懐古その三。
fellowsの活動は、結成から順風満帆の一言だった。
懸念事項であったほぼ初心者の亮も、自己紹介時の「必死こいて」という言葉を有言実行しめきめきと上達していった。真緒だけで無く他のメンバーも、彼の成長速度には注目していた。英美里が思った事は基本的に気兼ね無く言葉にする人物なこともあり、絶えず褒めそやしていたのも亮のモチベーション向上に一役買っていたのだろう。
週一でスタジオを3時間借りて練習し、気になったところは指摘し合って個人の練習でそれを修正する。曲は、最初こそメジャーバンドのコピーで練習していたが、結成から4か月目に入ると全てオリジナルのものに変わった。作詞作曲は基本的に英美里が行い、時折真緒や優莉も加わっていた。殆どツインギターで真緒がコーラスに回っていたが、曲によっては真緒だけがギターの場合もあった。
演奏している英美里の姿には、他人を惹きつける何かがあった。それは彼女の躊躇を知らない行動力や決断力などから来る、カリスマ性も含んでいたかも知れない。だがそれだけでは無かった。満開の笑顔でいながらも、演奏には力があった。茶色がかったサイドテールを揺らしながら、全力で、そして一生懸命で。彼女の隣でギターを弾くと、自分まで彼女の世界に巻き込まれてしまっていた。だがその場所で弾くギターは、それまでの人生で最も楽しく思えた。あの日、彼女の演奏に惚れた自分の心は間違っていなかったと、そう思えた。そしてそれはバンド活動を通じて、いつの間にか対象が彼女の全てへと変わってしまっていた。
とあるバンド練習の日、亮がふと質問したことがある。
「エミリーさ、始めたばかりの時どれくらい練習してたん?」
彼女はその小さな手をこれでもかと大きく広げ、見せつけながら彼女は笑みを浮かべた。レフティの彼女が、コードを抑える手である右手を。
「学校と、御飯と御風呂と寝る時間以外は全部だよ。…見ての通り、私の手は凄く小さい。指も短いでしょ?短指症っていうんだって、付け根から中指の先までで15cmしか無いんだよ。小学生の時はさ、ソプラノリコーダー弾くのも大変だったんだ。一番下の穴にぎりぎり届くくらいでさ。…こんな手だから、ギターも最初はもっと苦労した。大きい手だったら絶対もっと楽に弾けるのにって身体を恨んだ事もあった。でもそんなことしたってギターを上手く弾ける様になる訳じゃ無いから」
英美里の言葉に、真緒は息を飲んだ。硬球でも楽々挟めてしまう程度には、自分の手は恵まれている。実際、野球部の同級生にも羨ましがられたことがある。コードを押さえるのに苦労した経験など無かった。だが彼女は途方も無い努力で、自身の抱える不利を跳ね除けたのだ。そして、彼女の手にはもう1つ、秘密があった。
「あたしね、右手の指と指の間…手術で広げてるの。少しでも開く様に。手術の後は、そりゃもう大変だったけど」
「…ピアノ演る人で、本当稀だけどそれをする人はいるって聞くよ」
ピアノ経験者である優莉が、ぽそりと呟く。そして亮は、その隠れ気味の目を見開かせた。
「何で、そこまで」
「あたしには、ギターが…音楽が全てだったから。どうしようも無く好きだから、迷いなんて無かったよ。このディストーションね、ギターを始めてしばらくした時に作ったの。隣でお父さんに見てもらいながらだけど。前のバンドでも、使わせてもらってたんだ」
彼女は自身のエフェクターボードから、一つの古びたエフェクターを取り出した。装飾や塗装などは一切無い実にシンプルな金属のケースに、マジックで書かれたであろう彼女のイニシャル。思い出の品であると同時に、自分を音で表現するために彼女が試行錯誤した跡でもあった。
「ここで此方からの質問。皆は…生きることって、如何言うことだと思う?」
いつもはおちゃらけ気味である彼女が珍しく見せた、真面目な表情。真緒の記憶には、今でもこの時の彼女の姿が鮮明に残っている。この質問の意味、そして理由。まだ高校1年生であった真緒らに、それを理解する術など無かった。
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