第34話

「ねえ、最近さ、心(ここ)は、なにやってるの?」


「……へ?」


『繰間工業高校』、二年電子科の教室。

自分の席に荷物を置いた桂葉に、紫木 司そうは切り出した。

まだ、クラスには、生徒はいない。

二人だけの教室だ。


「ど、どうしたの、つ、司ちゃん……」


 荷物を置き、席に座った桂葉は、見上げるようにして親友の顔を見る。

クールな表情で見つめられると、何となくドキマギとしてしまう。桂葉は視線を少し下げて、司の胸元に視線を逃がして言葉を返す。


「いや、ほら、一昨日も、部活に出なかったみたいだし、ここにしては、珍しいなって」


「そ、そうかな?」


「そうよ。今まで、部活を休んだりしなかったじゃない」


 桂葉 心(ここ)は文系部に所属していた。

 『繰間工業高校』は、余程の事情がない限り、全ての生徒が部に所属するように義務つけられている。

 その為に、桂葉が所属する文芸部を選ぶ人間は少なくない。

 月に一度の活動。

 そして唯一の活動日を休んでも、文句も言われない。

 だが、桂葉は、そんな形だけの部員とは違い、文系部の活動に休むことなく顔を出していた。

 そして、桂葉が部活をした日は、普段は帰宅時間が合わないために、別々に帰るのだが――その日だけは一緒に下校が出来る。

 司はそれを楽しみにしていたのだ。

 理由もなく、「先に帰る」と連絡を受けて、桂葉がなにをしていたのか気になったようだ。


「……ごめん」


 桂葉が、部活に参加せずに帰ったことを謝る。

 その日は、直登とコンビネーションの訓練をしていたのだ。

 司だったら、部活よりも『魔法少女』としての活動を優先するだろうと思っての行動。桂葉は司に憧れるあまりに、司の思考を追うことに必死になっていた。

 司ならもっと頑張る。

 泣き言は言わないと、ひたすらに直登と訓練をしていた。


「……別に怒ってる訳じゃなくて。ただ、友達として、なにかあるなら知りたいなって、思っただけだよ。なんか、最近疲れてるみたいだしさ」


「……それは」


 『魔女の証』を受け継いでいて、『魔法少女』として、世界を守っていますとは、口が裂けても言えない。

 そもそも、自分はまだ、世界を守ってると豪語できるほど、何もしていない。

 それに、司に言えない理由として、桂葉は司に心配をかけたくないのだ。


「その……、あ、えっと……」


 『魔法少女』のことを言いたくはないが、他に上手い嘘が思い付かない。

 口の回る人間は、どうやって、次々と言葉を引き出すのだろうと想像力を働かせてみても、全く返答が浮かばない。


「その……、だ、だから……え、っと」


 と、悩む言葉を繰り返している桂葉に司が冷たく言う。


「言いたくないならいいんだけどさ」


 これまで、司が桂葉に対して、そっけない態度になることは無かった。

 どんな時でも優しく、温かく、桂葉に接していた。

 今までにない、司の反応に慌てた桂葉。

 司の腕を掴んで目を潤ませた。


「……そ、そういうわけじゃないんだけど。こ、今度、機会があったら……、ぜ、絶対、お、教えるから……」


 隠している訳ではないと、必死に訴える。

 だが、司の態度が変わらない。

 帰ってきた答えは、


「ふーん」


 という、一言だけだった。

 司は、自分の机に座り、腕を組んで時計を見ていたが、何かを思ったのか、無言で立ち上がると、教室から出て行ってしまった。


「司ちゃん……」


 教室に残された桂葉。

 どう説明すればいいんだと頭を抱える。

『魔法少女』のことは言いたくないけど、司に嫌われるのはもっと嫌だった。


「今度、直登さんや赤岬さんに聞いてみよう……」


 そして、あわよくば一緒に『魔法少女』について司に説明してもらう。

 桂葉は一人救いを求めるのであった。

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