第33話
「で、どうだった!? 失敗した?」
『機関』に戻ると、ご主人様の帰りを待つ子犬の勢いで赤岬が聞いてきた。
「……まずは成功したかどうかを聞け」
「しょうがないじゃん。訓練で出来なかった人が、本番で成功するとは思えないんだからさー。だから、もっと練習してから試せばいいのに。そして全部、私に任せればいいのに」
「……運動会で張り切って練習させる体育教師みたいなことを言うな。世の中には、本番で成功することもあるんだよ」
大抵、そういうクラスに限って最下位になるんだよな。
直登のそんな言葉はどうでもいいのか、
「はいはい……。おめでとさん」
赤岬が詰まらなそうに手を叩く。
「分かりやすく、適当だな、お前……」
「あれ? そういえば、心(ここ)ちゃんは?」
『機関』に戻ってきたのは直登一人。
桂葉は一緒にいなかった。
「桂葉さんなら帰ったよ。今日は午後から用事があるんだってさ」
「ちぇっ。帰ってきたら、もう一回、『実践訓練』しようと思ってたのに……」
『魔法少女機関』へと戻ってきたのは直登一人だけと知ると、口を尖らせた。『侵入者』と戦えなかった赤岬は体力が余っているのか、戦いに飢えていた。
だから、少女が戦いを望むなと直登は赤岬の頭を叩いた。
「そっちこそ、ジジイはどうした? もう帰ったのか?」
「うん。ついさっきね。二人の『魔法少女』が見れて幸せだったって言ってたよ! 死んでもいいって」
「そうか。なら、思い残すことなく天国に行ってくれるとありがたいな……」
「もー。直登は直ぐ、そう言うこと言うんだからー。本当に死んじゃったら寂しくて泣いちゃうのにさ」
「泣きはしないって」
直登は赤岬と話しながら、シャワールームへと入った。
朝から『実践訓練』。そして、そのまま昼食を取って、『侵入者』の対処をした。
汗を掻いた直登の体は、少しペタ付いていた。
綺麗好きという訳ではないが、まだ半日もある。半日もこの不快感が残るのであれば、さっさとシャワーで流した方がいい。
それに、直登には一人で考えたいこともあった。
「……」
『魔法少女機関』に備え付けられているシャワールームは、一応、浴槽も付いてはいる。しかし、女子の赤岬でも足を折り曲げ、体育座りの姿勢でしか浸かることができないために、直登は余り使っていなかった。
だが、今日の直登は、ゆっくりと疲れを癒したかったので、浴槽にお湯を貯め、体を縮めて小さな浴槽に収まる。
「……てか、お風呂なら家に帰ればいいんだけどな。ま、たまにはこうやって小さくなるのも悪くないか」
直登の考えたかったこと。
それは、桂葉の『魔法』を使えば、自分一人が戦うことが可能になるということだ。
初めて桂葉と共に戦った日――「繰間工業高校」の体育館での出来事は、偶然の要素が強かったと自分でも思う。
咄嗟の判断で何とか誤魔化せたものの、運任せの戦いが、毎回うまくいくとは思えない。
故に、訓練をしていたわけだが――その成果が出た。羽化前の『侵入者』を、苦労も感じ得ず倒すことができた。
ならば、これからは、羽化した『侵入者』とも戦っていけると直登は考えたのだ。
今までは全て赤岬に任せていた『侵入者』を自身の手で倒すことができる。
――そうすれば、赤岬を危険な目に合わせることもなくなる。桂葉に負担を強いることは心苦しいが、それでも『魔法少女』達にかかる負担と危険は、格段に減るはずだ。
「その為には、桂葉さんと、もっと、経験を積まなければ……」
少し温めの温度に設定したお湯の温かさを肩から下で、ゆっくりと感じる直登。
窮屈な姿勢を解いて浴槽から上がる。
そして、シャワールームから出ようと、扉に手を掛けた時――その扉は開かれた。
直登はまだ、手を掛けただけで、力は込めてなかった。それなのに、自動ドアのようなタイミングで扉が開いた。
勿論、『機関』に自動ドアなどと言う機械仕掛けの扉はない。
となれば、直登以外の人間が扉を開けたことになる。
そして、その人物は『機関』に一人しかいない。
「大変だよ、直登! 商店街のケーキ屋で、今、割引セールやってるって、直登のお爺ちゃんから! 私達も急いで向かおう!!」
利男からのメールを見せつけるようにして、スマホを掲げた赤岬だった。
ケーキが格安で食べられるということに目を輝かせているが、その表情は全身裸の直登に向けるにはいささか、眩しすぎるものだった。
「……お前なぁ」
「え……。あ、はっ……」
赤岬は直登の身体を見て、頬を赤らめた。
そして、直登に向かって叫び声を上げる。
「この、変態!」
「それはお前だろうが!」
直登は照れ叫ぶ純情な女子高生に、冷静に突っ込みを入れた。
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