Colorful -カラフル-
とろろ飯
第1話 白が、降る。①
――命あるものは全て色彩を持って生まれてくる。命の個を示し、個の魂を示し、魂の力を示す。即ち世界は、色で出来ている――
この概念は、僕たちの世界の『世界創造伝』の最初に出てくる謳い文句だ。誰がいつ言ったのかは知らないけれど、この世界での一般常識、誰もが空で言える文句の1つである。
まだ僕の祖父が生きていて、この北の大陸レームの都デルタから遠く離れたマーズル山の奥、更にまたその奥のこじんまりとした小屋で一緒に暮らしていた頃は、しょっちゅう言い聞かせられていたものだ。
でも、最近はあまり親が子に言い伝えなくなったせいか、知らない子供が増えてきている・・・とは、先ほどまでこの小屋に来ていた、ここから比較的近い『アム村』の村長・レッグス爺さんのお小言だ。
御年65歳になるらしい爺さんはこの寒空の下、一瞬の日照りで氷の大地が溶けたすきを狙って釣りをしていた際に足を滑らせ、地面に打ち付けたと言う腰を擦りながら、「最近の親はろくに教育も出来んのか!!」・・・とかぶつぶつ言っていたけれど、創造伝によるともうこの世界ができて3000年近く経っているんだから、僕はまあ時代の流れというか、仕方のないことだと思う。
むしろ、よくもこんなに長い間・・・しかも世界中の色々な地方で言い伝えられているとなると、僕が祖父から聞いた内容の正確さすら、怪しいところじゃないか。
爺さんの腰に、もう少し暖かかったころに採取しておいた、薬草を漬け込んだ湿布を貼り、戸まで送り出す。その際、爺さんは歳の割に皺の少ない顔に溝を作りながら「フロムよお前、この小屋には治療師ではなく本が住んどるのか!ちっとは片付けんかい!!」と言い残して去った。
・・・あの爺さんめ、治療中口だけでなく目も忙しそうにしていると思ったら。
確かにこの小屋の中にある家具と言えば、小さな台所と調理道具、北の地に欠かせぬ暖炉、本の積み重なった机であり、それ以外は本の山が占めている。部屋を片付ける=本を捨てる、と言うことになるのだろうが、レームでも有名な『治療師』であった、亡き祖父の残した本を捨てることは到底出来そうになかった。
「大体、アム村には今日も薬を届けに行くんだし。爺さんも腰を打ったなら、なにもこの雪山を歩いて来なくてもさ、村から誰か使いを寄越したらすぐ往診したのに。」
フロムは存分に日の光を浴びた、柔らかい土のような色をした短髪を掻きながら、思わず小言を漏らす。
―――不意に、暖炉の焚火がパチパチと跳ねる以外静かなこの部屋に、ぽちゃん、と小さな音がした。
その発生源が戸に置かれたバケツの中の魚だと気付くと同時に、祖父とは昔からの友人で、幼い自分がこの小屋に住むようになってから、よく世話を焼いてくれていたあの小言の鬼の目的は、腰の治療だけではなかったのだと思い知るのである。
小屋の中よりも更に静かな雪道にざくざくと、フロムの足音と・・・時折、紙の擦れる音が鳴る。
アム村までの道のりは、行きは山を徒歩で下るため半刻程度であるが、帰りは17歳と若いフロムでもその倍の時間と体力が必要である。
また、基本マーズル山は積雪地帯であり、天候が変わりやすい。よって、天の見極めが必要であるが、今日はその道を極めた爺さんが朝から夕方までの予定で釣りに出ていたと言っていた為、まだ昼過ぎの今から出かければ、無事に帰ってこれるだろう。何かあれば・・・最悪、爺さん家に泊めてもらえばいいか。
幸い雪も降っていないため、厚手のコートにブーツ、顔半分までマフラーで覆って、往診道具や薬・本でパンパンになった斜め掛けの鞄を押さえる左手と、薄く古びた本を持つ右手には、昨年アム村の子どもたちが編んでくれた手袋をはめれば、何とかなりそうだ。
「やっぱりあった、世界創造伝とは・・・か、久しぶりに聞いたな」
「懐かしー!!」と雪山を下りながら本を読むこの姿を見たら、決まって「でた、本の虫」とアム村の人々は言うだろう。
レッグス爺さんが帰った後、昼食にバケツの魚をありがたく頂いてから、少しだけ整理してみようかと本の山を崩している際(軽く雪崩であった。帰りたくない)、山の下の方からこの本が出てきたのである。
薄い本はもう題名も読めないが、作中に簡単に『世界創造伝』について記された部分があったことを思いだし、久々の復習もかねて村への供としたのだ。
この本にある『世界創造伝』、ざっくり言うとこうである。
―――昔、天空には神々の住む大地があり、地上の世界を、命の源である『色』によって『色付け』することによって支配し世界の均衡を調整していた。天上は豊かな『色』であふれ、特に神々の放つ黄金の輝きは何色にも勝るものであった。
その中でも格段に強い光を放つ天の神王には美しい娘が2人いた。
2人の女神の名は姉をクオーズ、妹をエスタと言う。
ある日、好奇心旺盛なエスタは行くことを禁じられていた天の大地の『
次にエスタは地面に這いつくばり、淵より下を覗き込んでみた。その下は空虚で、ただただ、何もなかった。
