第6話 白が、降る。⑥




「え、じゃあオレの一番最初のご先祖って・・・人間じゃなくて、『緑色』の精霊かもしれないの?」



一段落話したあと、またキセルをくわえて大きく吸い込みはじめた祖父を、ロッドはぽかんと口を開けたまま見つめる。

レッグスに代わって、その問いに答えたのはアンナだった。



「まあ、あんたの『力』的に緑の精霊が関わってる可能性が高いわね。・・・それと大事なことは、何度も言うように、この世界にある全ての命は『天の色』から生まれたってこと。」


「天の色・・・。」



この言葉に、フロムは『世界創造伝』の一節を思い出す。


――命あるものは全て色彩を持って生まれてくる。命の個を示し、個の魂を示し、魂の力を示す。即ち世界は、色で出来ている――



「『色』とは『命』、そして『魂』だって言われているの。そして、それは変化しながらも子孫へ受け継がれていく。人間では、見ての通り髪や瞳に『魂の色』が滲み出ているんだって。歳を取るごとにみんなその『色』は薄くなってしまって、最後は白色になっちゃうんだけど。」



ちら、と6つの目が、自分のすっかり白くなった頭に集中したのを感じたのだろう。レッグスが毛の長い白眉を顰めた。



「なんじゃい・・・この目が緑のうちは、ワシはまだ死なんぞ。」



一斉に目を逸らしながら―――いや、殺しても死ななそうだし。とは誰も口にしなかった。

アンナが隣から送られる、恨めしさがこもった念から逃げるように続ける。



「さ、さっき父さんの話にも出てたように、今は持っている色の『力』が使えない人が多くなっている。こういう人をよく一般人ノーマルっていうんだけど、逆に『力』が使える人を『色使カラーズい』、使えるようになることを『発色』、歳とか病気で衰えて、色が消えていくことを『脱色』というの。


色使カラーズい』には生まれた時から『発色』してる人もいれば・・・ロッド、あんたのように突然する人もいるわ。突然だと魂の入ってる身体がついていけなくて、最初は体調を崩すことが多いらしいけど・・・どう?納得した?」



ロッドは驚きを前面に出しながらも、大きく頷いた。

―――なるほど、いまの説明で半年前倒れたことも、爺ちゃんが「発色した」と言ったことも、その日から身の回りで草木が生えるようになったことも、辻褄が合う。



「じゃあ、爺ちゃんと母さん、フロムはどうなの?」


「やだ父さん、『色』の説明は少しずつ自分がするから・・・とか言ってたくせに、ロッドったらほんと、全然知らないじゃないの。あんなに自慢げに昔話しておいて、自分が『色使カラーズい』だとも言ってなかったの?」


「え、ほんと!?爺ちゃんの色はしろ・・・じゃなかったね・・・緑っぽいから、やっぱ草とか使えるの?」



一瞬レッグスの白髪に目をやったロッドは、慌てて瞳の色を参考に尋ねる。

レッグスは小馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らしたあと、ニヤリと笑って見せた。



「この小童こわっぱが。ワシがお前くらいの年の頃は、大木の10本や20本、楽勝で生やしておったわ。」


「うそー!!」



ロッドが目を輝かせる一方で、フロムはその様子をイメージしてみる。レッグスの小さなころの姿など想像し難いが(そのままキッズサイズになった恐ろしい姿しか出てこない)、代わりにロッドがやってる姿で置き換えると驚きだ。


そんなレッグスに便乗するように、フロムもニヤリと笑い方を真似てから口を開いた。



「そうだぞロッド、爺さんはな、昔僕の爺さんと東の大陸を旅してた時、女の人たちから『翡翠の君~♡』とか言われ・・・」



――ヒュン、


何かがすごい勢いで、顔の横ギリギリを通り過ぎる。

どっと冷や汗を流しながら振り返ると、決して冷気の侵入など許さない頑丈な木製の壁に、キセルがめり込んでいた・・・え、嘘だろ。


だがその数秒後、キセルがめり込んだ部分の壁の木が音を立てながら盛り上がり、床に吐き出されたキセルが軽い音を立てた。

「え!!!」というロッドの驚きの声がする頃には、壁は何事もなかったかのように元通りだ。ちなみに、キセルも無傷である・・・嘘だろ。



「今の壁、爺ちゃんが直したの!?やっぱり色使カラーズいなんだ・・・なんで今まで言ってくれなかったのさ。」



さすがの色使カラーズいでも、基本的に家の壁のような、すでに枯れて命を持たない・・『脱色』した草木を操ることは出来ないため、壁の中に木の根でも生やし、定着させたのだろう。「全く、減らない口ばかりあやつに似よって。この孫は…」などと言いながら睨んでくるレッグスに、ごめんごめん、と顔をひきつらせながら笑いつつ、フロムはそう分析する。



