第3話

 準備完了。


「よし、ソフト決めるか」

「ええ」


 俺のが三本に梓織のが七本か。


「結構持ってるな」

「私は兄さんみたいに売ったりしないからね」


 確かに梓織のほうは古いのも混じってるな。


「基本的に一回クリアしてやらなくなったら触らないから」

「もったいない」


 だって内容覚えてるから全然面白くないんだもの。


「俺はやらないゲームを持ってるほうがよっぽどもったいないと思うけど」

「そのうちやるから」

「そのときには安売りされてるだろうから買い直せばいいんだよ」


 高いときに売って、やりたくなったら安く買う。俺って賢い!


「なかなか値段の落ちないゲームもあるじゃん」

「それは売るときもそれなりに高く売れるし、そういうのは大体面白いソフトだから俺もお金に困らない限り売らないよ」

「ふ~ん。それでどのソフトにする?」


 聞かれたから答えたのに……。


「まずは古いソフトか新しいソフトかの二択で数を絞るか」

「新しいのでいいんじゃない?」

「その心は?」

「新しいほうが手に馴染んでる」

「じゃあ古いほうにするか」

「なんでよ」

「俺は手元にないからしばらくやってないし、梓織もしばらくやってないみたいだから公平な勝負ができそうじゃん?」


 まぁ本当は友達の家で先週やったソフトがあるからなんだけどね。


「兄さんが隠れてやってなければでしょ?」

「え?」

「公平な勝負にするんなら、お互いに慣れてる新しいソフトにすればいいでしょ?」


 あ、これバレてるかも……。


「じゃ、じゃあ新しいので構いませんけど?」

「じゃあ新しいのから選びましょう」


 作戦失敗かぁ。


「うん。じゃあ発売から一年以上経ってるのは除外するか」

「オッケー」


 発売から一年以内だと俺のも梓織のも一本だけか。


「どっちやる?」

「私のでいいんじゃない?」

「なんで?」

「私の勝率が上がるから」


 あけすけ!


「じゃあ俺のにしよう」

「どうして?」

「俺の勝率が上がるから」

「駄目に決まってるでしょ?」

「なんでさ」

「私の勝率が下がるからよ」


 でしょうね。


「じゃあ公平にジャンケンで決めるか」

「待って」


 ん?


「私は兄さんの持ってるやつをやったことないけど、兄さんは私の持ってるやつの過去作を持ってるでしょ?」


 目ざといな。


「まぁ」

「公平を期すなら私のソフトをやるべきなんじゃない?」


 ド正論ですわ。


「……せやな」


 まぁ実力で勝てばいい話だ。


「じゃあ私のソフトに決定ってことで」

「うん」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……俺では梓織を越えられないというのか。


「もう一回オナシャス!」

「これで何度目よ?」

「まだ二回目っす!」

「そんなわけないでしょ」


 嘘っす! 七回目のオナシャスっす!


「お願いしゃす!」

「時間の無駄」

「そこをなんとか! 次でラストにしますんで!」

「はぁ……。仕方ないわね。負けた場合の条件を新しいゲーム機と新しいソフトに変更するなら許すわ」


 ぐっ……。

 いや、勝てばいいんだろ……? うん、次はいけるし。よっしゃ、やったる!


「その条件、呑みましょう!」

「じゃあいいわよ」

「あざーっす」


 よし。まずはマシン選びだな。

 基本的な性能はさっき使ったやつに合わせるとして、カーブがうまく曲がれなかったから少しだけ曲がりやすくなるようなやつにするか。


「あれ?」


 セレクト画面一周しちゃったよ。


「梓織さんや。基本はこれと同じ感じで、これより少し曲がりやすくなるやつはないのかのう?」

「知らない。カスタマイズでもすれば?」

「かすたまいず?」


 なにそれ? カスタードの親戚かなにかですか?


「今回追加されたシステムよ」

「もっと早く教えて下さいよー」

「不公平になると思って私は使わなかったけどね」


 なぬ?


「じゃあ俺も使わん」


 そんなものなくても勝つし。


「そう」


 しょうがない。さっき使ったやつにするか。

 で、コースはさっきと同じコースを選んでっと。


「決まったぞ」

「じゃあどうぞ」


 余裕かよ。


「ふぅ」


 次でラストだ。気張って行こう。

 まずはスタートダッシュを確実に決めよう。ここを成功させないと梓織のタイムは越えられない。

 目を瞑って画面から出る音に集中だ。

 さっきと同じ感覚でカウントダウンの音にタイミングを合わせれば成功するはず。

 三、二、一、零!

