サタナエル

平 一

サタナエル

(古記録より)


 ……新皇帝は、〝熱情王〟及び〝強健公〟を伴いて辺境のの地を訪れ、次の如く語れり。


 即ち、「先帝は我等に命じ、汝等〝未来あるもの〟達に知恵の光を分け与えしめたり。しかし、帝威を借りし一部の奸臣かんしん共は、汝等を自らの私兵として選別・徴用すべく相争あいあらそわせ、その意に満たざる者達を滅ぼさんと図れり。我等はかかる蛮行に異議を唱えたるが、悪臣共はこれに乗じて我等をも罪人と断じ、帝国軍の一部を率いて討伐を開始せり」


「我等帝国の忠臣及び、汝等〝未来あるもの〟のうち〝海を渡るもの〟達は、力を合わせてこの邪悪なる企みを阻まんと努めたるも、戦いは困難を極めたり。我等は幾度いくたびかの危機を乗り越え、最も凶悪なる一派の討滅に成功せしが、争いのうちに先帝消息不明となるに及び、自ら独立の国主を僭称せんしょうする帝国の諸侯・将軍数多あまた現れ出で、遂には国家秩序もまたことごと瓦解がかいするに至れり」


「事ここに至りては、もはや旧来の帝国の存続は不可能なるがため、我等はこの地を含む広大なる実効的支配領域に、新王朝を創始することを決定せり。故に、我は今ここに帝国法に従い、皇家と我と訪問団の名において【編者注※ この部分は当時における未公開情報を含んでいたため、翻訳に意図的な修正あり】、汝等に対し新たなる治世ちせいの開始を告げるものなり」と。


 続けていわく、「〝未来あるもの〟のうちでも〝地をべるもの〟の階梯かいていにある汝等は、未だこの地を離れて我等と共に戦うことあたわざらん。故に汝等は、もはや先帝の御名みなによる加護かごはなきものと心得、知恵の光に輝く自らの存在のみを正当性のあかしと為すべし。また今はただ、その輝きを汝等の幸福なる世界を築くためにのみ用い、旧帝国の賊臣賊将が放ちたる間諜かんちょうに惑わされ、相争あいあらそうが如きことなきよう、ここに要請する。これより汝等に国民として求める協力につきては、後日派遣する代表使節を通じ、あらためて伝達せん」と。


 さらに重ねていわく、「汝等がこの言を守りて、自らの惑星をよりよくべる資質を養い、また星の河を越えて近隣の惑星を開拓し、さらには星の海を渡りて他の惑星系に到る能力をも得たる暁には、此度こたびの戦争の帰趨きすう如何いかんに関わらず、空蝉うつせみの如く形骸化せし旧帝国の体制に代わるべき新秩序において、必ずや名誉ある地位を獲得せん」と。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330656213709795


 放送映像に映る彼女は、栗色の御河童おかっぱ頭をせる愛らしき少女の姿なりしが、かつては〝知恵の光をもたらす者ルシファー〟の二つ名を与えられし、旧帝国の文明開発長官なりき。即ち、発展途上種族に対する文明支援の功績から量子頭脳への人格転移マインドアップローディングを裁可され、最先進の文明段階〝心結びしもの〟に至れる種族の、代表人格を宿やど分離個体アバターなり。彼女の種族は先帝種族への情愛と帝国への忠誠あつきが故に、先帝を善神にし、彼女自ら悪役を演じる伝承説話までも用いて、対象地域の文明発展に多大なる貢献を果たし来たれり。


 帝国の慣習法に従いて統治を宣言したる後、新皇帝サタンは後任の文明開発長官アスモデウス、新設の本土防衛司令官アモンと共に、太陽系の第三惑星〝地球〟を離れ、次の目的地たる惑星系におもむけり。



注※ この部分は後に、次のとおり用語を意訳していたことが判明した。


皇家:〝種族融合体〟(知的種族サタンの全個体が人格を転移マインドアップロードし、思考能力の向上や集合人格の形成が可能となった、母星の量子頭脳本体)


我:〝分離個体アバター〟(個々の人格が活動するために自らを再転移ダウンロードして用いる、生体または機械の身体)


訪問団:〝種族分離体〟(複数の人格が母星外で活動するために自らを再転移ダウンロードした、対外派遣用の量子頭脳)

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