第2話 白が、降る。②
フロムが5歳の時、あの小屋で祖父と暮らし始めてからというもの、約12年の付き合いになるアム村は、マーズル山の麓ふもとにある。
ここは北の大陸レームの都・デルタから馬車で5日ほどかかるうえに、1年を通して雪に覆われていることが多いため、新たに居を構えるものは少なく世代を継いで住んでいる村人がほとんどだ。
よって若者は少ないし、その寒さは高齢の身体に堪える。・・・だが、だからこそ老若男女問わず村人はこの村と人を大事にするし、人柄も雪を解かす日の光のように、とても暖かいのだ。
「フロム兄ちゃーーーん!!」
夕時も近づき、村人の家を巡りながら山の薬草を分け与えたり傷や病を診ていたフロムは、最後となるレッグス爺さんの家へ向かう際の(小さな村の為、実に僅かな)移動時間に無邪気な声で呼び止められ、振り返る。
「なん―――ぶっっ!!!」
振り返ったとたん、重い衝撃と共に視界が真っ暗になった。そして顔面が激しく冷たい。
「やーい、こんんなのも避けられないの?あ、虫だから!?」
『虫』じゃない、『本の虫』だ!!―――と、今回ばかりはその呼び方を養護するフロムの顔面からボトリ、雪の塊が零れ落ちると、「そうだそうだー、きっとそうだよ!!」とはしゃぐ高い声と共に、ロッドよりも幼い少年2人・フットとチェスタ、少女・ニールが爆笑しているのが視界に入った。
3人揃って濡れている茶髪を見るに、朝からお決まりの雪遊びをして飽きたところにフロム恰好の的が通りかかったのであろう。
チェスタが「ヒー!」と顔を赤くして雪の上を転げ始める。おい、さすがに笑いすぎだ。兄ちゃんちょっと引くぞ。
「こら、僕今仕事中だから邪魔しないのって毎回言ってるだろ。」
「だってつまんないんだもん!ロッド兄ちゃんは家から出てこないし、お父さんはデルタに行ってるし、お母さんたちは編み物してるし!!」
ああ、ロッドのやつもう兄ちゃんなんて呼ばれてんだなあ・・・なんて爺臭いことを考えつつ、鞄から細かく編み込まれた布を取り出して雪の残る顔を拭く。
アム村では、雪の深いこの季節は女性がこのような手芸の品や小間物といった民芸品を作り、男が都・デルタへ売りに行く、または出稼ぎに行くのだ。
特に、村では雪深い地域にしか生息しない『シーフ』という、艶やかな褐色の毛を蓄える家畜を育てており、その毛で作る商品は都の貴族たちに好まれていると聞いたことがある。
ちなみに、毛を刈った後のシーフは暫く寒さに弱くなるため、今日は村はずれの小屋の中にいるようだ。いつもの「ウグエエエエ」という、何とも言い難い鳴き声が聞こえない。
「ねえフロムお兄ちゃん!デルタってどんなとこ??」
ニールがコートの袖を引っ張りながら聞いてくる。ちなみに、今フロムが着けている手袋は、このニールとニールの姉が共同制作して贈ってくれたものである。
「いや、僕も行ったことないからなぁ・・・本には世界中から色んな人や食べ物が集まってくる、豊かな土地だって書いてあったけど。」
フロムは5歳からあの小屋に住んでいるが、その前にいた土地のことは忘れてしまったし、何も聞かされていない。よってあの山小屋とアム村以外、この世界について本でしか知らないのである。
「なーんだ、オレの父ちゃんの方が詳しいや。あ、じゃあこれ知らないだろ!」
フットがししし、と笑いながら、手振りで「しゃがめ」と言ってくる。何やら内緒話をしてくれるようだ。小さい子って、こういう所がほほえましいよなあ。
・・・だが、その内容がとんでもないものだった。
「父ちゃんが聞いたらしいけど、他の人に言うなって言われたんだけど、北大陸レームの東のほうの街が、一瞬で、消えちゃったんだって!!」
「・・・は?」
変な声が口から洩れた。・・・一瞬で街が消えた?
