第5話 白が、降る。⑤

ロッドは、非常にご機嫌であった。


「遊びの時間は5倍速、宴の時間は10倍速!」とは彼の父親・ダンテの語る自論であるが、まさに彼の言うとおりだ。

食卓いっぱいに並んでいた食べ物はすっかりなく無くなってしまい、惜しみつつも大きな口を開けてデザートのタルトにかぶりつく。―――地下室で蜜漬けにされていた、果実のとろけるような甘さが口いっぱいに広がり、彼の顔は幸せそうに緩んだ。



聖なる夜の食事中の会話と言えば、この料理おいしい!とか、今年はシーフの毛質が良く民芸品が良く売れたとか、ロッドの身長が伸びた(「爺ちゃんは縮んだよね!」「やかましい!!!」)とか、一向に減らないフロムの小屋の本について(「そういえばそろそろ暖炉の薪が少なくなってきたのよねー。」「え、何、僕の本どうする気!?」)といった、普段とは代わり映えのしないものばかりであったが、食卓は常に笑いに包まれていた。

・・・ただ、最近山に狂暴な獣が現れ、行商人が襲われたといった寒気のする噂話と、本人よりも詳しく語れそうなほど何回も聞かされてきたレッグスの昔話の時を除いて、であるが。



「もうオレ毎日が星降る夜でいいや・・・。」


いっぱい笑って胃も満たされ、もうほんと、最高の時間だ。――ただ1つ、父さんがいないことが残念だけど。

一瞬で無くなってしまったタルトの皿を見つめながら呟くロッドに、正面のアンナと隣のフロムが笑う。


・・・だって、毎日ご馳走が食べれて、笑って、綺麗な星が見れて、朝には使者サンタからのプレゼントが貰えるという、いいことづくしだ。そして外へ出て友人たちと雪原を駆け回り、プレゼントを見せ合って、二日酔いに頭を押さえる大人の姿に笑って―――



(そういえば最近村の人と全然会ってないや。『色』のせいで草が止まんなくって、爺ちゃんに家から出るなって言われてたし―――)




「って、あーーーーー!!!!!!」



「なになに!?どうしたのよ!!」

「げっふぉ!!」

「やかましいわ!!!」



突然ロッドが叫びながらバン!とテーブルに両手をついて勢いよく立ち上がり、それに驚いた3人が同時に声を上げた。

一瞬静まり返った室内に、すごい勢いでタルトを喉に詰まらせたフロムの苦しそうな咳が響く。



「爺ちゃん、今日の夜『色』の話してくれるって言ってたよね!!オレそれ待ってたんだった!!」



夕食に夢中ですっかり大事なことを忘れてしまっていた・・・!!

新芽のような色の目を大きく開き、レッグスに向かって前のめりになりながらロッドは叫んだ・・・が、顔に出さずともそれなりに驚いたレッグスにギロッと睨まれながら「いいから座らんかい。」と言われると、渋々椅子に座り直す。もしも今、ロッドにまだ『力』が残っていたら、きっと今頃興奮したせいで力が猛烈に増強し、本当に北の大陸の辺境の村にミニジャングルが出現していたかもしれない。



「あら、そんな約束してたの?近いうち説明しなきゃとは思ってたけど。・・・まあ最近じゃあ、都会の子なんかは小さいうちに学校スクールで習うみたいだしね、むしろ遅いくらいかしら。」



アンナがそう呟きながら、依然タルトで苦しむフロムに水の入ったグラスを渡すと、彼は出ない言葉の代わりに涙の浮かぶ目でお礼を訴えながらそれを受け取った。

なんか僕、今日こんな目に合ってばっかりな気がする・・・とは、彼の胸中での呟きである。



「やれやれ・・・。」



レッグスはどこからかキセルを取り出すと、大きく吸った後、ゆっくりと吐きだした。

それがいよいよ話し始める合図だと察したのだろう、待ちきれないようにそわそわしていたロッドは少し背筋を伸ばし、じっと祖父を見つめる。



「さて、なにから説明するべきか・・・ロッド、お前にはもう何度も『世界創造伝』は聞かせたな?」


「うん!何もなかったところに、女神様が花や耳飾りや涙を落としたら、色が付いたおかげで世界が出来たってやつでしょ?」



ロッドは祖父の問いに待ちきれず、早口で答える。



「虹の色だって言えるよ。『赤は灼熱の炎・橙は暖かな癒し・黄は鋭い雷・緑は壮厳なる森・青は広大な海・藍は永遠の夢幻・桃は』・・・甘美な享楽?だっけ。」


(・・・おお。難しい言葉ばっかりなのに、すごいじゃん。)



