第4話 喧騒のあと、赤い雨

こちら、スネー・・・げふんげふん。

どこかのバンダナ眼帯ダンディなおじさま気分の御門達也は面倒な教員の目をくぐり抜けながら先ほどまつりに届いたメールにあった写真の現場である生徒会室前へ迅速に移動した。

目的地が目と鼻の先に見えてくるとそこには人の壁が何重にも作られていた。

「ちょ、すんませんすんません」

なんとか人を掻き分けながら、先頭まで出る。すると仁王立ちする二人が。今にも一触即発のような雰囲気。しかし、先ほど関わるのをやめようと答えを出したばかりの達也は直ぐには割り込まず、様子をみることにした。

すると先に巴のほうから動き出した。

「先ほどから無言ばかりですね。貴方の口は飾り物ですか?まだ、今の人形のほうがお話上手ですよ」

「・・・・・・」

なんとも毒舌なこと。

どうやら家で達也にみせた様子は嘘偽りのない本性らしい。

そのあとも、織田の大将も驚くほどの連続うちで罵倒を発砲する。

「その大きな体で私のような可憐な乙女の前に立つことしかできないとは少しは恥を持たないのかしら。出会い頭に不躾に肩をつかみ、一言『生徒会室へ来い』などと。チンピラだってもう少し場所とやり方を考えるでしょ。それ以降は無言。いやはや、これが学生の長を努める一員とは鼻で笑ってしまいます。少しは勉強なされては・・・あ、すみません。学のない受験生にはいささか失礼でしたね。では、私に構わず机にダムをこしらえるビーバーがごとくかじりついてください。失礼します」

聞いてるだけでもむかっ腹がたってくる罵詈雑言。それが作り上げた不穏な空気を残して、巴は颯爽とその場を去ろうとする。そうは問屋がおろさねえと副会長がその体つきからは考えられないほど素早く退路をふさぐ。ぬっと手を動かした副会長にさすがに危険だと思った達也が二人の間に壁となるよう割ってはいる。

「やっと見つけましたよ剛田剛(ごうだつよし)先輩!」

いきなり現れた達也に眉間にシワを寄せる剛。そして、達也が到着してからはじめて口を動かした。

「なにようだ御門。少し今込み入っているだが」

「ああ、これはすみません。こっちも急いでいたもので」

達也が申し訳なさそうに(もちろん演技だが)頭を下げるので、剛も短く嘆息を吐くと、意識を達也に向ける。

「言ってみろ」

許可を得て、達也はなんとか場繋ぎに成功したことに、心のなかでガッツポーズをとる。

「先ほど生徒会の観仏がですね、教員指導の西国(せいごく)先生に捕まってしまいまして、もうすぐホームルームもはじまります。うちの委員長がそれで困ってしまって。そこで剛田先輩に助けの船を出していただこうかと」

剛の額のシワが少し深まる。少しだけの思案。そのあと剛はゆっくりと達也の後ろにいる巴を指差す。

「俺は今、彼女と話をしている。そのあとで構わないだろ」

「それでは、うちの委員長と観仏がぐずります。そうしたらお手上げなので、どうにかその前にお願いしたいのですけど」

「そうなったら、俺も出てやる。それで今は我慢してくれ」

「それではこちらが困ります」

一辺倒の平行線。

どちらも譲らない。これはそういうものだ。むしろ、このままが好ましいと達也は考えていた。あと5分でホームルームが始まる。そうしれば否応なしに状況は達也に取っ手都合のいいほうに勝手に動いていく。

