中は動きが鈍くなるという弱点があるのだ。
「ここちゃんっ!」
このままでは桂葉が危険だと、回避行動に移っていた赤岬は、無理やり地面に腕を突き刺して体を回転させる。
『侵入者』の角を正面から受け止めた。
「うわああぁ! 結構重いよ!」
地に足を付けて踏ん張るが、力では劣っているのか徐々に後退していく。
先ほどまで桂葉も敵視していたが、本気で見捨てられるほどに赤岬の心は強くなかった。
「あ、赤岬さん」
「ここちゃん。早く能力を解除して、ここから逃げて……」
角の侵攻に押され、すぐ後ろに桂葉がいるという状況。赤岬は速く逃げるように、強張った笑みを浮かべるのだった。
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