第38話

「……これは、『侵入者』の気配、それも結構強いね。間違いなく変化してるかも――って、いうか、今日、二回目だよ!?」


 司と分かれ、『機関』ではなく、自宅に帰ろうとしていた赤岬。

 一人で暮らすオンボロアパートまで、もうすぐという所で、本日二回目の『気配』を感じたのだった。


「明らかに、『侵入者』の動きが活性化してるよ! 全く困っちゃうねぇ」


 困ると言いながらも赤岬は笑っていた。


「さて、さて、心(ここ)ちゃんはどこにいるかなー」


『侵入者』の『気配』だけでなく、桂葉の動向を探る。スクールバックに仕舞っているスマホが振動する。このタイミングで連絡してくる相手など、直登しかいない。

 ならば当然、無視である。


 桂葉はどうやら、自宅にいるようだった。

 桂葉のいる場所と、直登がいるであろう『井伊工場』。その二つよりも、赤岬の方が、発生地点からは近い。


「つーまーり、私が全力を出せば、私の方が早く辿り着ける! 結果、『侵入者』と戦える!」


 戦うよー。

 赤岬は自転車のハンドルを持って180度回転させると、漕ぐ足に力を込めた。

 女子高生が出す速度を超えているが、まだ、人としての限界は超えていない。実際の速度を計られていれば、プロと同等だと知られるだろうが、常時速度計を持ち歩いている人間はそうはいないだろう。


『気配』に近づくにつれ、どこに『侵入者』が現れたのか理解した。


『繰間市野球場』だ。


 山の上に作られた球場。

 立地条件が悪いからか、殆ど使われることがない。使われるとしても、午前中、小学生たちのクラブチームが利用しているだけ。

 日も暮れたこの時間に、そんな場所に向かう人はいない。

 

 赤岬は舗装された山道を登る。

 木々から落ちた木の葉や、赤い実が汚く地面を汚しているが、そんなことは構うことなく赤岬は自転車を進める。


「よしっ! 直登はいない!」


 山道を登り切った先には、百台程度止めれるだろう駐車場があった。

 赤岬が登ってきた山道とは反対の場所に、車も通れる通路が用意されているのだが、こちらは、5時以降は封鎖されるという田舎仕様の駐車場だ。

 当然、車は一台も止まっていなかった。


「気配は……。うん、野球場の中からするね」


 一人で気配の位置を確認しながら、赤岬は野球場へと向かう。駐車場から球場に向かうには、花壇で作られた細い通路を辿っていかなければならない。

 両脇に緑の芝と彩豊かな花々が案内していた。

 本来ならば綺麗だと感じるのだろうけれど、日が暮れ、『侵入者』に歪められた世界では禍々しいだけ。


「そうだ! 折角だから、直登達の妨害をしよう」


 自身の『魔法』である手甲を召喚すると、「えい!」と、地面を殴った。拳が打ち付けられた衝撃で、コンクリがひび割れて突き出した。


「これで、直登は来れないでしょう」


 『結界』を利用した強引な破壊工作。

 常人の直登が通り抜けるのは苦労するはずだと、意地悪く笑う。味方への妨害工作を躊躇わず行う赤岬。

それほどまでに、疎外されたことに傷付いていたのだった。


「ひっさしぶりだー。気合入って来たよ、燃えてきたよー!」


 野球場の中に入ると、ホームベースの真上に光る扉が浮かび上がっていた。中から出てくるのが化け物とは思えない神秘的な扉から、異形の怪物が姿を覗かせた。


「久しぶりだー! しかも、『羽化』してるし! 滾るねー!」


 扉の先から現れたのは、頭部に巨大な角を持った『侵入者』。左右に生えた禍々しく枝分かれした角は赤みを帯びており、どんなものでも砕けそうなほどに凶暴であった。

 その角は頭だけでなく、背中や両肩にも同じ突起物が生えているようだ。


「おお、なんか強そう!」


 『侵入者』が想像通り、羽化後の姿であることに、テンションを上げる赤岬。


「じゃあ、早速、戦いましょうか!」


 巨大な手甲。

 自身の巨大な手となる装甲を、赤岬は地面に叩きつけると、反動を利用して空中に跳んだ。

 赤岬の狙いは一つ。


「その立派な角を折ってみたい!」


 その欲望を叶えるために、巨大な拳を『侵入者』に振るう。

 頭を狙うならば空中からが一番だと取った行動。だが、相手の能力が分かっていないのに、身動きを取れなくなる空へと移動するのは失敗だった。


 角を折りたいという理由がなくとも、赤岬は空中からの攻撃を好む傾向にある。そのことについて、直登は「赤岬は馬鹿だから高い所が好き」と分析していた。


 今までの『侵入者』に通用していたかも知れないが、今回の相手にはすべき攻撃ではなかった。

 頭部についている二本の角が、赤岬を目掛け――先端が広がるようにして伸増した。

 自分から折られるために、伸ばすなんて気が利くじゃないかと、手甲をぶつけようとするが、嫌な予感に両腕を合わせて、防御の姿勢を取る。。


「……っく!」


 枝分かれして伸びてくる。

 言葉にすれば、ただ、それだけのことなのに、赤岬には非常に厄介な相手だった。もしも、攻撃に移っていたら、枝分かれした一本の角は折れただろうが、その倍以上の角に突き刺されていただろう。

 防御に徹した赤岬は、ピッチャー返しの如く、弾き飛ばされた。


「あいたたたたた」


 ゴロゴロと地面を転がって着地する。

下手したら串刺しになっていたかも知れないと思えば、このダメージはマシだ。赤岬は、すぐに立ち上がり、追撃に備えるが、相手から攻めてくることはない。。


「あれ、私、これ、舐められてる? ははは、『侵入者』の癖に生意気じゃないか」


 とは言うものの、どうやって攻めるべきか、いい方法が思い付かないでいた。

 赤岬の『魔法』は自在に呼び出すことのできる手甲だ。強化された肉体に、『武器』を使うことで、攻撃を上げる『近接特化の魔法』である。

 桂葉のようにトリッキーな『魔法』ではない。

 直線過ぎる物理攻撃である。


「反省、反省。どうやら、結構、成長してるみたいだね」


『侵入者』も人間と同じように、日々、進歩し、能力を上げていく。

 だから、羽化前の『侵入者』でも、強さには差はある。『羽化』すれば、尚更、強さにばらつきが生まれるのだった。

 例えば桂葉と直登が、初めて協力して倒した『侵入者』。

 あのカミキリムシのような姿をした『侵入者」は、『羽化』したばかりであり、自分の特性を最大限に生かすことも出来ていなかった。

 少し頑丈なだけの体。

 もしも、『羽化』した『侵入者』が持つ特別な力を使っていれば、初見の桂葉では、直登がいたとしても勝てなかっただろう。

 それほどまでに差があるのだ。


 そして、赤岬が戦っている『侵入者』は、その力を持っていた。

 伸縮自在の角を操り、敵を突き刺す獰猛な力。

 強力な角(ぶき)を前に、赤岬は攻めあぐねていた。


「急がないと、直登たちも来ちゃうだろうし……。困ったね」


 思いがけない苦戦に、赤岬の表情は――喜びに満ちていくのだった。

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