第2話

「負けました……」


 三本勝負でストレート負けか……。

 まぁ、頑張ったほうだよな。うん。だってあれ、俺の相棒だし。ツルツル滑るし。むしろ相棒の強さを再確認できてよかったよ。


「なにか言い訳でもしとく?」

「人の相棒を使って勝って嬉しいですか?」

「当たり前じゃない」

「ですよね~」


 そうだと思いましたよ。


「ま、あんたも頑張ったんじゃない?」


 人の相棒を使っといてどうして上から目線なのか。


「これでも一応プロ規士の端くれだからね」

「自称だけどね」

「今年プロになるんだからプロでいいんだよ」

「まだライセンス持ってないでしょ?」

「来月届きます」

「まだ持ってないってことでしょ?」

「まぁ、そういう捉え方をする人もいるかもしれない」

「じゃあまだプロとは呼べないんじゃない?」

「いや、来月届くんだからもうプロでいいだろ」

「ライセンスのない人間なんて、世の中は認めてくれないのよ……」

「はいはい」


 なんか意味あり気に言ってるけど、どうせなにもないんだろ?


「ライセンスのない人間なんて、世の中は認めてくれないのよ……」

「はいはい」


 なにこのデジャヴュ。


「ライセンスのない人間なんて世の中は認めてくれないのよ……」

「はいはい」

「ライセンスのない人間なんて、世の中は認めてくれないのよ……」


 めんどくせぇなぁ。


「ナニカアッタンデスカー?」

「ライセンスのない人間なんて世の中は認めてくれないのよ……」


 ちっ。心を込めないとダメか。


「なにかあったのか?」

「初めからそう言えばいいのに」

「うっせ」


 梓織も初めから聞いて欲しいって言えばいいのに。


「で? なにがあったのさ? 解決できるかは分からんがお兄ちゃんに言ってごらんよ」

「友達がね、私のお兄ちゃんは無職だとか穀潰しだとかって言うの」

「間違ってないからなにも言えない」

「だからさっさとライセンス取れや!」


 え~。


「そんなこと言われても連盟側の都合だから俺にはどうしようもないんだよなぁ」

「でしょうね!」


 全く。最近の若者はキレやすくて困る。


「もうすぐライセンス貰うって言えば解決するだろ?」


 もう貰うことは確定してるんだし、それを教えれば丸く収まるんじゃね?


「穀潰しの戯言たわごとを誰が信じるの?」


 戯言……?


「梓織のお友達」

「私の友達を馬鹿にしてる?」

「してないお」

「してるね」

「してないお。そんなことするわけがないお」

「どうやら兄さんは自分の立場が分かっていらっしゃらないようだ」


 あ。


「待ちたまえ! 人質を取るのは卑怯ではないか!」

「人質? これはただの可燃ゴミよ」


 油と蝋を入れてツルツルにしてあるからさぞかし燃えることでしょうね!


「……それ俺の商売道具なんですけど? 漫画家で言うところのペン軸なんですけど? 魔法少女で言うところの変身アイテムなんですけど?」

「そう」


 それがなにか? とでも言いたげな顔してやがる……。

 魔法少女が変身できなくなったらアニメが終わっちゃうだろ!


「……返して頂けないでしょうかねぇ?」

「私のことを馬鹿にしても許さないし、友達のことを馬鹿にしても許さない」


 普通そこは自分は馬鹿にされてもいいけど的な発言をするのでは?


「さーせんした」

「誠意が足りない」

「ごめーんちゃいっ」

「そう」

「あ、待って! 今のなし!」

「あ?」

「申し訳ありませんでした! 全部謝るので相棒を返してください!」

「誠意が足りない」


 え? これで足りないの? これ以上なにをどうしたらいいってのさ?


「……どうすれば宜しいのでしょうか?」

「まだ誠意を表す方法があるでしょ?」

「いや、それは流石に猟奇的かと……」


 他人や義兄妹ならまだしも、俺達は実の兄妹だし……。

 ……いや、双子ならありなのか? 半分は自分の身体みたいなものだからいいのか……?


「猟奇的? なにをさせられると思ってるの?」


 なにって、そりゃあ。ねぇ?


