第37話

「直登のやつ……。なにさ、折角人が心配してあげてるのに! 大体、生身で『侵入者』との戦いを見せられる私の身にもなって欲しいよ! いくら、ここちゃんの『魔法』があるとはいえ、それは決して、直登自身が強化されている訳ではないんだから……」


 『機関』を飛び出した赤岬は、怒りを収めようと、コンビニで大量の菓子を購入していた。やけ食いをして、気分を発散する目論見だった。どこか、気分の良くなる場所はないかと歩き回った結果、鎌野川の遊歩道に来ていた。


 橋の下に付いていた階段に座り、流れていく川を見ながら、乱暴に袋の中に手を入れてスナック菓子を口に運ぶ。


 川の反対側には、これから通勤するであろう学生たちが、自転車に乗って走っていた。

 赤岬の視線に入るのが反対側の遊歩道なだけであり、頭上にも同じように通う学生たちが、制服を着ているにも関わらず、通学をしない赤岬を怪しげな視線で通り過ぎていく。

 直登が『魔法少女』の力を使わないか不安になるように、赤岬は人の目を気にするタイプではない。誰がどんな目で見ようとも全く気にしていなかった。


「戦わせなくても、せめて、一緒に行くだけでもいいのにさ、なんで待機なんだよ」


 今までだって手を出さずに見守っていた。

 戦わなくてもいいから、せめて近くにいさせて欲しい。戦うことが好きではあるが、それ以上に、直登のことが心配だった。

 だが、そんな赤岬の願いすらも、桂葉がいるから要らないというのか。

 人を考えなしみたいに馬鹿にして――。

 直登のそんな態度を思い出すだけで、怒りが何度も込み上げてくる。


 コンビニの袋から、少し値段が張りはするが、怒りに任せて購入したプリンインロールケーキを取り出す。プラスチックでできたカバー力任せに取り外すと、一切れではなく、二つを掴み口の中に放り込んだ。


