第4話

 あれから一ヶ月か……。


「兄さーん! 誰か来たから出てー!」


 誰だよこんな朝っぱらから! 朝はやる事多くて大変なんだぞ!


「あいよー」


 インターホンまで行くの面倒臭いから直接出るか。


「はい」


 お、この格好は郵便か?


「おはようございます。七篠 幹彦ななしの みきひこさんでよろしいでしょうか?」

「はい」


 これは来たんじゃないか?


「郵便です。こちらにハンコかサインをお願いします」

「はい」

「ありがとうございましたー」

「お疲れ様でーす」


 誰からだ?


「日本規士連盟……」


 ってことは……。


「誰だった?」

「郵便屋さん」

「誰宛?」

「俺宛」

「誰から?」

「日本規士連盟から」

「じゃあ……」

「あとは任せた」


 ようやく手伝いから解放される!


「やったじゃん」

「うん」

「早く開けようよ」

「うん」


 そのために部屋に戻ろうとしてるよね? 梓織さんが邪魔をしてるけど。


「どいてくれませんかね?」

「ここで開ければいいでしょ?」

「部屋に戻ってペーパーナイフで綺麗に開けたいんだよ」

「そうなんだ?」

「そうなんだ」


 だからどいてくれません?


「じゃあ通してあげる」

「ありがとうございます」


 これで俺も無職とおさらばだぜ!


「早く開けようよ」

「そう急かすなって」


 変なとこで切れたらどうする……ん?


「なんで梓織がおんねん」

「双子なんだから嬉しいことも楽しいことも一緒に分かち合いましょうよ」

「辛いことと苦しいことは?」

「頑張れ」


 分かち合えよ。


「俺まだ洗濯物を干してないから梓織はそっちをやったほうがいいんじゃないかな?」


 俺が手伝うのはライセンスが届くまでって約束だったからな。


「ちゃんとやるよ」


 ほぇ〜。「兄さんは自分で始めたことを途中でほっぽり出しても平気なの?」とか言わないんだ。


「そっか」


 じゃあ開けますか。

 中身を切らないように丁寧に慎重にゆっくりと……。


「おそない?」

「中身切ったら困るだろ?」

「私は一ミリも困らない」

「俺が困るだろうが」


 なにかあったら再発行とかしてもらえんのかな?


「じゃあ我慢するわ」

「うん」


 最初からそうしてくれ。


「ふぅ。綺麗に切れた」


 はー、緊張した。


「はよう。中身はよう」


 うるせぇ。


「ちょっとくらい待ちなさいな」

「ここまできて私が待たなければならない理由があるのかね?」

「あるだろ。これは俺のだ」

「いつから?」

「ん?」

「いつからそれは兄さんの物になったの?」


 ん? いつからだろう? 改めてそう聞かれると分からないな。

 連盟の手を離れてからなのか、それとも俺が受け取ってからなのか。

 ……って、そんなことどうでもいいか。


「知らん」

「ならそれは既に私の物になっているかもしれない」


 哲学的だな。


「それはない」


 うん。ただ馬鹿なこと言ってるだけだな。


「じゃあ中身見るぞー」

「はよう」


 なんで梓織は俺より見たがってんの?

 我ながら綺麗に切れた封を見ながら中身を取り出す。


「なにこれ?」

「なにって、ライセンスだろ?」

「私にはただの十五センチ定規に見えるんですけど」

「こういう形のライセンスなんじゃね?」


 プロ規士の証だし。


「他に紙とか入ってないの?」

「ん?」


 あ、入ってるわ。


「入ってるっぽい」

「なんて書いてあるの?」

「んー。なんかいろいろ書いてあるけど、とりあえずその十五センチ定規みたいなのがライセンスだからなくさないようにだって」

「ふ~ん。なんかちゃっちいわね」


 ちゃっちいって……。


「振るな振るな! 壊れたらどうすんだ!」

「接着剤でくっ付けとけば大丈夫でしょ?」

「大丈夫じゃねーから!」


 見た目が悪いだろ!


「そうだ、写真撮ってもいい?」


 ん? 写真?


「いいけど、ネットには上げるなよ?」


 あ、例の友達にでも見せるのかな?


「上げるわけないでしょ。友達に見せるだけよ」


 やっぱりか。


「ならどうぞ」

「じゃあ遠慮なく」


 梓織は角度を変えたりフラッシュを焚いたりしながら慣れた様子で写真を何枚も撮っていく。

 ……メッチャ撮るな。


「まだ終わらないの?」

「もう少しでいい絵が撮れそうだから黙ってて」


 わざわざそんな所で見栄を張らなくても……。

 てかいい絵が撮れそうなんだ……。裏にいろいろ書いてあるみたいだけど、それ以外は普通の十五センチ定規だぞ?


