第34話 彼女はもう戦えない

「やり方はこうだ」


 睦実が拾い上げた木の枝ですいすいと校庭の地面をなぞり、ひとつの五芒星を描いた。その中央に、一つ丸を刻み「これが弥生」と示して、話を続ける。


「五人で弥生を囲む。五芒星の頂点があたし。そして順に神無、霜亜来、文、早苗の並びだ。そして四つの方向から同時に同規模の極大魔法を放つ。威力はあたしが調整するから、お前たちは何も考えずに魔法を撃つだけでいい」


 そして睦実は「簡単だろ」と付け加えた。早苗が問いかける。


「これで弥生さんを元に戻せるの……?」


「戻せるかどうか、正直に言うと、わからん。だが、十五年前はこれしか方法が無かった。今もそうだ」


 睦実がさらりと答えたが、早苗と霜亜来は彼女の言葉のニュアンスから、睦実らですら今回の事態を収束できるかどうかは判断できないのだと悟った。二人の表情が強張る。だが、結果への期待値がどうであれ、今はこれしかない。これしかできないのだ。「今できることに集中しよう。それだけだよ」と睦実が続けると、二人は力強く頷いた。

 すると、夏樹が申し訳なさそうに手を挙げた。


「えと、話の腰を折るようなんだけど……」


「どうした?」


「あたしは? 見てるだけ??」


 睦実の説明に、夏樹の名前は出てこなかったのだ。睦実が思い出したように「ああ」と声を出すと、そのまま言葉を繋げた。


「水属性はあたしが受け持つから、夏樹は見てるだけだな」


「ちょっ……!?」


 一人だけ除け者にされたことに驚き、夏樹が抗議の姿勢を示そうとした時、クロウが睦実の頭上で口を開いた。


「この中では上月が一番魔力が低い。宇野葉は補助に回すべきだと思うが」


「なるほど。それなら、あたしの負担も少しは減るか。喜べ、夏樹。仕事ができたぞ」


 睦実はクロウの提案に納得した様子だ。夏樹がおずおずと「えと、どうすれば……?」と問うと、睦実は五芒星の一端を示して言った。


「夏樹、お前はこの位置だ。早苗と魔力を同調させろ」


「ど、同調……?」


 初めて聞く言葉に狼狽える夏樹。睦実が呆れた様子でクロウに問いかけた。


「同調も教えてないのか……?」


「大体、三浦が一人で解決してしまうからな。同調する必要が無いのだ」


 クロウが答えると、睦実が頭をポリポリと掻き、「まったく、強すぎるというのも考え物だな。次が育たないじゃないか……」と一人ごち、弥生へと視線を向けた。文と神無の魔法によって自由を奪われた弥生は、ただただ世界への憎悪を、その雄叫びに乗せて上空へと発し続けるのみである。睦実は、そんな彼女の姿を改めて確認し、静かに目を細めた。そして、夏樹らへ視線を移すと口を開いた。


「手を繋ぎ、相手の魔力を感じ取る。それだけだ」


 夏樹がその言葉を飲み込めずにいると、クロウが言葉を付け足した。


「手を繋ぐことで、お前が上月に魔力を分けてやるのだ」


「な、なんかよく分かんねーけど、手を繋げばいいんだな?」


 そして夏樹が早苗の手をぎゅっと握りしめた。二人で照れくさそうに微笑みあう。その様子を、霜亜来がじっと見つめていたが、それに気づいたのはクロウだけだった。

 睦実が声を張り上げる。


「他に質問がある人は?」


 三人の少女が首を振ると、睦実が「よし、やるぞ!」と合図を出した。全員が散開し、指示された場所へと駆け出す。


「神無、文! レベル4を解除して極大魔法の詠唱を始めろ。後はあたしが抑え込む! ノヴァ=ストライクが同調発動だ。タイミングはその二人に合わせろ」


 そう叫び、睦実が二度目のアブソリュート=キューブを発動させた。校庭を囲む青い立方体が二重に展開され、より強力に弥生の魔力を奪っていく。だが、それでも弥生の動きを一時的に止めただけで、その存在を消し去るにはまだ遠い。


