邂逅。

 結論から言うと。

大地の結婚式でのfellowsリバイバル演奏は、恙無く終わった。

 友人の結婚式なのに、本人やその親族より号泣する亮、そして貰い泣きする優莉。真緒はと言えば、幸せそうに笑う友人とその伴侶の門出に珍しく満面の笑みで終始過ごしていた。そして2人に涙を拭わせ、控室で着替えて準備する。曲は、初めて人前で披露した3曲のアレンジだった。衣装も、あの時着ていたシャツを再オーダー。胸部には英美里デザインのロゴ、背中には各メンバー直筆のサインと名前。そこにある英美里のそれを見ると、勧誘されたときのことを思い出す。思えば、全てはあの時始まったのだから。

 今日が終われば、自分を含めたメンバーがこうした機会で望まない限りはきっとfellowsとして演奏することはこれから二度と無いだろう。だからこそ、いつも以上に全力で。新堂英美里だって、この場にいればそうした筈だ。

 大地によるMCを入れても約20分で、fellowsのお披露目は終わった。

 先に手洗いに行くという亮、優莉に先立ち控室に入ろうとした真緒の耳に、アンプに繋がれていないギターの音が聞こえた。最後のチョーキング、それは、あの時自分が負けを認めた技術そのものだ。まさか、と勢い良く扉を開けたそこに。


 ――新堂英美里が、ギターを携えて立っていた。


「真緒、……お久。元気、だった?」


「何、で…?」


「あの時、急にいなくなって御免。転移が見つかって、しかもステージは進行してたから……おっきな病院に移らなくちゃいけなかったの。絶望して、皆に言えなくて。だけど、真緒の言葉を思い出して、諦めはしなかった。それから、手術を何回か繰り返して……完治。できたんだ。今は東京の大学に通ってるんだけど、大地が結婚するって帰省した時に聞いたから頑張って連絡を取ったの。まずひたすら謝ったけど……」


 聞けば、優莉も亮も既に英美里がまた元気な姿を見せていたことは知っていたのだと言う。真緒だけが、知らされていなかったという事だ。しかし、自分が出れば高校時代の友人の注目が全部集中してしまい、ひいては結婚式どころでは無くなる可能性も考えられた。だから彼女は演奏には参加せずに、会場に設置されていたビデオカメラを通じてこの部屋で観ていたらしい。勿論、メンバーと入れ替わる形で。


「真緒のギター、あの時よりもっと良くなってた。もう、あたしじゃ勝てないかも」


「……何で。何で、僕だけ教えてくれなかったのさ」


 ずっと、待っていたのに。

 そう言おうとした真緒の両目からどんどん涙が零れ始めた。ずっと、不安だった。彼女が二度と会えない場所に行ってしまったのではないかと。しかし、彼女との約束があったから、彼女に死ぬもんかと言った真緒が望みを捨てる訳には行かなかった。帰省の度に、ウメダ楽器に寄った。だが彼女の姿を見かける事は無かった。自宅の前にも足を運んだ。しかし、怖くて尋ねる事は出来なかった。

長い時間堰き止められていた感情の堤防が、一気に決壊する。


「真緒はあたしの命の恩人だから、直接言いたかったの。……結果として余計に待たせちゃって御免ね。本当に、大きく……なったねぇ」


「……大学で、伸びた。もう自分と同じとか言わせないから」


 ぐい、と涙を拭い赤くなった目で彼女を見る。化粧や経過した時間から大人びては見えるものの、特徴であったサイドテールやそのあどけない雰囲気は当時其の儘だった。


「聞いてたけど、実際見てびっくりした。丁度あたしの手、1つ分伸びたんだね」


 そう言って彼女は自身の右手を差し出した。あの頃と変わらない、15cmの手。


「あの時、あたしは真緒のギターが好きって言った。──でも、重荷になっちゃうのが嫌で本音は隠してた。それも、謝らなくちゃいけないんだ」


「……本当に?」


 彼女の思いがけない言葉に、顔が赤くなる。そんな真緒の変わらなさに、英美里は苦笑を浮かべた。結局、人の根っこはそうそう変わらないのだと。


「真緒の気持ちも当然分かってたよ、鈍い真緒はそれさえ気づいてなかったんだろうけどさ。でも、きっと真緒には病弱なあたしより良い人がいるんだって思ってたから。二回目の手術の時、真緒の言葉を思い出してた。やっぱり、ね。一番深くに居てくれたのは真緒だったんだって実感したの。――あのさ。真緒は今、彼女とか居るの?」


 英美里の言葉にどきりと胸が高鳴った。そして、真緒はゆっくりと首を横に振った。


「……女々しいかも知れないけど、ずっと待ってた。約束もあったけど、何よりも英美里の顔が見たかった。正直、今でも夢じゃ無いかなって思いは消えてないけど。――先に死んだら、怒るよ」


 英美里の目が潤む。 

 どうしようも無く口下手で不器用な彼なりの、精一杯の言葉。この期に及んでも遠回しにしか言えない彼の変わらない面さえも、再会できたという事実を再確認させる事柄に過ぎない。二度と離さないとばかりに腕に力を込めてくっ付く英美里の頭を、真緒は何度も撫でていた。

 彼は、だいぶ待っていた。再開の時を信じて、ひたすらに。

 彼女は、だいぶ遅れて再びその姿を現した。

 しかしそれまでの苦痛や苦悩がどうでも良くなってしまうくらいには、2人ともこの瞬間に救われた。これからは、何でも共有できる。

 小さな手と大きな手が重なり、繋がれた。それは今まで離れていた時間を取り戻そうとばかりに、互いの存在を確かめるかの様にいつまでも、いつまでも繋がっていた。


 

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いつか、今度、そのときは。 寺田黄粉。 @teradakinako

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