第7話 白が、降る。⑦


「あ!!!今、星が『降った』よ!!!」


「え!?うそ、見えなかった!!」



満天の夜空を1つの星が流れたとき、真っ先に夜空を指さしながら叫んだのはロッドだった。

彼を囲む子供たち・・・だけでなく、その声を耳にした大人たちも一斉に彼の指をさす方向を見つめたが、星々が静かに瞬いているだけである。



「ロッド兄ちゃん、ほんとに降ったわけー??」


「ほんとだって!!」



疑いを持った目で見つめてくるチェスタに必死に返し、再びロッドは夜空を見上げた。



(キレイだなぁ。もしかしたら、あの星のどれかがオレのご先祖様の精霊だったり・・・なーんちゃって。)


「あーー!降った!!」



そんなことを考えていると、ニールの嬉しそうな声が上がる。そしてそれを境に、「あそこにも!」「また降った!!」と村人たちが続々と夜空を指さし始めた。


何か引き金を引かれたように、星は次々と光の線になって夜空を駆けていく。本当に、まるで村に降り注いで来そうだ。

実際には、見上げた遥か彼方の夜空から、星ではなく雪が顔に舞い降りては、興奮で熱い頬に一瞬の冷たさを残し溶けていく。

つい先程まで騒いでいた人々は一転して言葉を忘れ、ただその夢のような景色に、心奪われていた。



「・・・あれ?」


「なんじゃ、ロッド。」



ふいに、子供たちの後ろでアンナとともに星空を眺めていたレッグスは、孫の間抜けな声によって現実に引き戻された。


ロッドは夜空のある一点を指さしてこちらを振り向く。



「ねえ爺ちゃん、あの流れ星なんか変じゃない?すごく光ってるし、それに・・・消えないんだ。」


「は??」



消えない?何を言っているのかこの孫は・・・と思いつつも、レッグスはロッドが指さす方向に目を凝らし、思わず数回瞬きを繰り返した。

何度見ても、そこでは―――夜空の中を一際強い光を放つ何かが、星が流れるような速さで、だが消えることなく動き続けているのだ。



「な、なんじゃあれは・・・『移動している』?。」


「おい・・・なんかあれ、落ちてきてないか?」



一気にざわつく村人の内の誰かがそう口にした通り、徐々にではあるが確実にその光の高度は下がっている。


移動先は村の出口の方角。そして落ちていく方向には・・・マーズル山がそびえ立っている。



「どどど、どうしよう爺ちゃん!」



光る何かと山を何度も目で往復していたロッドが、パニックになったようにレッグスに縋り付いた。思わぬ出来事に、さすがのレッグスも固まった身体をどうにか孫の方に向ける。


―――聞かなくても、ロッドの言いたいことは分かっている。



「山、山には、フロムがいるのに!!!!」





******




そのころ、フロムはまだ雪山を1人歩いて帰っている最中であった。


ちらつく程度であった雪は上へ登るにつれて大きく、その数を増してゆく。日中家を出たときは雪は降っていなかったため、完全防寒とは言えない今の格好では悠長に歩いている時間はなさそうだ。

頭にぐるぐる巻き付けたマフラーからはみ出した耳が、冷たくて千切れそうだ―――耳当てもして来ればよかった、と胸中で呟く。


いつの間にか夜空では大量の星が『降って』おり、毎年見ている光景であっても、その美しさについ立ち止まって見上げてしまう。

また、同じ空から舞う大きな雪を目で追っていると、3000年前に女神・エスタが落とした白い花びらが、雪に変わったと言われても納得できる。



「・・・って、早く帰らないと。」



再び視線を真っ暗な道の先に戻し、ひたすら歩みを進めていく。小屋はもう、すぐそこだ。



「そういえば、アンナにも言われたけど・・・そろそろ本を整理した方が良いのかな。爺さんの言う通り、僕の家っていうか本の家になってるし、もう積み上げる場所もないし・・・。」



小屋の中に高く積み上げられている、本の山々を思い出す。そういえば、今朝家を出る前に山を1つ、倒してきたことを完全に忘れていた。散乱しているだろう部屋を浮かべると、なんだか急に足が重たくなったような気がする。



「・・・片づけはまた明日にしよう。散らかってても、死ぬ訳じゃないんだから。」



進まない足をまた一歩前に出したその時―――上空で、夜の静けさを割る低い爆音が轟いた。瞬時に雷かと足を止めた瞬間、進むべき道の先の方に向かって、視界の右上の方から巨大な光の塊が降ってきたのである。



