足音を忍ばせて。

紀之介

真っ暗な廊下。

 珍しく残業も無く、定時で帰宅出来た ある日の事。


 いたずら心を起こした私は、呼び鈴を押さず 自分の鍵で玄関を開けた。


 真っ暗な廊下。


 不審に思いながら、何故か足音を忍ばせて 先に歩く。


 やはり明かりが付いていないリビング。


 音がしない様に気を付けながら、ドアを開ける。


 室内に足を踏み入た瞬間、キッチン方向から気配を感じた。


 ゆっくりと視線を動かす。


 ─ そこには、真っ暗な中、包丁を手にして妻が佇んでいた。


 不意に出そうになった声を、手で押さえる。


 俯いている妻は、私には気付いていないようだった。


 気配を殺して後ろに下がり、急いでリビングのドアを閉める。


 身体の震えを自覚しながら、物音を立てない様に玄関まで戻った。


 もどかしげに靴に手を伸ばし、少しだけ開いたドアから 外に出る。


 静かにドアを閉めた私の身体は、LEDが灯るマンションの廊下で弛緩した。。。


----------


 靴を履き直し 身仕舞いを整えた私は、呼び鈴のボタンにゆっくりと指を伸ばす。


─ ピンポーン-


 暫くの沈黙のあと、ドアがゆっくりと開かれた。


「おかえりなさーい!」


「た…ただいま。」


「…今日は早かったのね♡」


「そ、そうなんだ…」


「─ どうかした?」


「い、いや。別に。。。」


「今日は…あなたの大好きな オムライスよ♪」

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足音を忍ばせて。 紀之介 @otnknsk

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