異世界に転生しても、少年は安穏な日々を望むそうです

みなも@シャドウバン

プロローグ 「八雲玲亮の死亡宣告」

 

 八雲玲亮やくもれいすけという人間は、正真正銘純粋培養の生粋の日本人である。


 そこそこ給料のいい中小企業に勤める父親と、毎日内職と主婦を両立する母の間に生まれた、平々凡々と呼ぶに相応しい顔立ちの少年。他人より秀でた才能などなく、運動神経は平均値の周辺を彷徨っている。勉強の努力をするほど愚直な人格者でもないので、学内成績は常に中間をキープしている。


 玲亮は漫画の一コマの隅にしか映らない、影が薄く陰気なモブキャラだが、虐められた事も無ければ、友人が一人もいないわけでもなく、コミュ障などという素晴らしい才能さえない。ただ、他人の知識・技術を吸収して真似る事だけは優れていた。


 八雲玲亮という少年は、いわゆる何処にでもいる、普通で平凡な一男子高校生に過ぎないのだ。


 そんな彼の唯一の趣味といえば『人間観察』である。響きだけを捉えれば変態だと認識されるが、その偏見は断じて違う。彼の趣味『人間観察』とは、人間の努力や軌跡を記録し、目に焼き付ける事だ。


 授業中では工夫や機転を効かせてノートに記す努力を遠目で眺め、放課後では部活動に励む生徒達を教室の窓辺から傍観し、下校中では音楽を聴いているフリをして行き交う人々の口調や些細な癖を観察する。その娯楽だけを頼りに、玲亮は退屈な日々を過ごしていた。


 彼を一言で要約するなら、人間という生物が大好きなのだ。


 人間の善意や悪意などの感情、偽善感や嫉妬感に狩られて起こす行動、儚く脆く淡い社会的な関係。その全てをひっくり返しても、玲亮は人間を美しく輝く唯一無二の宝石だと確信している。それ程までに玲亮は、人間が愛おしくて堪らないのだ。


 そして本日も爽快な朝から始まり、登校から下校まで人間の歩んだ軌跡を記録し、何ら変わりない安穏な一日を終えるーーー筈だった。


 道端に飛び出した白猫を、命を犠牲にして救う事さえしなければ。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 硬く閉じた目を見開くと、そこは漆黒の空間だった。前後左右を一瞥しても視界は黒で染まり、距離感を掴む事さえままならない。先はあるのか、と素朴な疑問が脳裏に浮上するが、実証するほどの勇気は生憎持ち合わせていない。


 このまま自分はどうなってしまうのだろう。そんな思考が過った瞬間、背後から透き通った声が掛けられた。


「貴方は八雲玲亮さんで間違いありませんね?」


 不意に名前を呼ばれた玲亮は反射的に振り向くと、視線の先には麗しい少女が椅子に座っていた。


 小さな体躯に腰よりも長い黄金の頭髪。優しく大きな瞳は綺麗な紺碧の色をしている。

 神聖で純白な装束からは、白く華奢な手足が伸びており、彼女の真っ白な肌を強調していた。

 その人間離れした美貌を持つ少女からは、妖艶な雰囲気が漂っている。


 白い膝の上で丸まっている猫は、玲亮の助けた白猫に酷似していた。


「単刀直入に申し上げます。八雲玲亮様、貴方は現時刻を以ってーーー」


 目を瞑った少女は、玲亮に向かって合掌する。その表情は何処か悲しく、申し訳なさげだった。


 玲亮が発言を返すよりも早く、少女は言葉を紡いだ。


「御亡くなりになられました」


 自分が死亡した事実について、哀愁を含んだ声音で静かに告げられた。

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