第9話
ずぶ濡れになって帰ってきた私を見て、お姉ちゃんは驚いていた。
帰り道、傘はさしてたはずだけど、うまくさせてなかったのかもしれない。
「とりあえずシャワー浴びといで」
お姉ちゃんに言われて、私はそうすることにした。
濡れた制服を脱ぎながら、自分の顔を鏡でみた。なんとも言い表せられない表情をしていた。
なんか変な顔してるな、とまるで他人事のように思った。
屋上で私が急に泣き出してしまったから、一ノ瀬くんはすごく慌てていた。
私は俯いたまま、「大丈夫だから」と、そう言うことしかできなかった。
そして少しして、「ごめんね、今日はもう帰るね」と言った。
私はそうして、その場から逃げ出してしまった。
一ノ瀬くんは私の背中に「俺の方こそごめん」と言った。
バカ、と私はまた泣きそうになった。
シャワーから上がった私は、お姉ちゃんの部屋に行った。
「とりあえず、そこに座って。髪乾かしてあげるから」
お姉ちゃんはそう言って、ドライヤーで髪を乾かしてくれた。
「あのさ……」
しばらく無言で私の髪をしてくれていたお姉ちゃんに、私は言った。
ドライヤーの電源を切った後、お姉ちゃんは「なにがあったの?」と静かな声で聞いた。
「一ノ瀬くんに告白された」
「え! 朱莉が?」
お姉ちゃんはびっくりした声をあげた。
「ち、違うの! いや、そうなんだけど。違くはないんだけど。なんていうか」
私は今日あったことをお姉ちゃんに話した。一つ一つゆっくり、私自身整理しながら話した。
呼び出されたこと。告白されたこと。動画を撮っていたこと。
緊張したこと。嬉しかったこと。切なかったこと。泣いてしまったこと。
うまく説明はできなかった。
お姉ちゃんは私が話してる間、何も言わず、私の目を見て聞いていた。
「それで、朱莉は今どう思ってるの?」
私が話し終えると、お姉ちゃんは言った。
「……分かんない」
私は言った。本音だった。
「でも、嬉しかった。ほんとに嬉しかった」
これも本音だった。
お姉ちゃんは頷いた。
「でも、カメラで撮られて嫌だった?」
お姉ちゃんが聞いた。
私は少し沈黙して、考えて、そして小さく頷いた。そうかも。「だって、そんな軽い感じで。遊びみたいに告白されて」
なんていうか、よくわかんない。
私は言いたいことがうまく言えなかった。
私は自分でさえ、自分の気持ちがよく分からなかったけれど、それを聞いたお姉ちゃんは「朱莉の気持ち、よく分かるよ」と言った。そう言って、私の頭をぽんぽんとした。
それから、私を優しく見ていたお姉ちゃんの目が、真剣な感じになって、「でもさ」とお姉ちゃんは言った。
私はいつになく真っ直ぐ私を見るお姉ちゃんにドキリとした。
「でもさ。一ノ瀬くんは遊びだったのかな。遊びで告白したのかな?」
お姉ちゃんは言った。
お姉ちゃんの真剣な眼差しが一ノ瀬くんのものと重なる。
私はハッとなる。
今までの、そして、今日の一ノ瀬くんの姿が行動が、私の頭の中に呼び起こされる。
違う。一ノ瀬くんはいつだって真剣だった。
動画だって。告白だって。
一ノ瀬くんはアホだから、きっと動画も告白も真剣で、区別なくしちゃったのかもしれない。
一ノ瀬くんはずっと真剣だったのだ。
私はあの時、それに気づくことができなかった。私は今まで、一ノ瀬くんの一体何を見ていたのだろう。
そう思って、私の中に恥ずかしさと悔しさが来た。それから、一ノ瀬くんが真剣だと気づいて、嬉しさが来た。
もう、今日の私はずっとぐちゃぐちゃだ。
気づけば私は、お姉ちゃんの胸の中で号泣していた。なんの涙かはやっぱり分からなかったけど、屋上で流した涙とは違うということだけば確かだった。
月曜日。家を出る私は、とても清々しい気持ちだった。じめじめした気候も吹き飛ばすくらいに晴れ晴れしい気持ちだった。
私は週末によく考えた。そして、決めた。
今日、私は一ノ瀬くんに言うんだ。
私もずっと好きだったって。
ちゃんと言おう。
恥ずかしがらずに真剣に言おう。
目をそらさず、きちんと一ノ瀬くんの目を見て。
学校に着いた私は一ノ瀬くんを連れ出して、告白した。
私も好きだって言った。そしてこの前はごめんねと言った。
一ノ瀬くんは驚いていた。
そして今度は一ノ瀬くんが泣く番だった。
「俺、YouTuberになりたいんだ」
泣きやんだ一ノ瀬くんが言った。
「知ってる」
私は言った。
「この前撮影してた」
「それも知ってる」
「そっか。ごめん。俺朱莉ちゃんの気持ち考えてなかった」
「うん」私は頷いた。
「でも、いいの。それはおあいこだから」
私はそう言った。
一ノ瀬くんはよく分からないといった表情をしていた。
「頑張ろうね、応援してるから」
私が言うと、一ノ瀬くんは真剣な目で、強く頷いた。
一ノ瀬くんは動画を撮る ハル・トート @harutoto
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