第36話
揉める二人の仲をなんとか取り持とうとするのだが、そもそも、人見知りである桂葉にそんな高度なコミニケーション技術がある訳もなく、ただ、キョロキョロ、オロオロと二人の顔を見比べるばかりであった。
直登と赤岬が、その視線に気づいて我を取り戻せばいいのだろうが、残念なことに二人のヒートアップは増していくばかりだった。
「直登なんて私がいなかったら、ずっと前に死んでるんだからね! それなのに私を戦わせないなんて、馬鹿じゃないの!!」
「んなことは、言われなくても分かってるよ。だからこそ、これからはその恩を返すために、俺が戦うって言ってるんだろ?」
「恩を返したいって言うなら、何もしないでくれるのが一番なんだけどなー。どーせ、その内、死にそうになって、私に助けを求めるんだから、最初から助けを求めたほうがいいんじゃない?」
「あー、そうですか。まあ、絶対に、そうならないと思うけどね……。どこかの馬鹿と俺は違うからさ」
「へーんだ。ま、いいけどさ」
「いいなら、いいだろうが」
このまま話をしてもキリがないと、赤岬は机を蹴り上げるようにして立ち上がると、扉の方へと歩き出した。
大股で、地面を踏みつけ音を出す。
ドアノブに手を伸ばした。
直登を睨みつけ、勢いよく扉を開ける。
「今後、直登に何かあっても、助けてあげないんだからね!」
最後に一連の動作の中で最大の音を立てて扉を閉めた。
残された静かさの中、桂葉が気まずそうに、「あ、あの……だ丈夫ですか」と、赤岬が出て行った扉を見つめていた。
「大丈夫だよ。赤岬と揉めるのはいつものことだしね」
「そう……なんですか」
人と揉めるのは、見るのもするのも嫌いな桂葉。少し疲れた様子に、直登は申し訳なくなるが、人の話を聞かない赤岬が悪いと姿を消した赤岬を責めた。
「あいつ、自分が楽しめないとすぐ機嫌悪くなるからさ」
「あ、あの……じ、実は私も、も、揉め事っていうか、ちょっと相談がありまして」
桂葉は、自分も『魔法少女』が原因で、司と変な空気になっていることを相談した。
人のふり見て我が身を直せ。
ではないが、少しは直登も落ち着くのではないかと考えたのだ。
「そうなの? 揉めるような仲には見えないんだけど……」
正確には桂葉が揉め事をするタイプに見えないと思ったのだが、それは少し失礼かと言葉を選んだのだった。
人の意見を尊重して、自分の意見は直ぐに曲げそうなのだが……。
桂葉の意外な相談に、直登の熱はすっかり冷めたようだった。
「ま、『魔法少女』の、と、特訓とかで……、ぶ、部活休んだり、一緒に帰らなくなったんですけど、そ、その……り、理由をせ、説明できなくて……」
「なるほどね。確かに隠し事されて避けられているように感じると、凄い嫌だもんね。孤独感っていうかさ」
直登は司の気持ちが分からなくもない。
それに桂葉のことだ。上手く話題を誤魔化したり、躱したりもできないであろうことは、この何週間ともにしているだけで、容易に想像ができた。
委員長のような恰好なのだけれど、決して人をまとめることが得意ではないのだ。
それに、例え本当のことを言ったところで、完全に信じては貰えないだろう。
いや、まあ、『魔法少女』の身体能力や『魔法』見せれば、話しは早いのだけれど、余り人に見せびらかして欲しい物でもない。
今の時代では、直ぐにネットへと公開されて、個人情報が洩れることになってしまう。
そうすれば、今の生活も終わり、下手したら『魔法少女』の力を得ようと世界中から狙われるかもしれない。
赤岬はそのことに関しては深刻には考えていないようだが、直登と桂葉は、重々と承知していた。
もっとも、桂葉が司に『魔法少女』のことを告げないのは巻き込みたくないからなのだが。
そのことを直登になんとか伝えると、
「ま、今度、俺の方からも、適当に説明しておくよ。この工場でバイトしてるとかさ」
と、口裏を合わせる事になった。
毎週、特売でしかお気に入りのパンを買えない桂葉の懐事情を知っている司ならば、怪しいとは思うだろうが、信じてくれるだろう。
「あ、ありがとうございます……」
「こっちこそ、最近は訓練に付き合ってもらってばかりで悪かったね」
桂葉と司の仲が、芳しくないことに若干の責任を感じる直登。特訓をしようと言い始めたきっかけも自分からなので、余計、その思いは強いのだ。
「でも……。な、直登さんはなんで、赤岬さんに、た、戦って欲しくないのですか? ま、間違いなく、あ、赤岬さんの方が、わ、私よりも強いです……」
戦う理由は確かに不謹慎ではあるけれど、強さで言えば問題ないレベルではないのかと、桂葉は首を傾げる。
「分かってるよ。あいつの強さや性格はね」
そして、そのことは、共に戦っていた直登が一番知っていた。
否。
共に戦ったことなど一度もなかった。
直登が一人で、一緒に戦っている気になってただけだ。
『羽化』した『侵入者』は、いつも赤岬が一人で戦っていた。『羽化』前の姿の時だって、いつだって赤岬は直登一人にさせることはなかった。
すぐに助けに入れるように、すぐ後ろで戦いを見ていた。
「だからこそ――、あいつには、少しでもいいから休んで欲しいんだ。『魔法少女』として、『侵入者』と戦う楽しみじゃなくて、普通の『少女』としての生活を楽しんでもらいたいんだ」
小さい時からずっとだ。
部活も入らず、友達も作らず、『魔法少女』として戦い続けた。それに助かっていたのも事実だが、今は桂葉が入ることで余裕ができたのだ。
『魔法少女』の力は、いつか消える。
そうなった時、赤岬が大人になった時、このままでは寂しいではないか。
それが――直登の本心だった。
直登の罰の悪そうな表情に、桂葉は微笑んだ。
「優しいのですね、直登さんは……。あ、赤岬さんにも、そ、その旨を、伝えればいいじゃないでしょうか?」
「あいつは、俺の話を素直に聞くわけない。そのこともよく、知ってるからな」
「……複雑、ですね」
「単純なことなんだけどね。はぁ。なんか、話してたら、身体動かしたくなっちゃたよ。俺は、地下で身体動かしてくるよ」
桂葉が登校する時間までには、戻ってくると言い残して訓練室に消えていった。
直登と赤岬。
二人の関係は複雑なようだった。
「でも……、直登さんの話を聞いたら、司ちゃんに謝りたくなった」
登校したら一番に謝ろうと――桂葉は一人呟いた。
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