懐古その二。

 バンドに加入した翌週の金曜、真緒は彼女の呼び出しでウメダ楽器のスタジオに来ていた。バンド仲間だからと連絡先を交換したのは月曜日の昼休みである。

 スタジオに入ると、そこにはまだ話した事が無いクラスメートが3人、既にいた。これ見よがしに自慢気に胸を張る新堂に目を向けると、彼女はこくりと一度頷いた。どうやら残りのメンバーが彼ららしい。

 しかし幾らなんでも早過ぎやしないか。まだ新学期が始まって2週間である。しかもここにいる3人は、新堂や自分の様に自己紹介で楽器をやっていることに触れていた訳では無い。一人一人聞いて回ったというのだろうか。


「あたしはベースもできるから、ギターかベースをどっちか、ドラム、キーボードの3人を探してたんだけど…思いのほかすぐ集まったの。しかも同じクラスで!これはもう奇跡…いや、運命だよ!」


「いや、奇跡には同意するけどさ。運命は言い過ぎでしょ」


 彼女の言葉に、苦笑いをしていたのは自分だけでは無い。彼らが何を以てバンドに入ると決断したのかは定かでは無いが、この反応を見るに何方かと言えば此方よりの人種であるらしい。真緒は内心胸を撫で下ろした。彼女の腕は疑いようが無く、敬意を持つに値するものだ。しかし普段の彼女は、悪く言えば傍若無人そのものである。この呼び出しも、帰宅後に電話が来たかと思えば用件だけ伝えてすぐに切られた。此方の都合など考慮の対象外、黙殺である。


「まぁクラスメートだし、特に今更自己紹介する事も無いと思うけど…ピアノをずっとやってたの。キーボードをやらせてもらう事になったから。バンド、興味はあったし」

 

 耳に掛かった艶のある黒髪を掻き上げつつ、古本が新堂に視線を移す。その表情は柔らかく、どうやら素っ気無い言葉とは裏腹に乗り気な事が窺える。新堂もそんな古本の本心を見抜いている様で、言及するといった真似はしなかった。


「俺はドラムなんてまじで初心者なんだけど、一刻も早く一人前になれる様に必死こいて練習するから今後とも宜しく頼んます!」


 長い前髪で目がほぼ隠れきっている奥村は、申し訳無さそうに振る舞ったかと思いきや軽いノリで各方面に向かってぺこぺこと頭を下げた。あまり喋らなさそうな見た目、雰囲気に反して彼は調子が良さそうである。


「俺は部活と掛け持ちになるけど、新堂のギターに惹かれて入るって決めた。ベースをやる後藤だ。経験は一年半くらいでバンド組むのは初めてだけど、宜しくな。」


 背が高く体格もがっちりした彼は、体育会系の部活では無く書道部に入っているらしい。特に身体を鍛えたりした経験は無いとの事だが、この身体を運動に活かさないのは学校にとって中々の損失では無いだろうか。実際、書道部の見学に行った際は冷やかしかと怪訝そうな目を向けられたらしい。長年書道をやっているだけあり、立ち姿の背筋も綺麗に張っている。奥村が早速彼の二の腕に触れているが、後藤が気にしている様子は無い。どうやら心も広いらしい。


「君の事はもう話してあるから。で、バンドを一緒にやる上での決まり事?約束?として下の名前で呼び合う事!心理的な距離を早く縮める意味でも」


 ――出た。

 真緒は小声で呟いた。3人の顔を見るに、誰かに予め相談していたとかでは無いらしい。彼女らしい、と言ってしまえばそれまでだが。心理的な距離を縮める為と言うのも、自身が言い出しっぺのバンドを想っての事だろう。


「ちょっと、本気?」


「俺は賛成、折角同じクラスでバンドやる訳だし。ゆーりんは反対する理由でもあんの?」

 

「…寒気がする、週明け周りにチクって良い?」


「うわー直球」


 優莉も亮も、物怖じすることを知らないのかもう本音を晒し合っている。距離を縮めるのに時間が掛かる方である真緒は、そんな2人がとても羨ましく見えた。


「良いと思う、俺は賛成だ」


 大地が追従し、英美里がうんうんと頷く。大勢は決した様だ。優莉は諦めたのか溜息をついた。こうなった以上いくら反論しても英美里を止められない事を察しているらしい。


「で、バンド名なんだけど。書道部の大地に御願いして書いてもらっちゃった。じゃ、宜しくー!」


 ぱちぱちと拍手で英美里に煽られ、大地は一枚の紙を鞄から取り出す。広げられたそれには、男性らしい角ばった字でfellowsと書かれていた。


「そのままの意味だよ、仲間。皆が揃ったこの日から、あたし達は志を共にする仲間。…皆、有難ね?」


 メンバーに対し礼を述べる彼女の目で一瞬何かが光ったのを、真緒は見逃さなかった。

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