「うん。いいわ」

「満足されましたか?」

「うん。最高の写真が撮れたわ」


 マジか。


「よかったね」

「うん。これでもう兄さんが無職で穀潰しだって言われなくて済む」

「……よかったね」


 素直に相槌が打てねぇ。


「うん。新しいゲームも楽しみ」

「賞金が貰えるまではお預けだけどな」

「兄さんなら大丈夫だって言ったでしょ」


 どこからその自信が出てくるのか……。


「まぁ頑張るけどさ、気長に待っててくれよ」

「たとえ世界中の人が兄さんのことをゴミカスだと罵っても、私だけは兄さんに期待してるから」

「……ありがとう、でいいのか?」


 素直に喜べねぇ。


「そこは素直にありがとうございますって言うところよ」

「そうか」


 絶対に言わない。


「それじゃあ用も済んだし帰るわ」

「おう」


 はぁ。

 これで俺もプロの仲間入りかぁ。

 なにが評価されてプロになれたのか分かんないけど、一応合格したわけだからそれなりの実力はあるってことだよな?

 ……賞金、貰えるかなぁ?

 プロって言っても、賞金貰えないと無職と変わらないんだよな……。


「はぁ……」


 不安だわ……。


「よし」


 相棒を強化しよう。

 あとは変則的なルールに備えて別の得物も用意して、いざというときのためにルールを再確認して相手がルールの抜け穴をついたとしても対応できるようにシミュレーションもしよう。

 あとは相手の得意な戦術に合わせて俺も戦術を変えたり、相手に合わせて得物を変えられるように準備しとかないとな。


「兄さん」

「ん?」


 忘れ物か?


「ほれ」


 ん?


「なにこれ?」


 くれんの?


「お祝い」

「……クソゲーとかじゃないよな?」


 先月話したやつだったりして。


「違うわよ」


 違うのか。


「開けていい?」

「うん」

「じゃあ失礼します」


 外側の紙は破らないほうがいいか。


「その紙は捨てちゃっていいわよ」


 なんだ、丁寧に開けて損した。


「了解」


 まぁ、綺麗に開けられたし記念に残しとこうか。


「なにこれ?」


 随分と上等そうな箱に入ってんな。


「なにがいいか分からなかったから、実用的な物を用意してみたの」


 実用的な物?


「開けてもいい?」

「どうぞ」

「では開けさせて頂きます」


 ん?


「これって……」

「色々ネットで調べてから買ったんだけど、あんまりいいやつじゃなかったらごめん」

「いやいやいや! これ既製品の得物の中じゃ一番だって言われてるやつでしょ!?」

「白眉(はくび)とかって名前だったわ」

「そうそれ!」


 白い眉毛のやつ!


「喜んでもらえたみたいね」

「当たり前じゃん! セミプロならこれだけ持ってればいいって言われてるようなもんだからね!?」

「……プロでは通用しないの?」

「そう思うでしょう? ところがどっこいプロにはこれをカスタマイズした得物しか使わない人もいるから問題ナッスィングなのです!」

「そう。ならよかった」

「……え、これ本当に貰っちゃっていいの?」


 確か二桁越えてたような……。


「私が持ってても仕方ないでしょ?」


 まぁ、確かに。


「じゃあ有難く頂戴致します!」

「ちなみに、それが入ってた高そうな箱は別売りの得物ケースだから」

「マジか」


 至れり尽くせりですな!


「大切に使わせて頂きます!」

「うん。じゃあそれだけだから」

「うん。ありがと」


 こりゃ不安だとか言ってらんないわ……。


「ゲーム、楽しみにしてる」

「おう。楽しみに待ってな」

「うん」


 そう言うと、梓織は部屋を出ていった。

 ゲーム、か……。


「はぁ……」


 まぁ、どっちにしろ負けらんないのは変わらないか……。


「……よし、やるか!」


 期待に応えるためにも、まずは勝つための準備を進めないとな。

 差し当って必要なのは情報だ。敵を知り己を知れば百戦殆うからずと言う言葉もある。情報を制する者は世界を制することも可能かもしれない。

 ……それは言いすぎだな。

 それでも、力の拮抗している者同士の戦いでは情報が物を言う。

 情報で勝れば地力で劣っていても勝つことだってできる。

 逆に情報がなければ格下にも負けることだってある。

 勝つつもりならば情報は必須。

 そして俺は勝たなければならない。

 だから情報を集めよう。

 妹の期待に応えるために。

「あ、でもその前に」

 梓織の部屋から相棒を救出しますか。




おわり

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妹には敵わない @_sai_

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