 文と神無がレベル4魔法を解き、同時に極大魔法の詠唱を開始した。


「さて、もう十分に暴れただろ!? 年貢の納め時だぜえ、弥生!」


 神無がレベル5土魔法ドゥーム=ヴォルケイノを詠み上げる。


“裂けよ大地、沸けよ大地。


そして地の底に蠢く赤き魂よ。


天水を揺るがすその姿を、我が下に示せ。”



 文が風魔法 ブレイズ=ハリケーンを発動すべく、残り僅かな魔力を一点に集中させた。


「きっと、元に戻してみせるわ……!」


“来たれ風。来たれ翼。


刃は螺旋を駆け降りる。


舞えよ嵐。許されざる者達に、滅びの時、在れ”



 そして睦実は弥生から次々と魔力を奪い、他の五人へとそれを分配し続けることに専念した。五芒星の頂点全ての魔力を均一にするという彼女の役割は、他の誰よりも重要で且つ集中力を必要とするのだ。

 魔力を奪われ、身体を動かすことも満足にできなくなった弥生は、ひたすら苦悶の唸り声と、憤怒の雄叫びを繰り返していた。そんな旧友の姿を見つめ、睦実は目を細め、そして呟いた。


「まったく……。お前が一番諦めちゃいけなかったろう……?」




 霜亜来が所定の位置へ陣取ると、その頭上から声がした。いつしか、クロウが彼女の頭の上へと飛び乗っていたのだ。


「やれるか? 桂木」


「大丈夫。問題ないわ」


 クロウの問いかけに、霜亜来が答える。呪文の詠唱を開始しようとした刹那、ふと、彼女の視界に早苗と夏樹の姿が入った。弥生の肩越しに見えた二人の様子を見た瞬間、彼女は僅かに詠唱を戸惑った。それをつぶさに感じ取ったクロウが、再び声を掛ける。


「あの二人が気になるか?」


「いいえ」


 咄嗟に否定したものの、それは彼女の本心ではなかった。己の心情を見透かされた気がして、霜亜来が僅かに頬を紅潮させる。クロウが無機質な声で「そうか」と返すと、彼女にしては珍しく、小声で本音を漏らした。


「ただ、少しだけ、……うらやましいと、思ったの」


 少しの間を置き、クロウが口を開いた。


「お前の雷魔法は炎魔法とも水魔法とも相性が良い。いずれお前があの二人と同調魔法を使う機会もあるだろう」


「ええ」


 霜亜来は頷き、そしてレベル5雷魔法ライトニング=メテオの詠唱へと入った。


“遷ろう星よ。我が元へ来たれ。


今こそは永遠と無限の終わりし時也。


裁きの力をその身に宿し、一条の光となれ”