「なっっ――――――!!!!!!」



ズガーーン!!!!と山が砕けたんじゃないかとさえ思うほどの音とともに、目の前の木々の間を掻い潜ってもなお焼き付けるような、眩い閃光が前方から襲い掛かってきた。

さらに吹き飛ばされそうなほどの爆風に、必死でしがみついた大木でさえ大きく身体を歪め、軋む音が聞こえる。


何が何だか考える余裕は無く、叫ぶこともできずに、ただ目を瞑って耐えることしかできなかった。





――― 一瞬のような、長い間であったような、混乱でそんなこともわからないまま光は収束し、風は吹きやんだ。



「っ、」



恐る恐る目を開けてみると、暗い中でも木々がなぎ倒され散乱している様子がわかる。むしろ自分が無傷なことの方が不思議に思えるくらいだ。

もし、このしがみついた大木が何十年も前にレッグス少年が生やしたものであったのなら、今後いくら小言を言われたって絶対反抗しない。



「・・・じゃなくて!家が!!!」



フロムは慌てて爆音がした前方へ駆け出す。もうすぐ近くには自分の家があるのだ。



『レームの東の方の街が、一瞬で、消えちゃったんだって!!』



無我夢中で走るフロムの脳内に、なぜかフットの言葉がよぎった。

―――冗談じゃないぞ、と脳内のフットに反論したとき、目の前に見えた異様な光景に足を止める。



「なんだ、これ・・・。」



道をちょうど遮るように、巨大な物体が抉れた地面に刺さっていたのである。


フロムは肩が上下するほど上がった息を、無意識に潜めながらおそるおそる近づいてみる。わずかに発光しているそれは、燃えてるわけでもなく、損壊しているわけでもない。


ただ、突き刺さるその形はまるで・・・



「・・・・卵・・??」



―――そう、見たままを言うのであれば、巨大な卵が墜落していたのである。



「こ、これが落ちてきたのか?爆発したりしない、よな・・・?」



もしかしたら僕、早く逃げた方がいいんじゃないか?

目の前の卵(?)を見つめつつ、フロムは近づくべきか離れるべきか悩んだ。正直、この得体のしれないものが怖くて逃げたいのは満々なのだが、その反面ここに放置して良いものか、一体これは何なのかが気になって仕方ない。


少し耳を澄ませてみるが、特に卵からは何の音もしない。そのかわり、暗闇の中でわずかに発光しているところがまた、不気味である。

しかも、落下してきた時のすさまじい衝撃に反して、この卵は黄身が飛び出るどころかヒビすら入っていない。


一体どれほど頑丈なのだろう、今のところ爆発したりはしなさそうだが―――恐る恐る、手袋を外した右手を伸ばしてみる。


指先に触れた瞬間の冷たさに肩をビクつかせながらも、の見た目の形に違わない、つるりとした手触りに、おお、と目を見開いた。


そのまま一周してみると、卵の反対側が空洞になっていることに気づく。



(あれ、卵じゃない?中は暗くてよく見えない・・・村から誰か呼んでくるべきか?)



『―――ウィィン』


「ヒッ!?」



突然、静かだった卵から何かの作動音のようなものが聞こえ、発光する光が僅かに強くなった。フロムは息を飲み、慌てて飛びのく。



『転送装置ジェシカ17号、作動。目的地、べゼット到達のため、デルタ支部に、帰還します』


「しゃしゃ、喋ったああ!!!??」



突然、謎の卵(?)が喋ったのだ。もう、あまりの驚きに、口をあんぐりとあけて見つめることしかできない。


『ウィィィィィン』という変な音が大きくなるにつれて、次第に卵は強い光に包まれ、円柱状の光の柱が星空へ向かって伸びていく。



「わっ!!!!」



一瞬眩しく弾けた光線に目を瞑ると―――次に目を開けた時には、雪の下の土まで剥き出しになって割れた地面を残し、卵は消えていた。



「き、消えた・・・? さっきの―――『デルタ』は、都の名前だよな。『べゼット』に到着って・・・ここ、そんな名前だったっけ??」



もう訳がわからない。寒いはずなのに、全身が汗でびっしょりである。


フロムはしばらく呆然と卵のあった場所を見つめていたが、ふと小屋の安否を思い出し、でよたよたと前方に向かって走り出した。


なぎ倒された木々を踏むたびに、焦りが募る。

ボロ小屋なんて言ってるけれど、祖父と過ごした思い出が詰まった家なのだ。無事で、せめて形があってくれ――。




******



一方そのころ、マズール山上空では、今度は光の塊とは別の塊が、地上に向かってゆっくりと落下中であった。



「やばいやばいやばい!!」


「おい今の光って・・・また俺たち置いて帰りやがったな!!あのクソ発明家ぶっ飛ばす!!!」



叫ぶ塊は、3人と1羽の鳥で構成されていた。

塊のてっぺんで、全力で羽ばたいている鳥は、左足で少女の服を、右足で青年の服を掴んでいる。さらに、青年は少年の腕を掴んでいるため、左足には1人・右足には2人がぶら下がっていた。



「ヴァンスおねがい、がんばって!!」


「も、もう無理だよ!3人は本当ほんど・・・無理ぶり・・・。」



ヴァンスと呼ばれた鳥は、少女の声に息も絶え絶えに返す。

まだ地上までは遥かに距離があるが、もう脚と腕(羽)の筋肉が悲鳴を上げているうえにこの天気である。冷たい風と雪に煽られるうちに足の感覚も奪われ、今にも全員落としてしまいそうだ。


ちら、とヴァンスは足元を確認する。この状況を乗り切るために、頭の中に一瞬で優先順位を組み立ててみせた。



「・・・・・・フム。」


「おい、おい、お前まさか、」



不穏な空気に気付いた青年が声を上げたが、次の瞬間、無情にも青年の服から鳥の爪が離れた。


「ぎゃあああぁぁ…」という見事な断末魔を上げながら、青年と少年が暗闇に吸い込まれていく。あっという間に2人の声も姿も無くなり、ついでにすっかり荷の軽くなった鳥はよいしょ、と両足で少女を持ち直した。

―――あとどのくらい体力が持つか分からないが、この幼い少女だけは絶対に自分が守ってみせよう。



「達者でなァ。」



ヴァンスは尊い犠牲となった2人が落ちた方向に敬礼をすると、明かりを求めて羽ばたいていった。

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