「それってどうい・・・」
「あら!フロムいらっしゃい!!」
どういうこと?と、言うよりも先に絶妙なタイミングで現れたのはフットの母であった。「おばさん」と呼ぶにはまだ相応しくないくらい、村の中の母親でも若い年齢である彼女は、1つに纏めた艶やかな茶髪を揺らしながらフロムと我が子の傍までやってくる。
「フット、まーたあんたフロムに悪戯してたんじゃないでしょうね。」
「してないよ!ね、ねえフロム」
ええ、しましたとも。
・・・と言いたいところだが、必死に見上げてくるフットの顔が母親の雷の恐怖におびえていることがむき出しである。更に共犯のニールとチェスタも居心地が悪そうにもじもじしている為、いたたまれなくなったフロムは、「はは・・・」と苦く笑っただけで、『言わないから大丈夫だよ』という意味を込めてフットに頷いてみせた。
―――ああ、見よ!このフットの安心し、勝ち誇った顔を。
(こ、こいつ・・・次に風邪をひいた時の薬は苦いからな・・・!!)
フロムがそんなことを企んでいるとは知る由もないフットは、話題を変えようと急いで母親に向き直った。
「母さん、家で編み物してたんじゃないの?」
「行商の方がいらしてたから、ちょっと買い物をしてたのよ。今夜は『星降る夜』、でしょ?あんたご馳走にしてって3日前から煩かったじゃない」
『星降る夜』とは、北大陸レームの1年で最も夜空を星が流れる夜のことである。
その星が流れることを人々は「降る」と言い、星を天の神や精霊と考え、神々が降臨する夜だと例えたのだ。常日ごろの幸せを天に感謝するための、祝いの夜として家庭でご馳走を食べたり、酒飲みが集まって宴がひらかれるのだ。
特にここ、アム村のような山の付近など絶景であり、定期的な間隔でしか来ない行商人も今日は特別に村を訪れ、食材を提供し村人と宴を共にする。
しかも、子供たちにとってはご馳走だけでなく『サンタ』と呼ばれる神の使者が、欲しいものをプレゼントしてくれる、という何とも素敵な夜でもある。フットの母が食材だけではやけに膨らんだ袋を即座に後ろに隠したのはそのためであろう。
食材といい、プレゼントの手配と言い、むしろ大人にとっての神の使者サンタは行商人だと言える。
「そっかー!やったーご馳走だー!!」、「サンタさんに何頼んだ!?」などと楽しそうに子供たちが盛り上がる中、その微笑ましい様子を見ていたフットの母親は、フロムに向き直った。
「フロム、あんた今日はすぐ帰るの?うちでご飯食べない?」
「ありがとう、でも今日はレッグス爺さん家に呼ばれてるんだ。」
フットの母は料理上手なため、実に惜しい。
フットの母は、「そっか、またおいでよ!」とにこやかに告げた後、子どもたちに「もうじき夕時だから帰りな。」と促したことで、この場は解散となった。
「ばいばいフロム兄ちゃん!」
「ああ、またなー。」
それぞれ家に帰る4人に手を振りながら、ふとフロムは自分の家族を想う。
祖父や自分と同じく治療師だったフロムの両親は多忙であった。
更にフロムが5歳の時に息子を祖父に預け、仕事の為に東の大陸へ渡る最中、船が難破した為に亡くなったと聞いている。そのくらい、自分の記憶には両親との・・・家族との思い出がないのだ。
だが、祖父と共にあの山奥の小屋で暮らし始めてからと言うもの、村人はフロムを自分の家族のように接してくれたため、決して寂しくは無かった。
・・・今日のような家族だけで過ごすような夜でさえ、何の迷いもなく誘ってくれるのだから。
「さて、爺さんの家にいきますか。・・・ロッドが落ち着いてりゃいいけど。」
―――ご馳走、何かな。
胸に湧く期待に、自分も子どもみたいだと笑ってから、レッグス村長の家・・・ジャングル(仮)へ向かって歩を進めた。
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