懐古その四。

 fellowsは、初披露の場を毎年10月に行われる文化祭の場に設けていた。2日間行われるそれは、初日の終わりに有志による催し物が開催される時間がある。高学年であるメンバーの人数が優先される条件ではあったが、例年より応募が少なかったこともあり、全5組中3番目の順番で演奏することになった。

 その当日。英美里は朝から我慢ができないとばかりにうずうずしていた。初心者だった亮も、初めて人前で演奏するというのに特に緊張している様子は無い。元々強心臓なのだろうか。優莉も、ピアノのコンテストに比べれば大した事は無いとばかりに堂々としている。少し表情が強張っている大地が、相対的に一番緊張してしまっている様に見える程だ。 

 皆でアイディアを出し合ってオーダーした、赤色のTシャツを着て待機する。先の2バンドが演奏する曲を聴く度に、英美里は口元を緩めた。


「大丈夫、あたしたちの音…皆に聴いてもらお?全力で、自分たちの世界を表現してさ」


 その屈託の無い笑顔で、メンバーは頷き合う。やはりこのバンドは、彼女あってのものなのだ。捌けてきた2番目のバンドに会釈をして、ステージへと上がる。そこには、沢山の生徒が詰めかけていた。よく見れば違う制服の生徒も。先生も、ちらほらと姿が見える。

 真緒、英美里、大地のチューニングが終わってメンバーが顔を合わせる。そして、亮のスティックが4回音を鳴らすとfellowsの演奏が始まる。力強く、曲によってはツインペダルも使いこなしてバンドの頑丈な基礎となる亮のドラム。バンドの空白を埋め、その多様な音でハーモニーを生む優莉のキーボード。変幻自在、長年のテクニックに裏打ちされた正確無比なピッキングで文字通りバンドをリードする真緒のギター。全身全霊、そのパワフルな歌声とリズムギターでバンドの中心となる英美里。時に支え、時に自ら主張してバンドの音を繋ぐ大地のベース。

 観客だけでなく、後に控えるバンドや先に終えたバンド、そして先生陣すらも彼らの演奏に魅入っていた。前のバンドが演奏していた時は最前列で首を振っていた生徒も白けて動かないのでは無く、圧倒されて動けていないのだ。長年ギターに触れてきた自分でも、油断するとついつい彼女のギターを演奏する姿を視界に写してしまう。一体彼女の何が、人をここまで惹きつけるのだろう。

 与えられた20分は入りと捌けを含めてのもの、自分たちだけがそれを破る訳には行かない。予定の3曲を終えると、英美里は深々と頭を下げた。釣られて、他のメンバーも会釈をする。その時初めて、盛大な拍手と歓声が上がる。ふと英美里に目をやると、彼女の目にはうっすらと涙が滲んでいた。後に続くバンドのため、後片付けを終わらせて裏口から捌ける際、そこには残りの2つのバンドが拍手をしている姿が視界に入った。


「お前らをトリにするべきだったよな、これ」


「あんなんやられたら後にやる俺たちがきついって」


 想定外だと言わんばかりに苦笑いをしながらも称賛を惜しまない彼らに対し、英美里は何度も頭を下げた。そして誰もいない教室に戻り、楽器を置いて席につく。


「…あっという間だったなぁ、本当無我夢中で叩いてたら終わってたって感じだわ」


「でも初めての場にしては余りに堂々としてたぞ、亮は」


「そうね、その心臓の強さは大したものだと思う」


 口々に感想を言い合う3人を他所に、英美里はぼろぼろと大粒の涙を流し始めていた。嗚咽まで漏らし始めた彼女の周りに、慌てて駆け寄る全員。優莉は彼女の背中を擦りつつ、安心感を与えるためか自身の体温を伝えるように空いた手で確りと身体を密着させた。


「どうしたの、英美里。どこか痛い?」


「それなら誰か先生呼んでこないと、俺が行って」


「…違うの」


 亮の行動を制する様に、英美里が口を開いた。顔を上げて涙を拭うと、申し訳無さそうに眉を八の字に曲げつつ笑みを浮かべた。


「単純にね、嬉しかった。感極まって涙が出ちゃったみたい。あたしのバンドに入ってくれて…有難う。それとね、皆に謝らないといけないんだ」


「謝る?何でさ」


 真緒の言葉に、他のメンバーも同調する。感謝することはあれど、彼女といた事で何か謝られなくてはならないことなど何一つ無い。彼女を一心に見つめる真緒の頭を、英美里はそっと撫でた。


「あたしは、もうそう長くはfellowsにはいられない。…若年性乳がんでさ、いつかは入院しなきゃならないの」


 ――時間が、凍った。

 予想だにしない英美里の言葉に、誰も二の句が告げなかった。


「い…いやいやいや!流石に冗談っしょエミリー?幾ら何でも唐突過ぎるってば」


「やめなさい、亮。…女の子がこんな事、冗談でも言う訳無いでしょ」


 受け入れ難い現実に、亮が俯く。優莉の片手がぎゅ、と拳を握る。普段は気が回る大地も、未経験の衝撃に何と声を掛けてやれば良いのか戸惑っている様子だった。


「この事は先生たち以外に話してないから…内緒で御願い。其れと…あんな事ぶっちゃけといて何だけど。あたしにもう少し、皆との高校生活をさせてほしいの」


 英美里の目からは、また涙が零れ始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る