第3話 白が、降る。③

―――ドンドン、ドンドン、  ガン!!



「いってぇ!ドア凍ってんじゃん・・・おーい!爺さーん、ロッドー!」



少々の道草を食ったため、アム村の村長・レッグスの家に予定よりも遅くたどり着いたフロムは、夕刻の気温の低下に伴ってより一層頑丈さを増した、木製の戸を強く叩いた。


気温が低くなるとドアが凍結する、などは日常茶飯事なため、あらかじめ村人は日が高いうちに凍結防止の効果がある薬をドアに塗布するか、定期的にドアにこびりついた雪や氷を剥がす作業にかかるのだが・・・爺さんが腰を痛め、ロッドは軟禁状態である今日は、誰もしていなかったのだろう。



(と言うか、このドア内側からも開けるの苦労しそうだな・・・とりあえず、外側から氷を解かすための湯を借りてくるか?)



フロムがそう思案したとき―――急に内側から、重いはずのドアが吹き飛ばんかのように、けたたましい音を立てて開いた。



ぽかん、と髪と同様の色をした目をまあるくしたのもつかの間、大量の草木の蔓つるや根がすごい勢いで身体に絡み付き、一瞬のうちに家の中へと引きずり込まれたのである。



「ちょっ、うえええええ!!??」



フロムは情けない叫び声を上げながら、そのままグングン緑に覆われた廊下を引きずられ(ご丁寧に後ろでは、バタンとドアを閉める音がした)、曲がり角で後頭部をぶつけ、居間についた瞬間にポイっと放り出され、一目で上等だと分かる布地にシーフの毛で柄が美しく編み込まれた、アム村自慢の作品である絨毯で再び頭をぶつけて着地した。



「うおおお・・・。」


「うおおー!!」



フロムが丸まりながら頭を抱え痛みに悶えていると、それに反して部屋の中に歓声が響く。



「見た!?爺ちゃん、ちゃんと草がオレの言うこと聞いたよ!!『玄関のドア開けて、フロム兄ちゃん連れて来い』って!!」



顔を上げるといつもの位置である、大きな暖炉の前の揺り椅子に腰かけたレッグスがキセルをふかしており、その隣でロッドが嬉しそうにジャンプしていた。・・・跳ねる度に、足元の絨毯からぶわっと緑が生えている。



「これロッド、飛ぶな跳ねるな、これ以上うねうね生やすな!!・・・フロム、お前は何をしておる。」


「え、うそ、今の見てなかったの?」



レッグスは返事の代わりに煙をプカーと口から吐き出した。

・・・この白髪爺め、薄くなってはしまったが、昔は「まるで東の大陸の宝石、翡翠のようだ」とか言われていた(らしい)目までついに白くなったんじゃないのか・・・?さては孫の所業を見て見ぬふりするつもりだな。



やれやれ、とフロムは大きく息を吐いたのち、かろうじて肩に掛かっていた鞄を絨毯に置くと、ゆっくり立ち上がり改めて部屋の中を見渡す。


普段は美しい村の民芸品で飾られていた居間は最近、あちこちに草木が生えては枯れ、天井になどこの地域じゃめったにお目にかかれないような、鮮やかな色をした花が咲くこともある。

まだロッドの『力』が弱く、細い草木しか生えていないのが幸いして、爺さんが大事にしている調度品の破損などはないようだが・・・先ほどのように大量の草木を、ある一定の目的に向かって飛ばした時の威力を見ると、家に穴が開くのは時間の問題だろう。



フロムは目線をロッドへと移した。



「それにしても驚いたよ、ロッド。草のお出迎えにもだけど・・・僕を連れてくるように草を操ったのか?」



・・・それに昼に会ったときよりも、草木が生えてから枯れるまでの時間が、少し長いような。



「すごいでしょ!なんかよくわかんないけど、何でもできるような、体中から何か湧き出るような感じがするんだ。さっきフロム兄ちゃんを迎えるときも、行け!!って思ったら草がすごい勢いでさ、」



あれ、と目の前の子どもを見つめる。



新芽のような瞳を輝かせ、興奮したようにまくしたてるロッドは一見元気が有り余っているように見えるが・・・少し息が荒く、額に薄ら汗がにじんでいる。

それに当に気づいていたのだろう、レッグスがちらっと意味深な目線を寄越してきた。



(・・・『止めろ』ってところか。)



「でね、それでね!・・・ってあれぇ・・・?」



フロムが声をかけるよりも先に、ぐらっとロッドの身体がふらつき、そのまましりもちをついた。本人は不思議そうな顔で荒い息をついている。そして、部屋中の草木が急速に枯れ始め、塵となって消えていくのを見て目を見開いた。