しかし、まるで狙ったかのように魔王の手は首に手をかけてくる。今まで天岩戸のように動きすらみせてなかった生徒会。その扉が不意に開いた。

「たけちゃん。いってやりな」

ちらりと姿をみせた少し色の抜けた赤みがかった女性らしい綺麗な長髪を面倒そうな感じで男らしくかきむしる女性が。

彼女は海道鯱。彼女こそが、生徒会長その人である。

「しかし、海道」

「これじゃあ時間がもったいない。お前はあのバカにお灸をすえてやってこい。こっちは私がなんとかしとく」

有無とも言わせない雰囲気をひしひしと感じるその言葉に、剛はまたも少し思案の時間を設けて、その後、ゆっくりと頷く。

剛が立ち去り、周りがざわめくなか、鯱は大きく手を開いたり、閉じたりしたあとそれをこちらに差し出した。

「すまんな巴一年。編入早々に面倒をかけた。とりあえず交友の握手でもしようじゃないか」

にこやかに笑う鯱に、巴は無言を貫いた。心なしか達也には不機嫌に見える。

ふむ、と残念そうに呟きながら手を引っ込める鯱。そのあと、周りを眺めて一喝。

「ほれほれ散った有象無象。早々とクラスに戻り、ホームルームの支度をしろ」

その声でまるで猫にみつかったネズミのように何重にもなっていた壁は散っていく。それを見て呆れたような笑みを浮かべながら、鯱は話のターゲットをその場から逃げようとしていた達也に変える。

「よう御門。お前にも世話かけたな」

「あはは。ソンナコトナイデスヨ」

なんとも硬い笑顔で口端をぴくぴくと痙攣させる達也。無理をしてるのが一目瞭然だ。そんな達也の肩になぞるように手を移動させ、急に艶かしい口調に変わる鯱。

「何をそんな緊張している。私とお前のなかだろ」

「その誤解される言い回しと態度をよしてくださるなら考えます」

面倒そうに肩の手を払いのける達也に、くすくすと心底楽しそうに振る舞う鯱。そんな態度に少し苛立ちを感じつつ、達也は先を急かした。

「俺、もうそろそろ教室戻りたいんですけど」

「ああ、そうだな。すまない。では早速本題だ」

鯱は再度、視線を巴に戻す。

「巴一年。君を生徒会に書記として推薦したい。もう君は帰るだけだろが、少し時間をもらえないかい」

「断ります」

きっぱりと断る巴。

そうすると今度は達也に視線を戻す。

「じゃあ、御門。放課後に連れてこい」

いきなり、何をいっているんだ。

達也は混乱を極めた。連れてこいという命令された意味もわからないし、こんな高圧的にでられるいわれもない。疑問符を頭の上にぷかぷかと浮かべる達也に鯱はさも当然といった感じで達也の肩をつかむ。

「約束してくれるだろ」

「いや、ちょっと待ってください。意味がわかりません」

「何をバカなことをほざいている」

「バカをいってるつもりなのはそち・・・痛い痛い!肩に手がめりこんでます!」

鯱の手がもっのすごい力で達也の肩を抉りにきた。本当にとれるのではないかと思うぐらいだ。なんとか必死にもがき、その手を振り払う達也に耳元で鯱は呟く。

「これは私の誘いを断ったお前のあてつけだぞ」

「・・・なんすかそれ」

にやりとなんとも怪しさ全開の鯱の微笑みに苦笑しながら苦情を言う。その額には冷や汗が蛇口をひねったかのように垂れ流す。

なんとか反撃の狼煙をあげたくて、達也はチャンスを狙うための言葉を脳内から捻り出す。

「そんな個人的な理由で編入生を生徒会に誘うってのはいささか職権乱用すぎやしませんかね」

「しかし、生徒会に空席があるのはお前のせいだ。お前が言えた義理ではないだろ」

確かに。それを言われては反論のしょうがない。

達也は昔・・・といっても1年前の話だが、生徒会に目の前の鯱から栞菜とともに誘われたことがあった。その時は入りたての新入生。栞菜は飛び跳ねてその誘いにのったが、達也は学生生活になれてすらいないのにそれ以上を求められても満足にこなせるわけがないと丁重にお断りをしたのだ。

「だから、お前には責任があんだよ。お兄ちゃん」

「なぜそれを」

冷や汗が限界点を突破した。

もうダムを建設しないと止まらないのではないかというほど焦りを体現している達也に鯱は不思議そうに言った。

「前にもいったじゃないか。私の脳内には全校生徒のデータが入っていると」

さも当然そうにそんなことを言う。嘘が通じる相手ではない。そんなのは百問承知だったはずなのに、へまこいたと内心悪態をついた達也。そんな達也に助け船・・・かはどうかはわからないが割ってはいった人がいる。先ほどから後ろで待たされている巴だ。