「……んぐ、んぐ!」


 上品ではない食べ方だ。

 口の中にしっとりとしたスポンジと、甘さ控えめのクリーム、そして、中心に入れられた下触り滑らかなプリンが、互いを主張することなく、手を取り合っていた。

 自分と直登とは大違いであると、ケーキにまで嫉妬してしまう赤岬。

 何を考えているのだと首を振って邪念を洗った。


「ん……ん!」


 そして、そのまま500mℓの紙パックに入った、100円で買うことのできる、高校生の財布に優しいレモンティーを流し込む。

 ストローを使わずにラッパ飲みだ


「プハっ」


 仕事終わりの一杯を飲み干すサラリーマンの如く、吐息を漏らした。

 そんな赤岬に向かって――、


「……あんた、ここを付けてたやつだよね」


 と、不機嫌な赤岬に声をかける女子高生がいた。


「あん?」


 機嫌の悪い赤岬は不良漫画のように眉を顰めて振り向いた。

 視線の先には、自転車に跨った中性的な女子高生。

 一瞬、あれ、朝からナンパか? と考えてしまう程に「イケメン」だったのだが、声の高さと制服から女性と判断した赤岬は、ナンパの線を否定した。


「……」


 この顔をどこかで見たことがある。気はするのだが、はっきりと思い出せない。

 残っている二切れのロールケーキに手を伸ばし、イケメン女子高生の顔を見ながら、モグモグと口を動かした。


「あのさ、人が話しかけたんだから、少し食べるのやめられないかな……」


「……あったことあふ?」


 初対面にしては知ったような雰囲気を出す女子高生に聞いた。


「……あるよ。って、いうか、心(ここ)を付けてたって言ったでしょう」


「うん……? 心(ここ)ちゃん? あっ!?」


「思い出したみたいだね……」


 直登に言われて『繰間工業高校』で見張りをした際に出会った、桂葉の隣にいた少女。

 司である。


「よくも私の顔を掴んだな!?」


「今まで忘れてたのに、思い出して怒るのやめて貰える!?」


 掌を返す赤岬の態度に、どう反応するのか困っていた。

 機嫌の悪い時に、暴力を振るった相手が話しかけてきたのだから、赤岬の態度が変わらないのは仕方がないだろう。


「で、心(ここ)ちゃんの友人が私になんの用なのかな! お菓子分けてって言っても上げないからね!」


「別にそんなことは頼まないって。ただ――あんたら、心(ここ)に何かしてる訳じゃないよね?」


 本当ならば司だって、一人ブツブツと文句言いながら、口の周りにクリームを付ける女子高生など、無視したい。


 だが、何か言い難そう態度を取っていた桂葉。

 また、例の男たちにストーキングされているのではないかと心配したのだ。


『魔法少女』のことを知らない司には、「もう大丈夫だから」としか説明していなかった。桂葉の迷惑をかけまいという優しさが、裏目に出てしまっていた。


 司の質問に、


「心(ここ)ちゃんに……? うーん。私は何もしてないけど……。直登がね」


「直登、それはあの男か!?」


「そーだよ。最近はいつでも一緒にいるかな」


「やっぱり、あいつ……。まだ、狙ってたのか……」


 ガンと司は悔しそうにして、自身が跨る自転車を殴った。

 その態度から、本気で桂葉を心配しているのだと分かると、何故か赤岬は自信の悩みを相談していた。


「あのさ……、ずっと一緒にいたのに、二人が三人になって、邪魔ものみたいな扱いになるのって普通なのかな……?」


 司は赤岬の塩らしく、悩む乙女のような表情に何を言い出すのかと口を開ける。

 前に見た時は、元気だけが取り柄の馬鹿な女子高生という印象であり、今日はこの時まではそうだった。


それなのに、そんな女子高生が、このような表情を浮かべるとは。

少なくとも、殆ど無関係の相手にする表情ではない。


「……」


「……」


 二人はしばらく、互いに口を開かなかったが、司はふと、自分も、赤岬が言っている状況と同じではないのかと気付いた。

 桂葉は司と親友だった。

 司がいなければ、周囲の人間ともコミュニケーションが取れない桂葉が、最近は一緒に過ごすことが減って、離れている。


 自分の感じている虚しさと、赤岬の思いは似ているのではないか。


「分かるよ、その気持ち……」


「えっ?」


「私も、ずっと頼ってきてくれた、心(ここ)が、一人で何か隠して行動してるのを見て、なんか、裏切られたっていうか、虚しいっていうか、そんな気持ちになってるんだ」


 同じ気持ちを共有していると知った司は、自転車から降り、赤岬の隣に座った。『繰間工業高校』にいる部活仲間やクラスの男子たちには絶対に言えないことだった。

 縁のない赤岬だからこそ、言えたのだ。

アスファルトに着いた砂で制服が汚れてしまったが、司は気にしなかった。

 隣に座り、流れる川を見ている司に、赤岬は黙ってコンビニの袋から菓子を取って差しだした。


「……ありがとう」


「いいってことよ」


 赤い夕日と煌めく川。

 そんな青春ドラマにでも出てきそうなシュチュエーションに若干酔っている二人。

 赤岬はともかくとして、司もどうやら酔いやすい性格のようだった。でなければ、自分でバスケ部を作ったり、男子と張り合ったりはしないか。


「やっぱ、私って要らないのかな……」


 傍に押していた小石を拾い、川に放り投げて赤岬は言う。

 川に落ちた小石は小さく水飛沫を挙げて、沈んでいった。沈んでいく小石はまるで自分の様だと赤岬。


 『魔法少女』になってから、桂葉のように、直登から一緒に訓練をしようと誘われたことがあったのだろうか。

 いや、全く記憶にない。

 直登は一人で素振りや型の練習をしていた。

 力を合わせて戦ったことなど――ない。


 それなのに桂葉は、コンビネーションやタイミングを合わすと、ひたすらに練習をしている。その間、赤岬は一人だ。

 自分から進んで訓練に参加しようとしたのだが、全く相手にされず、結局、一階に上がり料理をする羽目になっていた。


「私だってそうだよ。ここが心配なのに、なにも言ってくれなくて……。頼りにされてたのに……急に頼らなくなってさ。私ってそんなに情けないかな」


 そんな赤岬の気持ちは痛いほどわかると司は同意する。

 司は桂葉に頼られなくなったことが辛いという。赤岬はそれを聞いて、自分も直登に頼られていないと更に落ち込んでいく。


「だけど、何が一番情けないってさ――」


「――こんなことで落ち込む自分にがっかりしちゃうよね」


 司が言おうとした言葉を、赤岬が引き継いだ。司は驚いた表情をしたものの、「ふふっ」と笑う。司の笑みを見て、赤岬も顔を綻ばせた。


「私達って、似てるのかもね」


「いーや、それはないよ。たまたま、似たことで悩んでただけだって」


「かな。でも、なんか、あんたと話してたら、ちょっと、元気出てきたよ」


「それは良かったよー。とか、いいつつ、私も少し元気になったりー。素直に感謝してみたり」


「お互いさまだって。ま、互いに悩んでるみたいだけど、頑張ろうよ」


 思いがけなく生まれた友情に司は立ち上がって、赤岬に手を差し出した。

友情の握手だと「ん」と、手を握り返すように強調する。それは、赤岬が初めて会った時に二人に差し出した時と似ている。

 赤岬もそれに応えるべく、立ち上がり、細くすらりとした手を、強く握ったのだった。

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