懐古その五。

 英美里の衝撃的な告白から数日。土曜まで開催された文化祭の代休である月曜日。彼女を除く4人は学校近くにある喫茶店に集まっていた。fellowsを、どうするのか。彼女の身体が良くない事が分かった以上、これまでより活動の頻度を減らすのか、それとも彼女の言葉を尊重して今まで通りの活動を続けるのか。

 どちらの意見も彼女を想ってであるが故の物に違いは無いという事は、誰しも分かっていた。英美里程では無いものの主張が強い優莉と亮が激しくぶつかった事は、今でも記憶に新しい。この時の2人は、どちらも程度に差はあれど涙を流していた。バンドを、彼女を想うが故に意見を正面からぶつけ合う2人を前に何も言えなかった真緒は、自らの無力さに只々悔し気に俯くしかできなかった。結局大地g出した折衷案――練習は今まで通り行うが時間は減らす――という形で落ち着いた。

 この決定を彼女に伝えるべく、真緒は初めて英美里に電話した。午後4時の事である。履歴から彼女の番号を呼び出し、発信する。緊張で、鼓動が余りに大きく聞こえる。


「真緒?どうしたのいきなり、あたしの声でも聴きたくなった?」


「…今から、会えないかな。話したい事があるんだけど」


 え、と彼女が呟く声が微かに聞こえた。

 いつもの対応から、この返しは予想に無かったらしい。咳払いをしてから、彼女は真緒の提案を承諾した。どうやら相手から来られるのは慣れてないらしい。ただし場所は、彼女の家。送られてきた最寄り駅に従い、住所駅から電車で2駅分動く。そこの改札付近に彼女は立っていた。

 ここからはすぐだよ、と彼女と並んで2人で歩く。慣れない行為に思わず歩調が速まるのを何とか制止する。そんな彼の胸中を察したのか、英美里は表情を綻ばせた。


「今からそんなのってさ、部屋に入ったらどうなるの真緒」


「…どうなるんだろうね」


 いつもなら軽くあしらえたのかも知れない。だが、今回は明らかに動揺している現場を押さえられた。こういう時は何を言っても彼女の餌食になるだけだし、恥の上塗りにしかならない。


「そういう真緒も、……好きだよ。あ、ここだよ。あたしの家」


 彼女の不意の言葉に、どきりと鼓動が反応する。白塗りで3階建ての家が視界に入る。とはいえ3階部分はベランダの割合が大きく、彼女によると3階は客間に充てているらしかった。彼女に通され、部屋に入る。中学生の弟がいるらしいが、今日は野球部の練習試合で父親共々遅いらしい。


「それで、話って?」


 ベッドに腰かけた彼女と向き合い、学習机の椅子に座る真緒。彼女に催促され、昼の会議で決まった事、そしてその一部始終を伝えた。彼女はそっか、とだけ呟くと柔らかい笑みを浮かべた。自分に断らず勝手に決めるな、と罵倒さえ受ける覚悟が真緒にはあった。だが彼女はそれどころか礼さえ述べ始めた。


「良い友達に恵まれたんだなって思う。亮くんも、ゆーりんも。あたしのためを思って、泣いてまでぶつかってくれたんだ」


「僕も、亮は意外だった。…僕は何もできなかった。案を最終的に出したのも大地だし」

 

 自虐気味に、自身の行動を掘り起こす。そんな彼に対し、英美里は立ち上がったかと思うと頭部に手刀を軽く落とした。


「気持ちと、今日それを言いに来てくれたことだけで十分だよ、それに真緒が3人より口下手なのは知ってるもん。…初めて電話掛けてくれたの、嬉しかったしさ」


「あ……うん。緊張、したけど」


 知ってる、と英美里は笑った。


「あたしね、真緒のギターが好きだよ。真緒のギターがあるから、私は安心して歌える。何て言うんだろ、思うんだ。真緒とバンドできて良かった、あの時に声掛けたあたしは正しかったんだって」


 違う、と真緒は思った。彼女がいるから、真緒はギターを全力で弾けるのだ。あの日彼女に出逢った事で真緒のギター、そして真緒自身には支えるべきものが増えた。彼女の、自身が持つエネルギー全てを注ぎ込む様なプレイスタイルは、”今”と言う限られた時間に対して後悔しないために生まれたものだったのだと真緒は理解した。自分の現状から逃げずに、真っ直ぐ生きるために、英美里は常に全身全霊でギターを弾き、そして歌っていたのだ。


「家系がね、がんになり易いみたいなの。おじいちゃんも、その兄弟も、お父さんのお姉さんも、がんで亡くなってて。あたしはちっちゃい頃から病弱で、入退院を繰り返してたんだけど…そんな中で始めたのが楽器。楽器をしてる間は、病気に関する恐怖とか、嫌な気持ちを忘れることができたんだ。…でもね、高校入学直前に、それが……見つかって」


 英美里の声が、次第に小さくなっていく。両親も本人も、まさか中学生で発症しているとは思わず、そのため発見が遅れたらしい。本人が特有のしこりに気づいた時には、既にステージは2へと到達しているという診断が出た。


「怖いの。5年後の生存率、9割とか言われても……全員じゃ無いってことでしょ?手術しても、ひょっとしたら、死んじゃうかもしれない……。そう考えると怖くて、怖くて…!」


 どれだけ明るく振る舞っても、結局はまだ15歳の高校生でしかない。真緒は、自分でも意外な程に行動に移していた。……優莉があのときやっていた様に。


「大丈夫、なんて気休めは言いたくないけど。……死なないよ、新堂英美里が死ぬもんか」


「あは、何それ。似合わない。……真緒にこれ、預けて良い?」


 彼女が差し出したのは、自作のディストーションだった。


「何で?」


「やっぱり、生きていたいから。いつかあたしが元気になって、再会できたときに返して?」


「最後みたいに言うのは無しでしょ」


「それじゃ…今度、その時ってことで」


 翌日、彼女はメンバーに手術を受ける意思を伝えた。いつか自分が戻ったときのため、練習は続けてほしいと。彼女の言葉に異議を唱える者はおらず、fellowsは暫く4人での活動を続けた。とあるライブハウスで行われたコンテストにも出演し、敢闘賞を受賞することができた。その報告に、彼女は次は私の番だからと意気込んだ。

 手術は、成功だった。術後の経過も良好で、英美里は今まで通りの元気な姿で振る舞った。fellowsの活動にも、制限付きではあるものの復帰を許された。高校生活の一大行事である修学旅行にも、一緒に行くことができた。次第に制限は解かれ、やがて当初の様に全力でバンドに取り組む彼女を見る事ができた真緒は、人知れず涙を流していた。

 ――だが。3年に進級して1か月後。

 4人の携帯に、英美里からただ一言書かれたメールが届いた。

 ごめん、と。

 その次の日から、英美里は学校に来なくなった。

 fellowsは全員が受験を控えることもあり、彼女の帰りを信じつつも活動を休止した。そして卒業を機に、解散した。

 そして真緒は、彼女自作のディストーションを返すその時を、ひたすらに待ち続けた。しかし、その時が来ない儘、皆は社会人になっていた。

 

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