未だ涙目ではあるが、ようやく呼吸が回復したフロムは少し驚いた。今朝方フロムの家で「最近の親は~」と小言を漏らしたばかりであるレッグスは、自分の教えの成果に大方満足したのか、ふむ、と頷いている。



「でもさ爺ちゃん、オレずっと不思議だったんだけど・・・村の皆は髪も目の色も茶色だろ?あと、父さんも。なんで爺ちゃんと母さんと、俺だけ違うの?皆に聞いても、爺ちゃんに似たとしか言わないんだもん。」



その言葉にフロムは、レッグスとアンナを改めて見つめる。


レッグスの頭髪は年齢に相応しく白髪であるが、彼とは古い友人であったフロムの祖父が生前「昔、一緒に東の大陸を旅した際は『翡翠の君』とまで言われる色をしておったのに。」と冗談ぽく(時には本人相手に、にやにやと笑いながら)嘆いていたことから、恐らく若いころは違っていたのだろう。

その証拠に、薄くなってしまってはいるが、その薄緑の瞳をみると確かに面影はある。


そして一方、アンナの右の肩から胸にかけてゆったりと編まれた1本の三つ編みと、目の色は淡い黄緑色をしており、半年前のロッドの色に近い。


これに対して、フロムを含んだ村人全員の髪と目は、『色』の彩度や濃さに個人差はあるものの、ざっくりと言えば皆『茶色』―――『茶の系統』と呼ばれる枠に分けられる。

そんな村で10年間育ってきたのだから、ロッドが疑問に持つのも当たり前だろう。・・・そういえば昔に1回だけ、ロッドがレッグスに先ほどの質問をしているのを見たが、「遺伝じゃ。」のたった一言で綺麗さっぱり完結させていた。


今度はどうだろうとフロムが思案していると、レッグスがゆっくりと口を開いた。



「話せば長くなるが・・・ちゃんと聞くんだぞ。」


「もちろん!」


元気な孫の声に続けて語りだしたレッグスの話はこうである。




―――3000年前、この世界が生まれたとき大地に架かった虹の色は根元で混ざり合うことで茶となり、その色に染められた雪原は土の大地となった。

じきに虹の輝きは薄くなり、最後は虹を構成していた7色は光の粒となって霧散し、大地のあちこちに飛び散った。


・・・しかし、『天界の色』はただの光の粒で終わらず、さらにその粒から精霊へと姿を変えたのだ。



精霊はそれぞれ生まれた光の色に輝き、またその『色』に伴った『力』を有していた。その『力』は何かと言うと、まさしく天の神王の言葉通りだったのである。



赤の光から生まれた精霊は灼熱の炎を操った

橙の精霊は全ての者に癒しを分け与えた

黄の精霊は鋭い雷を走らせ、雷鳴を轟かせた

緑の精霊は大地に次々と命を芽吹かせた

青の精霊は水を操り、海までも作ってみせた

藍の精霊は望み通りの夢や幻を見せた

桃の精霊はその美しさで多くを魅了した



7色の精霊たちは争うことなく、新しい大地をその能力を駆使し豊かに色づけていった。


また、共に生きる中で、違う『色』同士で惹かれあった精霊も多くいた。

その精霊達が子を産んだ結果、新たな『色』そして新たな『力』を持つ子孫が現れ、ますます大地には『色』が溢れたのである。


―――だが、それを懸念する者もいた。


『色』が混ざるにつれて、新しい『力』を持った者が生まれる一方で、例え親と同じ『色』を持って生まれたとしても、子孫の持つ力は先代の精霊と比べて弱まっていったのである。


しかし、『色』の混ざりは止まらず幾年もの時を積み重ねる。世界には昔、虹の7色が根元で混ざって生まれた大地と同じように、『茶の系統』の数が増えていった。

『茶色』には、大地を隆起させたり、地震を起こす力などを持つ者がいたが、それは僅かな数のみで・・・ほとんどの者は何の『力』も持たなかった。


―――ついに、先代の懸念通り、『力』を持たない存在が現れたのである。


それを止める術もないまま、時が経つにつれ、それは茶色に限らず全ての『色』でみられるようになった。『力』を有さずに一生を終える者は徐々に数を増していく。


更に、精霊は寿命など持たなかったはずなのに、年月が経つにつれて身体が衰え、髪や瞳は色の輝きが尽き果て白色となり、死を迎えるようになった。



・・・この頃になると、もう誰もが自分のことを『精霊』とは呼ばなくなっていた。




そして3000年後の今、『精霊』はいずこへと姿を消した。今大地を支配するのは、彼らの子孫―――『人間』である。

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