「謝罪の上を行く行為と言えばアレしかないだろ?」

「アレってなによ?」

「アレって言ったらアレでしょ」

「だから、それがなんなのかって聞いてんの!」

「そりゃお前、土下座して足を舐めろ的な感じのアレだろうよ?」


 むしろそれ以外になにがあるんだか。


「え、馬鹿なの?」

「誰が?」

「兄さんが」


 ん? 俺の後ろに誰かいんの?


「なんか見えてんの?」

「お前だよ自称プロ規士」


 んー? やっぱりこっちに指を向けてるよな? でも俺の後ろには誰もいないし……。


「やっぱりなんか見えてんのか」

「…………」


 あれ? どこ行くの? そっちはゴミ箱しかないですよ?


「あ、待って! 待ってつかあさい!」

「なに?」

「私は自称プロ規士の愚か者にございまして、梓織様のおっしゃられていることを把握するのに少々時間が掛かってしまって候」

「そう。で?」

「土下座以外に謝意を表す方法を教えて頂ければと」


 こんなことで土下座なんてしとーないのです。


「ライセンスが届くまで私の代わりに家の手伝いをしなさい。そうすれば許してあげないこともないこともないこともないかもしれないと思うかもしれない」


 それ許す気あるの?


「……委細承知」

「よし、じゃあこれは返してあげよう」

「ありがたき幸せ」


 片膝をついて両手を差し出して相棒を賜るためのポーズを取る。


「あ」


 つるり。

 梓織の手から相棒が滑り落ちた。


「ちょっ!」


 やると思ったよ!

 俺は咄嗟に手を出して相棒を受け止めた。


「おお! 兄さんやるね!」

「落とすと思って準備してたからな!」

「いやー、めんごめんご」

「誠意が足りないなぁ」


 さっきのお返しじゃ。


「全部そいつが悪い。よし、燃やそう!」

「燃やさねーわ!」


 なに言っちゃってんの!?


「言うことがあるんじゃないかな?」

「ごみんなしゃい」

「違うでしょ?」

「アイムソーリー」

「惜しい」


 海外なら誠意が伝わるかもね。


「……落としてごめん」


 まぁ、いいでしょう。


「うむ。許してあげよう」


 懐の広いお兄ちゃんでよかったな?


「これでさっきのはチャラだな」


 懐は広いのに無職だから懐が寒くて仕方ない。


「それとこれとは話が別」

「え?」

「私のは事故だけど兄さんのは故意でしょ?」


 そこは大目に見るところでしょう?


「私が故意に貴女のご学友を侮辱したとおっしゃるのですか?」

「ええ」

「そんな低俗な真似を私がするはずないでしょう?」

「したよね?」

「してない」

「した」

「してない」

「した!」

「してない!」

「した!」

「してないって言ってるでしょーが!」

「したって言ってるしょうが!」


 まぁしたけどさ。


「……平行線ですな」

「いや、なに勝手に終わらそうとしてんの?」

「このままだと埒が明かないじゃん?」

「じゃん? じゃねーわ。私が正しいことを言ってるのは誰が見ても明らかでしょうが」

「正しいことが正義なのかね?」

「当たり前でしょ?」


 ですよねー。

 だって正義の中に正しいって入っちゃってますもんねー。


「青いな。私も昔はそう思っていた」

「あっそ」

「そういうことで決着をつけようか」

「どういうことだか分からないけど望むところよ」

「じゃあまずは条件を決めよう」


 とりあえず家の手伝いを一ヶ月もするのは嫌なのだよ。


「その前に決着の付け方を決めましょう」

「ん? さっきと同じで……」

「あんな不公平極まりないゲームでいいわけないでしょ?」


 ちっ。


「じゃあなにするんだよ」

「運と経験が絡まない勝負にしましょう」


 運と経験が絡まないゲーム……?


「……そんなのある?」


 そもそも運が絡まない物ってのがパッと思いつかないんだけど。


「格ゲーとかいいと思うんだけど」

「それ梓織の得意なやつじゃん」

「私がやったことないやつにすればいいでしょ?」

「いや、格ゲーなんてどれも似たようなもんだろ」


 どれも俺がサンドバッグにされて終わりだよ。


「違うわよ。私がやるのはコンボが長く続くやつ」

「そもそも俺はコマンドが上手く押せないから却下で」

「コマンドがないやつにすればいいでしょ?」

「そんなの家にないだろ?」

「兄さんがダウンロードするし」

「え、しないよ?」

「しなさいよ」

「やだよ」


 俺無職だよ? 無収入なんだよ?


