第8話 白が、降る。⑧



いつの間にか、雪と風は激しくなっていた。走っていると余計にそれは厳しいものとなり、容赦なくフロムの正面から襲いかかってくる。もう少し帰るのが遅くなっていたら、辺り一面は吹雪によって何も見えなくなっていただろう。



(早く早く、あと少し・・・!)



真っ白な脳では、寒さなど感じない。風の音しか聞こえない山中で、自分の呼吸と心臓の音だけはやけによく聞こえていた。


『道』と呼ぶにはこころもとない山道を、雪の大地に足を滑らせながらも走る。倒れた木々を乗り越え、目印に設置してある小さな電灯(すぐ壊れる)をいくつか通り越して、右へ、左へ。そしてまた木々に囲まれた中を突っ切ると―――開けた雪原が現れる。


その中心にぽつんと、その小屋は建っていた。



「はぁ、よかった・・・無事かぁ・・・!!」



膝に手を付きながら、息も絶え絶えに今朝と変わりのない小屋を見つめる・・・どうやら、卵が落下した衝撃からは逃れたようだ。

もちろん小屋は雪を被っているが、まだ柔らかいうちに軽く取り除いて、北大陸では必須の除雪剤を撒いておけば、今夜は大丈夫だろう。―――ひとまず、小屋倒壊の危機は去ったのだ。


小屋の軒下では、村の人たちが作ってくれた『ランプもどき』(すぐ壊れる)が、屋根の下で風にあおられながらも、優しい光を放っている。それを目掛けてのそのそと歩き、ようやく玄関に辿り着いたフロムはランプもどきを手に取ると、反対の手をドアノブにかける。


無事な小屋を見て気が緩んだのか、急にひどい疲労感に襲われ、深ーい息を吐いた。


・・・なんかもう、本当に疲れた。

疲れすぎて風の音でさえ、人の声のように聞こえてくる始末だ。




――――ぁぁ―――ぁぁぁぁ―――





ほら・・・やばい、末期だ。早く寝よう。





――――ぁぁ―――ぁあ―――あああああああああ!!!」




ガチャ、とフロムが玄関の扉を開けたのと、『風の音』が完全に『叫び声』に変わったのは同時だった。


視界の先で、引き裂くような音を立てながら、何かが屋根を突き破って狭い部屋に落ち―――重い衝撃が小屋全体に響いた。


申し分程度の家具が揺れ、食器が砕けた音が耳を突く。ワンテンポ遅れて屋根の雪がずり落ちる音と、薬棚から引き出しが抜け落ちた音がし、最後のトドメに―――部屋中に積み上げた本の山々が、おもしろいほど次々に倒れていった。


フロムはそっとドアを閉める。



「・・・・・・寒い・・・。」



・・・これが夢であってほしいという願望は、吹雪にあっさりとかき消された。



猛烈に入りたくないが、ここで雪だるまになる訳にもいかない―――再びそっとドアを開けると、ランプもどきの灯りを頼りに足を踏み入れる。


靴裏に何かを踏みつけるたびに飛び上がりそうになりながら、いまは一転して静かな部屋に立ち、天井を照らすと・・・そこにはやはり大きな穴が開いていて、不自然な夜空がぽっかりと浮かんでいた。


その真下には、さっきまで屋根だった木片と雪の塊、そしてうまくその上に倒れた大量の本によって、小さな丘が出来上がっている。穴から丘へ、木くずと雪だけがいまも静かに舞い降り続けていた。



(屋根の雪かき、しなくてよくなったな・・・。)



風通しの良くなった天井を見上げながら、そんなどうでもいいことを浮かべた時―――丘から、本が数冊滑り落ちた。



「うっ・・・。」


「!!」



間違いなくいま・・・本の丘の中から小さなうめき声が聞こえた。


フロムは丘から後ずさり、ランプもどきで丘のある方を照らす。薄闇に目をこらすと、丘からは2本の―――人間の脚が生えているではないか!