「ワシはもうこの通り『脱色』が進んでおるからな、もう大した力は使えんし疲れる。それに力を持つのはこの村でワシとお前だけだが・・・余計な力など使わんでも、お互いが助け合えば何も困らずに生きていけるものじゃ。」



レッグスの言う通り、この村は人が住むには天候が厳しいし都からも遠く、不便であるが、何より人が暖かい。皆お互いを本当によく思いやり、助け合って生活しているのだ。特別な力を使えと強要してくる者など、誰1人としていない。



「とにかく、お前は早くコントロール出来るようになれ。・・・皆が心配しておる。」



それを聞いたロッドは一瞬驚いたようだったが、すぐに うん、と真剣な面持ちで頷いた。

そして、小首をかしげる。



「あれ、『力』が使えるのがオレと爺ちゃんだけってことは・・・。」



それに続けたのはアンナだ。



「私は『緑の系統』、ダンテは『茶の系統』の一般人ノーマル。『発色』してないから使えないわ。ダンテは茶色だけど同じ。あんたはほんと、父さんに似たのね。」


「そうだったんだ・・・。ねえ、フロムは?治療師の、あの呪文は色の『力』じゃないの?」


「えっ、僕?そうだな、えっと・・・。」



急に話題を振られたフロムはちょっと考えるように唸る。



「僕もダンテさんや村の人たちと一緒でこの通り、茶色の『一般人ノーマル』だよ。・・・ただ、元々僕の家系では祖父も両親も、治療師をやってたみたいなんだ。」



「やってたみたい」、とは、ほとんど記憶にない両親の話は少し祖父に聞いた程度であるため、なんともはっきり言い難いところがあったからだ。



「普通の多くの治療師が、傷を手当したり、病の苦しみを癒すような薬を作るような、『身体』を診る仕事だとすれば、中には半年前お前にやったような、色使カラーズいの崩れた色の調整をする・・・『いろ』を診る治療師もいるんだ。より多くの色が混ざっていて、かつ力を持たない『茶の系統』の治療師が向いてるんだって。」



治療は相手の『色』に干渉して行う必要があるが、それは簡単なことではない。自分の身の危険を感じた『色』同士が互いに拒絶するからだ。

よって相手の持つ色の『力』とぶつからないためには、全く色の『力』を持たない人間が適しているのである。そう言うと少々悲しい気もするが、きっと家系的に・・・受けつがれてきた『色』的に、天職なのだろうとフロムは思っている。



「で、治療法もいくつかあるみたいだけど、僕は祖父から家にある治療本に書かれた呪文スペルを使った治療法を習ったんだ・・・でも、まだ全然使えないんだけどね。」


「・・・・・・。」



苦笑するフロムに、ロッドは「そんなことないよ!」と言いかけたが・・・この本の虫のことだ、きっとあの小屋の本と睨めっこしながら努力に努力を重ねてきたのだろう。その長年の苦労は、自分が簡単に口出ししてはいけないような、そんな気がした。


―――だが、そんなことを10歳の孫が考えている時でもお構いなしなのが、我らのジジイである。



「ヒヨコもヒヨコ、むしろまーだ卵じゃ。そんなんじゃいつまで経ってもお前の爺さんのような治療師にはなれんぞ。」


(ぐっ、この爺さんめ、言うと思った・・・。)



悔しさはあれど、否定できない―――この12年間、特に2年前にレームでも有名な治療師だった祖父が亡くなってから、一番近くでフロムの成長を見てくれているのは、祖父の友人であるレッグスなのだから。