「いいじゃん減るもんじゃないし」

「減るだろ」


 金も容量も普通に減るじゃねーか。


「じゃあプロになるお祝いってことで」

「あぁ、お祝いか。なら……ってなるかい!」

「兄さんのドケチ」

「そこまで言うなら自分でダウンロードすればいいと思います」

「いやよ。そんなクソゲーにお金も容量も使いたくない」

「俺もだよ!」

「じゃあ別の方法を考えるしかないわね……」

「せやな」


 とは言っても、運が絡まないゲームが俺には分からない。

 将棋とかか?

 将棋とオセロはやったことあるから、囲碁かチェス?


「チェスってやったことある?」

「ない。ルールすら知らない」

「じゃあチェスでいいか」

「だから、ルール知らないんだってば」

「俺も知らんよ。ちょいちょいっと検索すれば出るっしょ?」

「一からルール覚えるの?」

「そのほうが公平だろ?」

「私さっきプロと勝負したんですけど」

「まだプロじゃないですぅ」


 まだ自称プロですぅ。


「ライセンスを貰うことが確定してるんだからプロでしょ」

「あれ? 無職の戯言は誰も信じないんじゃありませんでしたっけ?」

「誰も信じないとは言ってない。私は”誰が信じるの?”って聞いただけでしょ?」

「誰が信じるの?」

「私」


 え……。


「たとえ私以外の人類が兄さんの戯言を信じなくとも、私だけは信じてる。だって、私は兄さんの妹なんだもの」


 いいこと言ってんだけどさ、俺の言葉を戯言って言っちゃってんだよな。


「一人くらい兄さんの味方をしてくれる人間がいたっていいでしょ?」

「うん、まぁ。それはいてくれたほうが嬉しいけどさ」


 親も友達も味方をしてくれない状況なんて考えたくないんですけど。


「まぁそんなわけで、さっき私は私の友達を侮辱したプロと勝負をしたのよ」


 まぁ、得物は俺の相棒だったけどな?


「それで、どの口が公平とか抜かしてんの?」

「このお口です」


 この貴方にそっくりなお口です。


「あぁ、公平って言葉の意味を知らないのね?」

「知っとるわ」


 馬鹿にすんなし。


「言ってみて?」

「平等と同じような意味だろ?」

「え……知ってたの?」


 なんでちょっと驚いてんの?


「梓織が運と経験の絡まない勝負がしたいって言うから公平な勝負がしたいのかと思って言ったんだよ」

「うん。だいたいそんな感じで合ってる」

「チェスが駄目だとすると、やったことないけどルールは知ってて運に左右されない勝負を探すところから始めることになるわけですが」


 私はなにも思いつきません。


「なにも思いつかないから運に左右されないゲームに変更で」

「了解」


 つっても、それも思いつかないんだよなぁ。


「格ゲーなんてどう?」

「却下で」

「じゃあスコアアタックとかタイムアタック?」

「なにやるのさ」

「家にあるのだと、レースゲームとか音ゲー?」

「じゃあレースゲームで」


 音ゲーはあんまり得意じゃない。


「オッケー。じゃあ次は条件ね」


 来た!


「俺が勝ったらライセンスが届くまでの手伝いをなしにしてもらおう!」

「ふ~ん。約一ヶ月分の手伝いを免除するってことね」

「まぁそういうことになるかな!」


 残り少ない無職を全力で楽しむんだ!


「じゃあ私が勝ったら兄さんの賞金で新しいゲーム機を買ってもらおうかな」

「え、なんで?」


 負けたときの代償がでかすぎない?


「私は負けたら一ヶ月も兄さんの代わりに働くわけだから、その分のお給料をくれるのだと思ってくれればいいのよ」


 ちょっとなに言ってるのかよく分かんないけど、要は勝てばいいんだろ?


「そっか。俺の代わりに働いてくれるんだもんな」

「それに、くれるのは賞金が出たらでいいから」

「よし、じゃあその条件で勝負だ!」

「望むところよ!」


 俺は、自由を勝ち取る!


「じゃあ準備すっか」

「そうね」


 確かコントローラーは部屋に置いてあったな。


「そういえば、ソフトはどうするんだ?」

「一旦全部持ってきてから見比べて決めればいいでしょう?」


 まぁそんなに多くないしそれでいいか。


「せやね」

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