「二人で盛り上がるのはいいのですが、私は蚊帳のそととはどういうことですか?私にたいする話が終わったというのなら帰らせていただきますが」

「お。すまんな御門長女。お前のところの兄貴がなんとも煮えきらんやつでな。説教にもつい熱が入ってしまった」

(説教?いじめの間違いだろ)

冷や汗を制服の袖でぬぐいながら、ついつい失笑を小声で吐き出す。

しかし、のんびり助け船の上に寝転んで休息を楽しんでいる訳にもいかない。心配そうに巴の方を見る。巴は眠そうにあくびをしていた。

「すみません。少し寝不足で」

「なんだ。遠足前の子供のように初登校が楽しみで眠れなかったのか。かわいらしいところあるじゃないか」

「そんなところです」

導火線に火をくべるような鯱の言葉だが、そのダイナマイトは不発に終わったらしく、戦争は回避された。

「で、どうだ。少し待ってもらうが生徒会に参加するつもりはないか」

「そうですね。・・・一つ確認なんですか、そこの男は断ったのですよね」

巴は顎で達也をさす。そこの男とはなんとも他人行儀だ。達也は苦笑をうかべる。

「ああ、御門はわざわざ私本人がさそってやったのに断りやがった」

「ふむ」

視線を少し下げ、一考。そのあと巴はにっこりと笑った。

「今日はお話だけ、と言うのでしたらいいですよ」

半ば肯定的な意見が。流石に達也も驚きを隠しきれなかった。さきほどまで副会長に案だけ噛みついていた巴がこうも簡単に了承するのはなんとも不思議な話だ。その摩訶不思議はすぐに巴によってネタばらしが始まる。

「あなたほどバカではないということですよ愚兄」

「・・・そうですか」

たははと苦笑を浮かべ、頭を叩く達也。なんだか今朝から苦笑ばかり作っている。そんな気がする。それを思うとなぜか急に肩が重くなった。そもそも、巴はもう高校生。いくら初夏のこの変な時期に転校してきたといっても自分の問題はある程度自分で解決できるだろう。しばらく会ってなかったせいかどうやら過保護になっていたらしい。それでは巴にも失礼だ。達也は猛省しながら、その場を離れていった。

離れていく達也の背中を眺めながら、鯱は巴の肩をぽんっと叩く。

「いいのか」

「いいんですよ。・・・なにせこれは復讐ですから」

「ま、理由はなんでもいい。話を聞いてくれるだけありがたい。では、また放課後」

そう言って鯱は去っていった。

「・・・・・・」

それに続くように巴も無言のまま去っていった。

取り残された達也はおもいっきり息を吸い込み、力一杯のため息を吐き出す。

「ふざけろよ」

そんな愚痴は静かになった生徒会室まえの廊下をひとりでに歩いていった。その背中が見えなくなるぐらいに達也も髪をかきむしりながら重たい足をあげる。方向は教室とは真逆。理由は簡単。どう考えたって今から授業には間に合わない。どうせだったら保健室でふて寝でも決め込もう。そう決心した達也だった。

保健室は少し変わった位置にあり、体育館や美術室などを繋ぐ外の渡り廊下を使わなければいけない。誰かに見られたら面倒だなと思いつつも精神てきなダメージの方が大きいと勝手な判断のもとに達也は渡り廊下をのそのそと歩いた。

今日はいい天気で誰もいない校庭は静かなもので、春眠に誘われて大きなあくびを1つかます達也。

その時だった。

ピチャ

何かが頬を濡らす。

そのあとにいきなり訪れる衝撃と重たい打撃音。

そして、自分の一歩分前に落ちてきた人影。

(はい?)

頬に着いた滴を指で拭ってみると、それは赤かった。

伸びる人が飛んで来た方角へ視線を向けると

「ふぅ~」

ファイティングポーズを構えるもう一人の妹がいた。



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ギリギリマイマイ 長門葵 @nagato_aoi

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