・・・だが、次にレッグスが告げたのは意外な一言であった。



「だからフロムよ、お前・・・もっと世界を、『色』を見て来い。お前が思っとる遥かそれ以上に、この世界中は多くの『色』で溢れておる。」


「爺さん・・・。」



祖父やレッグスの昔話と本の中でしか読んだことのない『世界』とはどんなところで、一体何色をしているのだろうか―――。

自分もいつかこの目で世界中を旅して見てみたいというのは、確かにフロムの秘かな夢であった。


しかし、そのためにはこの村から、離れることになる。想像もつかない外の世界―――もしかしたら一生帰ってこれない、なんてこともあるかもしれないのだ。


レッグスの、自分の背中を押してくれる気持ちは素直にうれしい・・・うれしいのだが。



「・・・ありがとう。でも、僕は行かないよ。ここの村にはお年寄りも多いし、薬や往診が必要だ。それに・・・僕はここが、アム村の皆が大好きだから。」



―――12年間お世話になった村を、離れられないのだ。



そう告げると、「そうか」と言っただけで、レッグスはそれ以上何も言ってこなかった。

アンナはちょっと物言いたげな顔をしていたが、「フロムがそう決めているのなら」と微笑んでくれた。更に隣では、「よかったー!フロムどっか行っちゃうのかと思った!!」とロッドが安心したように息をつく。



再び和やかな空気が戻って来たそのとき―――ドンドン!!と、扉を叩く音が聞こえた。



「はいはーい、誰かしら?」



アンナが扉を開けると、そこにいたのはフット、チェスタ、ニールの3人組であった。3人の向こうには、ちらほらと雪が降り始めた中を、多数の村人が談笑しながら集まっている。



「おばさん、こんばんは!もうじき星が降るってさ、村のみんなで一緒に見ようよ!・・・ロッド兄ちゃんも!!」



白い息を吐きながら、笑顔でフットが言う。

すると、居間から久しぶりに友人の声を耳にしたロッドが駆け出してきた。



「行く!・・・ねえ母さん、いいでしょ!?」



こんなに目を輝かせている息子に、どうして行くなと言えようか。仕方ないなあ、と笑いながら厚手のコートを手渡すと、ロッドが顔を輝かせて受け取る。



「あまり走り回ったりはしないこと。あんた、夕飯前まで熱出てたんだからね」


「わかってるって!!」



やったー!!行こう行こう!!と、言ったそばから駆けだして行ってしまった4人の背中に、アンナは「全く…。」と呆れたように呟く。だが、その目は優しかった。



「もうすっかり元気だなあ。」



そう言いながら隣にひょっこり顔をのぞかせたのは、一部始終を見ていたのであろうフロムである。コートを着て顔の半分をマフラーで覆い、手袋を着けた手でパンパンの鞄を抑える彼の姿は、村に来た時の出で立ちと同じであった。



「フロム、あんたも一緒に星見みるでしょ?今日は泊まっていけばいいわ。」


「ありがとう。でも雪が降り始めちゃったし、このままひどくなって何日も帰れなくなると、ボロ小屋が潰れるからね。」



以前泊まった際に、次の日から数日間かけて吹雪となったことがある。ようやく小屋に帰れた頃には戸や窓は凍り付いて開かなくなり、雪の重さで屋根が今にも崩れそうになっていた。むしろ、残っていたのが奇跡だ。



「今日はありがとう、楽しかったよ。」



玄関先でくるりと振り返り、フロムはアンナに礼を述べる。あと、アンナの奥で素知らぬ顔をしているレッグスにも、だ。目配せをすると、そっぽを向いて床から拾い上げたのだろうキセルを吹かせ始めた。



「もっとたくさん、いつでも来なさいよ。ここはあんたのうちなんだからね。」


「・・・うん、ありがとうアンナ。それじゃあ、またね。」



村の出口に辿り着くまでの道のりで、星を見るために集まった村人達に会う。

「フロム、星見ないのか?」「雪降ってんだから気を付けて帰りなよ!」「おいフロム、これ持って行けよ!」などの声に1つ1つ答えながら(パンパンな鞄に食糧を突っ込まれ、今にもはち切れそうだ)、フロムは村の皆に別れを告げ、村を出た。




―――暗い山道に、フロムの足音だけが響いている。

暗い夜道は随分と冷える・・・でも、心は温かい。


ふと足を止めて夜空を見上げると、雪が舞い落ちる向こうには暗闇に黄金の砂糖をばら撒いたような、それは見事な星空があった。

幼いころは祖父と一緒に夕食を取った後、小屋の外で星を見上げながら「あれは皆、天界の神様達や精霊なんじゃよ。」という話に目を輝かせたものだ。


いまこの星空を、世界中のどれだけの人が見上げているのだろう。

いつか、世界を見て歩きたいとは思うけれど―――。


ふと、レッグスの言葉が頭をよぎったが、フロムはそれを追い払うように頭を降り、また星空を見上げる。



「・・・やっぱり僕は、この村が好きだなあ。」



その呟きに答えるように星が1つ流れ、フロムの白い吐息とともに暗闇に溶けた。


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