「あ、れ・・・どうしたんだろ、草、消えちゃった」



フロムは同じ目線になるように向かい合ってしゃがむと手袋を外し、片方の手をロッドの、もう片方の手を自分の額に当てた。じんわりと掌に伝わる熱は、はしゃぎすぎによるものではないだろう。



「うん、熱がある。――ロッド、まだ『力』に身体が慣れてないんだよ。今朝よりも流れる量が多く、濃くなってたみたいだし、さっきの優しいお出迎え・・・・・・・で体力分使い切ったってとこかな。」



―――と言うよりむしろ、暴走気味と言ってもよかった。ここ数日間は常に草を生やし続けていたようだし、荒業とはいえ、まさかこんな早く自分の意思で操れるようになるとは思っていなかった。さすがは爺さんの孫、といった所か。



「ええーー!!っていうか、お願いフロム熱どうにかしてよ!今日は星降る夜なのに・・・『診て』!!」



ここ数日軟禁状態の上、楽しみにしていた聖なる夜に熱を出す羽目になるとは。ロッドは半泣きで、ずいっとフロムに迫っては懇願する。


フロムは苦笑しつつ、横目でレッグスを見ると、今度は頷かれた。・・・今度は、暗に『診てよし。』と告げているのだろう。



(口で言ってよ!爺さんと目で会話できるっていうのもなんか嫌だ・・・。)



絨毯に転がしていた鞄の中から、村人に渡した薬草でも薬の瓶でもなく、本を取り出す。



「えー、何ページだったかな・・・。」



ロッドも横からその本の開かれたページに目を通したが、全く理解できない。と言うか、そこに書かれている文字はアム村の住民は誰も読めないだろう。


この本だけでなく、フロムの小屋に残された本のほとんどは、様々な国の、様々な時代の文字が使用されているらしい。

それなのに、たしか随分と前。まだロッドの髪が今よりも淡い黄緑色で草なんて生やせなかった頃、小屋へ遊びに行ったときには「全部読んでしまったんだ」って笑っていたような気がするが・・・。



「それじゃ、始めるよ。」



フロムが目を閉じてロッドの面前に手をかざす。そして紡がれる不思議な言葉と共に、どこからか光があふれてきて、ゆっくりとロッドを包んでいく。



(あったかいなぁ・・・。)



とても心地よいその光に包まれながら、半年前もこんなことがあったなあ。と思い出す。




―――半年前、ロッドは外でフット、チェスタやニールと遊んでいるときに突然息苦しさに見舞われ、そのまま倒れた。3人の叫び声によって気づいた大人によって、すぐに家に運ばれたが高熱と発作のような呼吸苦、そして全身が黄緑の光に包まれると言う謎の現象に皆が戸惑った。


・・・ただ、レッグスだけは自分を見た瞬間はっきりと大人たちに告げた。



「『発色』じゃ。普通の薬など効かん、治療師を・・・フロムを呼んで来い。」



そこからはあまりよく覚えてはいないのだが、あの後大量の本を背負いながらすごい速さで山を駆け下りてきたらしいフロムが、爺ちゃんが他の住民を追い出したロッドの部屋に来たと思ったら、これまたすごい速さで本のページをめくっては投げ、めくっては投げを繰り返し、「これだ!!」と叫んでから今のように不思議な呪文を唱え始めたのだから驚きだ。


その呪文を使った治療を数日間繰り返した後、ロッドの体調は回復した。そして、その日からふとした瞬間に草木を生やしてしまうことが月日を追うごとに頻回になり、淡い黄緑だった髪と目は、少しだけ色味を増した。


あの日、一体自分に何が起こったのか知りたいのに、『発色』とは、フロムの不思議な呪文はいったい何なのか、爺ちゃんや村の大人に聞いたが何も教えてくれなかった。フロムですらいつも呪文について「一応、治療師だからね。」としか言わなかったのだ。



―――だが、自分のもった力は、『色』とは何か・・・それをついに今夜、教えてもらえるのである。




「ロッド、どう??」



フロムの声にふと我に返ると、身体が自分を包んでいる光に癒されているのがわかる。



(そういえば半年前、オレの体調が良くなった後、代わりに次はフロム兄ちゃんが疲労で倒れたんだっけ・・・。)



それを思い出すと自然と笑い声が漏れた。


・・・この光は不思議な呪文だけが作り出すものではないだろう。きっと優しい治療師が放つ、優しい光だ。



「大丈夫だよ。ありがとう・・・・本の虫。」



光の向こうで「全く、素直じゃないんだから。」というちょっとすねた声が聞こえて、また笑ってしまった。

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