第4話 白が、降る。④
日が沈み、辺りが暗闇に包まれる。年に1度の大量の流星群が見られるまで――星が『降る』まであと3、4時間といった所か。
この時間帯はいつもは静かなアム村であるが、今夜は村人がそれぞれの家族と、もしくは数人の星を目当てに都から訪れた行商人・観光客も交えつつ食卓を囲む、賑やかな声が目立った。
そして、アム村の村長レッグスの家も例には漏れない。
「わーー!母さんすげー超ご馳走ー!!」
今晩の夕食を前に目を輝かせ、歓声を上げたのはもちろん、フロムの治療によって体力を回復したロッドである。
木製の大きなテーブルには、普段ではあまり口にすることの出来ない食材を用いた料理が並んでいた。往診で村に降りてくる以外は小屋で1人、簡単な食事を摂ることがほとんどであるフロムもその品々を目にした瞬間、唇から「おおー。」と感嘆の声が漏れる。
マーズル山に生息し、肉が美味であることが知られているが、比較的気温の高い時期にしか猟ができない獣・グダの肉を柔らかくなるまで野菜とじっくり煮込んだシチューの香りが部屋に立ち込め、テーブルの中央には、昼に行商人から仕入れた山鳥に香草をもみ込み、皮がパリッとした触感になるよう程よい具合に焼き上げたローストチキン。そして焼きたてのパン、保存の効く芋を用いた特製キッシュ、蜜漬けにしていた果物をふんだんに用いたタルトが艶やかに光っていた。
「ロッド、あんまりはしゃぐとまた熱あがるわよ。」
歓声を上げるに加え、飛び跳ね始めたロッドを嗜めたのは、レッグスの1人娘でありロッドの母でもある、アンナだ。
彼女は今夜を迎えるにあたって、無意識に家の中に草を生やす息子が寝ている間にやらねば、と前日の夜に料理の仕込みを済ませていたらしい。昼間はニールの母親の家で編み物の作業を行い、フロムがロッドの治療を終えた直後に帰宅した。
ちなみに、草木が塵となって消えた居間に入った彼女の第一声は、「アラ綺麗。誰か除草剤でも撒いたの?」である。
「さ、早く冷めないうちに食べましょう。フロムは今日はダンテの椅子を使ってちょうだい」
フロムが食事に招かれる際、普段は予備の椅子を使わせてもらうのだが、今夜はロッドの父親ダンテがフットの父と共にデルタへ民芸品を売りに行っており不在のため、多少恐縮であるが彼の椅子に座らせていただく。
―――あの恰幅と面倒見の良い、そして村きっての酒豪の彼もきっと今頃デルタで仲間と酒を交わしながら、「グハハハ!!」と大笑いしていることだろう。
レッグスの左横にアンナ、その正面にロッド、そして左隣にフロムという形で椅子に腰かけ、全員がグラスを手に取ったのを確認するとレッグスがグラスを掲げた。
「天に感謝の祈りを。」
「「祈りを。」」
「祈りをー!」
グラスを寄せ合い、乾杯する。キン、という心地よい音とともに―――さあ、待ちに待った食事の始まりである。
******
一方、北の大陸・レームの中で、アム村から最も近い都・デルタの外れに位置する、とある施設。その施設の地下に設けられた一室では、都中の祝いムードに反して、ひと悶着起こっている最中であった。
多くの機械に囲まれたその部屋の、中央に置かれた大きな台の周りには4人の人影と、台の上には卵を横にして置き、上半分の前方と下半分を残してあとは綺麗に切り取ったような形の、謎の物体がある。
一般成人の肩程の高さのあるそれの内側には、椅子が前後に2席ずつの計4席、前席の目の前にはモニター画面がいくつか取り付けられていた。
・・・一見して『卵型カプセル』と言えるそれは一応、乗り物のようだ。
「・・・なあ、ほんっとーーに、今回は大丈夫なんだな??」
『卵型カプセル』の周り囲む4人の内、その乗り物を訝しげに見つめていた青年が、彼の横に立つ作業着姿の女性に声をかけた。
