第35話
桂葉が、司と喧嘩――とは言わないまでも、小さなすれ違いを起こしてから、三日が経過していた。
もうすぐ、一週間も終わろうというのに、桂葉と司は未だに仲直りできていなかった。
桂葉がそんな状況にあると知らない直登は、金曜日の早朝。『気配』を感じて桂葉と共に討伐に向かった。『侵入者』が現れた場所は、鎌野川に掛かる橋の下。ただですら、道幅が狭くそこを活用する車はいない上に、日が昇る前では車のエンジン音さえ聞こえてこない。
そんな錆びついた赤い橋の下に現れた『侵入者』。だが、人を喰らうべくこの世界に足を踏み入れた次の瞬間に――直登に切り裂かれていた。
桂葉とのコンビを組んでから、直登の斬撃の威力も高くなっているようだ。
一撃で『侵入者』を仕留めた直登と桂葉は、既に『機関』に戻っていた。
桂葉が登校するには早すぎる時間である。家に一度帰るという案もあったのだが、桂葉の家よりも『機関』の方が『繰間工業高校』は近いために、少しでも長く休息を取れるようにと直登が気遣った。
『機関』のソファに座り、暖かい紅茶を飲む。
「ふう」と、小さく朝の討伐の疲れを吐き出して桂葉に言う。
「桂葉さんとのコンビネーションが、成功するのはいいんだけどさ、初撃で決まると、その後の動きをどうするのか試せないのが、不安だよね」
「……そ、そうですね……」
上手くいかなかったときをどうするのか。
そっちのほうが重要ではある。だが、いくら二人の息が合ってきたとはいえ、実戦で試すのは危険すぎる。
赤岬との訓練でも、失敗しているのだから。
「まあ、直ぐに勝負がつくのはいいんだけどさ」
ともかく、自分の手で『侵入者』を守れるのだから、これはこれで問題ないと直登は、ソファに寄りかかった。
守り方はどうでもいい。
誰も傷付かないことが大前提だと天井を見上げた。
「良くない! 全然良くないよ、直登さんよぉ!」
一人で感傷に浸る直登に向かって、チンピラのように、ポケットに手を入れて近寄る少女がいた。
赤岬だった。
戦闘が好きな赤岬は、既に二回連続で『侵入者』の討伐から外されている。その不満が溜まっているのか、分かりやすい態度で直登に絡み始めた。
「なんで、私は待機なんだよ! 私にも戦わせてよ! 差別だよ、この人でなし!」
「そんなこと言われてもな……。別に桂葉さんとのコンビネーションを完璧にしたいだけだしさ」
「だったら、コンビネーションの『訓練』には付き合って上げるからさ、本番は私に任せてよ! あー、この際、なんでもいいから私を暴れさせろ!」
子供のように体全部を使ってごねる赤岬。
直登はそんな『魔法少女』に憐れみの視線を送って、優雅に紅茶を口に含んだ。
そして、赤岬がなんと言おうとも考えは変わらないと直登は言った。
「……暴れられるのは困るから、無理だな。だから、次も俺が戦う」
「暴れるってそれは言葉の綾だし。実際に暴れはしないし! 借りに……まあ、万が一、暴れたとしても、『侵入者』となら、『結界』の力が働くから、問題はないでしょ?」
『機関』で全力を出して戦うよりはマシだと主張した。赤岬が本気を出せば、数分で『機関』は、跡形もなく消し飛ぶことだろう。
その点、『魔女』の結界があれば、何でも元に戻るのだから心配することはないと赤岬。
顔は目立つから腹を狙えと同じような発想だった。
「……はぁ」
「なんでため息つくんだよー!」
「当たり前だろ? 前から、思ってたんだけど、俺はお前の、戦う理由には納得してないんだよ」
直登の言葉は赤岬に取っては禁句だったのか。子供のように、ごねて我儘を言っていた赤岬が冷静になった。
「それは、私だって同じだよ。気分が悪くなるなら、何もしなければいいじゃん」
赤岬と直登。
二人の戦う理由は、まるで違う。
自分が戦いを「楽しみたい」赤岬。
誰かが傷付くと、「嫌な気分」になるから、それを防ぐ直登。
共に、自分が得をしたいから戦っているのだ。
赤岬は『魔法少女』をヒーローだと勘違いしているが、どんな理由だろうとヒーローである自分に酔っているのだ。結局は自分のため。
そんな赤岬を、直登は受け入れらていない。
それでも、今までは、『魔法少女』は赤岬のみであり、『羽化』した『侵入者』を直登は倒せなかった。だからこそ、今までは苦渋に耐えて赤岬に任せていた。本来、『侵入者』とは無縁な赤岬にだ。『魔女』と関係があるのは井伊家――その一族の子孫である直登だ。
故に、『侵入者』との戦いを背負うのは自分だけで充分だと思っており、『魔法少女』に――自分よりも幼い少女に、命を賭けさせて戦うことに抵抗があった。
直登はその思いは自分のエゴだと分かっている。
だが、誰が自分より幼い少女の戦いを見たいというのだろうか。嫌な思いをしたくないという願い――その中には『魔法少女』も、しっかり含まれていた。
『魔法少女』に戦って欲しくない直登と戦いたい赤岬の考えは真反対。
今までは『魔法少女』が一人というバランスの上に成り立っていた関係が、二人目の『魔法少女』の存在によって崩れた。
「はぁーあ。どーせ、ここちゃんの『魔法』借りるんだから、どんなに理由を付けようと、自分の力じゃないんだから、私にやらせればいーじゃんか。変な所で意地っ張りなんだから」
「意地っ張り? それは違うだろ? お前と違って俺は考えているんだよ」
語気を荒げる二人に挟まれた桂葉は、申し訳なさそうに体を縮めて嵐が過ぎるのを待つのだった。
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