 他の三人が詠唱を開始したことを察し、早苗もまたノヴァ=ストライクのカードを取り出した。夏樹は彼女の手首を握り、不安そうに早苗に問いかける。


「こ、これでいいのかな?」


「うん。分かるよ。夏樹ちゃんの魔力、私の中に入ってくる」


 早苗が微笑む。彼女が両手でカードを握りしめると、その七色の札は彼女の魔力に呼応して、徐々に輝きを強めていった。そして、早苗がふと口を開いた。


「……なんか、不思議だねえ」


「え?」


「初めて魔法少女になったあの夜、弥生さんが使った魔法を、弥生さんに向けて撃つんだね」


「そうだな。でも、これで弥生さんを元に戻せるなら……」


 二人の目が合った。戸惑う夏樹に、早苗がにっこりと微笑んで語り掛ける。


「一緒に読もう、夏樹ちゃん」


「ええ? でも、あたしが読んでも意味無いだろ?」


「気分の問題だよ! 一緒に読めば、威力もきっと倍増だよ!」


「ま、まあ、それでいいなら……」


 恥ずかしそうに頬を掻く夏樹。一方、他の三人の詠唱は完了し、後は早苗の魔法の発動を待つだけとなっていた。睦実の怒号が飛ぶ。


「さっさとしろ! あたしの魔力もそろそろ限界だ!!」



 恐ろしい先輩に急かされ、二人は慌てて魔法の詠唱を開始した。声を合わせ、炎の極大魔法のカードを詠み上げる。


「「“其は宇宙の始まり也。


闇を切り裂く輝きは、全てを開き、全てを終わらせる。


創造と共にある滅びを、その身に宿せ”!!」」


 詠唱が進むごとに、二人の魔力が絡み合い、そして高まっていく。それに呼応するかのように、文、神無、霜亜来三人の魔力も高まり、睦実がそれに応じて弥生から奪った魔力を各人に付与していく。

 やがて、全員の魔力が極限まで高まったとき、彼らの頭上には光り輝く巨大な輝線が現れていた。それは弥生を中心とした五芒星。光り輝く五芒星シャイニング=ペンタグラムである。

 そして二人はその魔法を発動させた。精一杯の魔力と、祈りを込めて。


「「“ノヴァ=ストライク”!!」」


 五つの極大魔法が同時に繰り出され、その魔力によって頭上の五芒星が輝きを増していく。やがて弥生の身体は、その光の中へと包まれ、影となって消えていった。


 

* * *


「――救出完了、と」


 そう言うと、涼子は力魔法を解いた。それに支えられていたサヴァトの身体が、どさりと屋根の上に落ちる。

 体育館の屋根の上。そこに水科涼子と有翼の白蛇の姿があった。その傍らには、極大魔法衝突の際、発生した衝撃波によって気絶したサヴァトとランディの姿もあった。涼子の手によって校庭から運び出されたのだ。


「済まなかったね、涼子。本当に助かったよ。あのキューブの中だと、転送魔法が使えないんだ。睦実の魔力支配の中で力魔法が使えるのは、君くらいのものだからね」


「お礼なんていいわよ、別に」


 そう言いながらも、彼女は得意気に笑みを浮かべ、校庭を見下ろした。

 校庭では、光り輝く五芒星が現れ、魔獣と化した弥生の身体を光で包んでいく様子が見て取れた。徐々に静まりゆく弥生の魔力を感じ、涼子は魔法少女たちの試みが成功したことを察した。


「……負けちゃったわね」


 彼女がそう呟くと、ミドが答えた。


「負けてなんかないよ。むしろ、これは勝利と言えるね」


「そう? 弥生があんなことになるなんて、予定外だったんじゃないの?」


「そうでもないさ。使徒と魔法少女の中で最も激情的だったのは彼女だったからね」


「へえ。じゃあ、この結末も、織り込み済みだったのかしら?」


「こうなるだろうことは想像がついたさ。だけど、スフィアに関しては予想外だったね」


「どういう意味かしら?」


 涼子がスフィアを見上げた。一度は漆黒に染まったスフィアだったが、周囲の黒いオーロラはいつの間にか鳴りを潜め、また弥生の魔力が静まるにつれ、徐々にその白い輝きを取り戻しつつあった。


「あのスフィア、大きさが変わっていないだろう? 全く力を消化できてないんだよ」


「そういえば、そうね。スフィアが弥生の願いを叶えたんじゃなかったの?」


「彼女の願いを叶えるのに、スフィアは全く力を使わなかったんだ」


 ずっと校庭の様子を見つめていた涼子が、ここで初めてミドの方を見た。首を傾げ、白蛇へ問いかける。


「よく分からないわ」


「弥生は、元々世界を滅ぼせるだけの力を持っていたということさ。スフィアの力なんか借りなくてもね」


 そしてミドは言葉を続ける。


「だからこそ、彼女はもう戦えない。明日の夜こそ、僕らの勝利さ」

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魔法少女は割り切らない 阿山ナガレ @ayama70

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