「だーいじょぶだってぇ!!この偉大なる発明家・ジェシカの作った空間移動装置だよ?」
「その装置のせいで、前回は全く別大陸の砂漠に飛ばされたんだっつーの!!しかも俺達残して機械は本部に自動帰還って、ありえないだろ!!」
ふんー!と誇らしげに胸を張る女性に青年が激しく抗議する。
それに反し、
「ジェシカすごーい、つるつるー!!」
と笑顔で機体を撫でながら賛美の声を上げるのはまだ10歳もいかないだろう、幼い少女だ。どうやらその謎のフォルムとさわり心地が少女のお気に召したらしい。
また、少女と一緒に近くで機体を眺めていた少年は、いまだ言い合う女性と青年(「ほら、聞いたー!?今回は形にもこだわったんだよー!」「その形から入る癖どうにかしろ!てかこだわるとこがちげーよ!!」)の姿に眉を下げ、苦笑しつつ口を開いた。
「まあまあ、今回はジェシカもこう言ってるしさ、大丈夫だよ・・・・・・多分。もう馬車で行く時間も無いんだし。」
宥めるような言葉が効いたのか、それとも全く相手に響く様子の無い抗議をすることに疲れたのか。青年は少年の方を向き、再び『卵型カプセル』に目をやった後、それはそれは深い溜息をついた。
「・・・仕方ねえな・・・行くか。」
顔には依然として、「信用ならねえ」と書いてあるが。
「ほら、乗った乗ったぁ~。」
作業着の女性の声に背中を押され、3人は(1人は嫌そうに、1人は大はしゃぎしながら)機体に乗り込み、座ってから出来るだけ速やかにゴーグルと、椅子に取り付けてあったベルトを腰に装着した。
青年はもっと何か身を守るものは無いのかと機内を見渡すも、残念ながらこれ以上の装備は見当たらなかった。眉間のしわと共に、確実に彼の機体への不信感がまた1つ上がったのが分かる。
女性は室内に置かれた機械の1つに向かうと、素早く手元を動かして機体の調整を進めていく。
「ええーーと、これでよし、これはこうでーーっと。あとは行き先だけど・・・『ベゼット』で間違いないかな?」
「うん。合ってるよ。」
「よーしオッケー!」
頷いた少年の言葉に、女性が大きな声で叫ぶ。すると、ウイイイイイン―――という高い音とともに機体の下から真上に向かって円柱状に光の柱が生まれ、機体がふわりと持ち上がった。
同時に、前列に座った青年と少年の目の前に取り付けられているモニターが点灯し、レームの簡単な地図が現れた。恐らく地図上の『デルタ』の上で赤く点灯している光が、現在の位置なのだろう。
『転送装置ジェシカ17号、作動。目的地の座標はレーム大陸、ベゼットです。転送準備、まもなく完了です』
「すごーい!しゃべったー!!」
モニターから音声が流れると、後部座席の少女が嬉しそうに笑う。その声に若干癒された前列組であったが、後部座席を振り返った際に、少女がまだ椅子に備え付けられていたベルトを装着していないことに気づき、大慌てで装着させた。
『転送開始します』
モニターの言葉と共に光の柱がどんどん輝きを増し、音も大きくなってきた。
「おおっ、もうすぐだよ!」
作業着を着た女性は、3人の姿が見えるうちにと満面の笑みでグッと親指を立てる―――が、すぐに光の壁で見えなくなってしまったため、ありゃ、と呟いた後、大きく息を吸い込むんだ。
「はぁーいじゃあ、元気にいって―――」
元々声の大きさには自信があったのだが、彼女の声は、キュイイイイン!!という一層高い音に打ち消されてしまう。
そして、次の瞬間には光の柱が弾け―――台の上から機体ごと、3人の姿は跡形もなく消えていた。
それを確認した女性は満足げに頷いた後、空っぽの台へ向かって呼びかける。
「――元気にいってらっしゃい、『消えた街』へ。 」
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