「つまらない。行ってはいけないと言いながら、門が浮いてる以外何もないじゃないの。」
一気に興味の失せたエスタは咲き乱れる白い花弁のついた花を一輪むしり、その花びらをちぎりながらふと、
(この花弁を下に落としたらどうなるのかしら。)
と思い、再び淵より下を覗き込み、花弁をつまんでいた指をゆっくりと離した。
ひらり、と風もない空虚の中をどこまでも白い花弁は落ちていく―――と、思ったのだが、1枚だった花弁は落ちていく間にその数を増やし、次に遥か下方が光ったと思ったら、そこにはうっすら白い大地が出来上がっていたのである。
これに驚いたエスタは白い花弁をどんどん落とし、時期に『天界の花』の花弁が雪となって、空虚を色づけた結果、大地となったのだと気付いた。
更に落とすものは無いかと辺りを見渡すが、白い花以外見当たらなかったため、次にエスタは自分の金の珠の付いた耳飾りを落とす。
・・・ところが、珠は白い大地には落ちなかった。
行方不明の妹を探して駆けつけた姉クオーズが、珠の落下する動きを止めたのである。
クオーズはエスタの頬を打つと、
「一体自分が何をしているのか分かっているのか。お前は今、天界の『色』を落とし、新たな世界を作ってしまったのだ。決して遊びで産んでいいものではなかった。ましてや、『金』を落としてしまうということは、地上に新たな神を産むに等しい。父を裏切るのか。」
とエスタを責めた。
エスタは自分がなぜ怒られたかもわからず、ただ優しい姉が怒っていることに涙を流しながらもことの重大さを感じ再び下を覗き込む。
慌ててクオーズがエスタを引っ張り淵から剥がそうとしたが遅く、エスタの涙は大量の水滴となって白い大地に降り注いだ。
一方、大地にたどり着きはしなかった金の珠は、神ではなく白の大地を照らす太陽となっており、その光はエスタの涙に反射して、雪原の大地には7色―――赤・橙・黄・緑・青・藍・桃の橋がかかった。
それはとても美しい橋であったが、7色の鮮やかな色たちは最終的に橋の根元で混ざって茶となり、じわじわと大地を侵食した為、雪原の大地は土の大地となった。
後にこの光景を見た王はこう言った。
「赤は灼熱の炎・橙は暖かな癒し・黄は鋭い雷・緑は壮厳なる森・青は広大な海・藍は永遠の夢幻・桃は甘美な享楽となって、より色味を増やしながら、天の手も届かない程に世界は豊かに色づくだろう。・・・だが、この世界にとっての不幸もまた、『色』が産むだろう。」
「うーーん。大体こんな感じだよな・・・昔俺の爺さんが言ってたのもこっから先が無いんだよなあ・・・」
『世界創造伝』については、それ以降の記載がなかったため、本を閉じ鞄を掛け直した。
―――3000年前におきた(らしい)出来事だ。誰も真偽は知らないが、「こっからかなり先」である今現在、確かにこの世界は『色』を基礎として成り立っている。
「あ!!フロム兄ちゃんやっと来た!!」
前方からした跳ねるような声に目を向けると、すでにアム村は目の前であった。
村の入り口の柵にもたれ掛りながら、少年がにこにこしながら大きく手を振っている。――もうすぐ10になるレッグス爺さんの孫、ロッドである。いつもフロムが村を訪れる際には、こうして入り口まで来て出迎えてくれるのだ。
「やあロッド・・・ってあれ、少し髪と目の色が濃くなったんじゃないか?」
「でしょ?爺ちゃんには、まだ『力』が上手く調整できないうちは家から出るなって言われてるんだけど、来ちゃった!!」
悪戯っぽく笑うロッドの髪と瞳は、半月ほど前に往診で診たときは薄い黄緑色をしていたが、今はその時よりも鮮やかに色づいている。春に芽吹く薬草の新芽のようだ、と今朝レッグス爺さんの腰に貼った湿布を思い出しながら胸の内に呟いた。
ロッドは口を尖らせながら言う。
「でも俺も遊びたいしさー、家にいると草がどんどん生えて・・・ああ、ほら、見てよ。柵に花が咲いちゃったよ」
先ほどまでロッドがもたれ掛っていた柵は、雪が積もっているにもかかわらず、ちらほらと桃色の小さな花が芽吹いていた。
「はぁーーー。」と長い溜息をつきながら、最近自分が家に軟禁状態である原因を睨み付ける。まだロッドの『力』が弱く不安定だからであろう、花は数秒ののち、枯れてしまった。
「・・・ってやべ、爺ちゃんに見つかる前に帰らなきゃ・・・。今日爺ちゃんがやっと夕飯のとき『色』の説明してくれるんだってさ!フロム兄ちゃんも一緒に食べるだろ?」
「ああ、出迎えありがとうなロッド。一通り回ったらお邪魔するよ。」
「じゃあなー!!」と手を振りながら走り去っていくロッドの足元から、また小さな草が芽吹き、枯れていく。
(あの調子じゃ爺さん家はジャングルだな・・・。)
フロムはパンパンの鞄をかけ直しながら、雪にも負けない暖かさを持った村人達に挨拶するべく、アム村の入り口をくぐったのだった。
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