 カウントダウンの終了と同時に瞑っていた目を開ける。


「よし!」


 スタートダッシュ成功!

 次は少し大きめのカーブだな。あそこは毎回ちょっとだけ膨らんでタイムロスをしてる。ドリフトのタイミングがどうにも掴めない。

 少し外側から始めてみるか?

 ……うん。

 どうせ今のままじゃ勝てないんだ。一か八かやってみよう。

 カーブが見えてきた。少し線から離れた位置を走ろう。

 カーブの少し手前からドリフトを始めて出来る限りインコースを狙う。

 そのコースを維持しつつカーブを抜けたらドリフトを解除。


「よし」


 よしよし。いい感じに曲がれたような気がするぞ。

 あとは細かいギミックでミスをせずに最後のカーブまで行ければ勝ちが見えてくるかも。

 最後のカーブは今のカーブよりも長いし角度もあるから今のよりも更に外側から入る感じにすれば曲がれるか。


「やるじゃない」

「ちょっと集中してるんで話しかけないでもらっていいですか?」

「あぁ、ごめんなさい。邪魔しちゃったみたいね」


 うん。


「あとは最後のカーブだけね」


 黙らないのね。


「あそこは曲がるの難しいのよねぇ」


 俺があまりにも順調だから妨害しにきたのか?


「まぁ、私は一つもミスをせずに一回で終わらせたわけだけど」


 挑発か。

 その程度で俺の心を乱せると思ったら大間違いだぜ?


「確か兄さんはこれで七回目だったっけ?」


 いいえ、八回目です。


「あぁ違った違った。八回目だったわ」


 あ、これは梓織の術中に嵌ってますわ。

 集中集中。


「あ、そろそろラストのカーブじゃない?」


 そうだ、あのカーブには俺の運命が掛かってるんだ。集中しないと。


「あそこは減速が肝なのよね」


 減速が肝?

 ……いやいや、梓織の言葉に耳を貸したら駄目だ。


「…………」


 ん?

 梓織のやつ急に喋らなくなったな。カーブの途中で気を散らす作戦にでも切り替えたか?

 よし、今のうちに全神経をゲームに集中させてしまおう。

 このトンネルを抜けたらすぐに最後のカーブだ。


「あ」


 やばい。考えてる間にカーブが見えてきちまった。

 冷静に、焦らずに、深呼吸だ。

 はい吸ってー、吐いてー。はい吸ってー、吐いてー。はいもう一回吸ってー、吐いてー。

 はい早めにドリフトしてー、そのままインコースー、カーブが終わったらー、ドリフト解除!


「よっし!」


 あ、これは勝ったわ。


「私の勝ちね」

「は? あとは直線しかないんだけど?」

「途中まではよかったけど、最後のカーブはゴミとしか言いようがないわ」


 ゴ、ゴミ?


「まぁ、ゴールしてみれば分かるんじゃない?」

「だな」

「ほら、喋ってる間にリザルトが出てるわよ」


 あ、ホンマや……。


「……なにがいけなかったんでしょうかねぇ?」


 綺麗にインコースを通って曲がれたと思ったんだが……。


「インコースを狙いすぎて速度が落ちてるのよ」


 え……。


「新しいゲームとソフト、楽しみにしてるから」

「……賞金が貰えたらな」

「大丈夫。兄さんならすぐに貰えるよ」

「だといいな」

「大丈夫だって。私のほうが兄さんよりもちょびっとだけ勝負事に強いだけだから」


 もう梓織さんがプロになったほうがいいんじゃないっすかね?


「も、もう一回……」

「そろそろ母さん達が返ってくる時間だから止めといたほうがいいんじゃない?」


 せやな。


「まぁ、仕事も家の手伝いもせずに遊んでる姿を見せたいのなら構わないけれど」

「撤収!」


 証拠隠滅も忘れずに!


「はいはい。いざってときは私がやってたことにすればいいから」

「梓織さん……」


 できた妹を持って、兄さんは幸せだよ。


「突っ立ってないで早く片づけなさいよ」

「へい! 片づけやす!」


 持つべきものは双子の妹だね。

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