「だ、大丈夫、ですか・・・?」



振り絞った声へ返事をするように、唸り声が聞こえた後、もぞり、と丘が盛り上がり、また本が滑り落ちていく。

息をするのも忘れて見つめていると、丘の中から出てきたのは、天井に向かって伸ばされた腕であった。



「ごめ、ん、ちょっと、そこの人、、引っ張ってくれない?」


「えっ、あ、はい!!」



くぐもった苦しげな声に、慌てて持っていたランプもどきを放り出して丘に登ると、その腕を掴む。本の丘から突き出ている脚に対し、意外にも細い腕をそのまま後ろへ力いっぱい引っ張ると、バタバタと本が滑り落ちる中から―――やはり、人の上半身が出てきた。


その一方で、腕の持ち主は勢いよく引っ張った割には軽かったので、フロムは勢い余って後ろへ尻餅をついてしまう。


・・・そして気がついた。


出てきた上半身とは離れすぎた位置から、まださっきの2本の脚が生えてる・・・と言うことは、この中には別の人間が、もう1人いるということになる。



「いったたた・・・。」



いつの間にか、引っ張り上げた腕の主は上半身が出たことによって、あとは自力で丘から這い上がったようだ。薄暗い中、小柄な人影が本の上に腰を下ろし一息つく姿が見える。



「あ、あの、」



フロムは再び床から拾い上げたランプもどきを持って近づくと、それに気づいた人影がこちらに顔を向けた。・・・やたら頑丈なゴーグルをしており、はっきりと顔が見えない。



「ありがとう、助かりました。」



今度ははっきりとした声で、口元に弧を描きながらそう言った人物に、フロムは何を言おうかと迷ったが・・・人影が明かりに照らされた姿を見た途端、そんなことなど忘れていた。



(え、あれ?・・・うそ、)



そこにいた人物・・・自分と変わらないくらいの少年の髪は―――今も天井から降る雪のように、白かったのである。


石のように固まったフロムに、少年は一瞬きょとんとした後、「ああ、これ?」と言いながら付けていたゴーグルを首まで下げた。



「ごめん、助けてくれた相手に失礼でした。・・・改めて、ありがとうございました。」



更に、そういってこちらを見上げた両目は、ランプもどきの不具合でなければ―――金色をしていた。



(白色の髪に、金色の瞳・・・嘘だろ、両方、!!)


「もしもーし・・・。」



フロムが何の反応を示さないことに、少年も不思議そうな表情でフロムを見上げている。

だが、お互いそのまま固まってしまったその数秒後、ふと少年が目の前を舞い降りた雪に気が付き、不思議そうに真上へと視線を移した。先ほど彼がぶち抜いたのであろうそこは、痛々しく飛び出た木片の向うに薄っすらと、星空が広がっている。



「んん!?」



少年は勢いよくフロムと大穴を見比べると、どっと汗を吹き出した。大きな黄金の目が、あらゆる方向へ泳いでいる。



「ももももしかしてここは君の家で・・・あの俺・・・その、ほ、本当にごめんなさい!!」



フロムは、目の前で亀のように小さくなってしまった少年に我に返ると、流石に何か返さなくてはと慌てて乾いた口を動かす。



「ちょ、え、どうしたの!?」


「これは『ドゲザ』って言う、東大陸アーグの最上級謝罪です!俺の友人がそう言ってて・・・あ、も、もしかして指を斬る方じゃないとダメですか!?」


「指を斬る方ってなに!?いらないよそんなの、ここ北大陸レームだし!ええと、取りあえず落ち着いて、ほらあれだよ、いや、なんだ?・・・・・・い、いらっしゃい?」



何を言うとるんじゃ馬鹿め!!と頭の中でレッグスの罵声が飛んでくる。

いやほんと何言ってんだ自分。



「へ!?あ、お邪魔してます!?」



怒鳴られる覚悟だった少年は、がばりと白い頭を上げ、困惑しながらも挨拶を返す。

あれ、何言ってんだ自分。



・・・かくして、今度はお互い無理やり笑いながら「?」を飛ばしあうこととなった。






******



星降る夜とは、北の大陸・レームの1年で最も夜空を星が流れる夜のことである。

その星が流れることを人々は「降る」と言い、星を天の神や精霊と考え、神々が降臨する夜だと例えたのだ。



さて、今年の聖なる夜に降ったのは、星と、雪と、卵と―――。 



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