妹には敵わない

@_sai_

第1話

「さて、やるか」

「……私の本気、見せてあげる」


 残念だが勝つのは俺だ。


「レギュレーションはどうする?」

「シンプルにフラットルールでいきましょう」


 まぁ、どんなルールだろうと結果は変わらない。

 規戦きせんで俺が負けることはないだろう。


「本当にやるのか?」

「私にも譲れない物があるのよ」


 敗北は目に見えているだろうに。


「そうか……」


 ならば全力で応えよう。


「手加減はできないぞ?」


 たとえ相手が血を分けた双子の妹であろうと、プロの規士きしとして規戦で手を抜くわけにはいかないからな。


「舐めてるいるの?」

「いや。対等な相手だと思っているからこそ私も全力で臨まなければならないと思ってな。気を悪くしたのなら謝ろう」

「そう。まだ私と対等だと思っているのね」


 ふっ……。

 安い挑発だな。


「本当は俺のほうが上だと思ってるいるが気を使ってそう言ってやったんだよ。察しろ」

「奇遇ね。私も同じ意見よ」


 くっ……。


「君は兄を敬う心を持ち合わせていないようだな」

「たかが数分先に出てきただけでしょう?」


 数分だろうと兄は兄だろ!


「……やはり相容れぬようだな」

「そのようね」


 完勝したる!


「準備はできているか?」

「ええ。問題ないわ。そっちこそ、準備はできたの?」

「誰に向かって言っている?」

「そう。なら始めましょうか」

「……ん? あ、ちょっ、やっぱり待って」


 相棒がないんだけど……。


「なに?」

「俺の相棒知らない?」

「知らないわよ。戦えないなら私の不戦勝ってことになるけど?」

「いや、ちょっと待ちたまえよ」


 まだ始まってないんだから勝敗なんて存在しないでしょうに。


「キャラがブレてるわよ?」


 あんなもん気分的なもんなんだからどうだっていいんだよ。

 そんなことより相棒だよ。あれがないと戦えないじゃんか。


「俺、相棒どこやったっけ?」

「知らない」


 だろうね。逆に知ってたら驚く。


「あれがないと戦えないんだけど……」

「じゃあ私の不戦勝ってことで」

「いや、待ってってば!」


 どうしてそうなるのかな!?


「じゃあ、あと十秒で見つからなかったら私の不戦勝ね。いーち」

「え、ちょっとそれは……」


 十秒で見つかるわけないでしょうが!


「にーい」


 こないだ使ったあとどこに置いた?


「あ、そういえばさ!」

「さーん」


 くそっ!

 カウントダウンが終わるまで喋らないつもりか!

 最後に使ったのが梓織しおりの部屋だから、とりあえず梓織の部屋に行ってみるか。


「ちょっと梓織の部屋まで行ってくる!」

「よーん? おいちょっと待て」


 お、気を逸らすことに成功したぞ。


「なんじゃ! 儂には時間がないんじゃ!」


 あと六秒しかないんじゃろーが!


「なにをうら若き乙女の部屋に勝手に入ろうとしてんの?」


 うら若き乙女……? はて?

 まぁいいか。今は時間が惜しい、考えないでおこう。


「緊急事態じゃんか!」

「いや知らんし」


 このままでは俺の不戦敗が確定してしまう!


「そんな勝ち方で満足なのか!?」

「当たり前でしょ?」


 なんだと? 梓織には大和魂がないとでも言うのか……?

 ……っ!

 まさか!


「貴様! 謀ったのか!」

「ふっ……騙されるほうが悪いのだよ!」


 くそっ!


「ごーお」


 再開するの!?


「くそがっ!」


 いや、話していた時間を足されないだけ良心的だと思うべきか。

 こうなったら仕方ない。なにかあったときのためにと密かに育てていた得物を使うしかないか。


「なっ……!」


 できればこいつは使いたくなかったんだがな……。


「私、フラットルールって言ったよね……?」

「ん? それがなにか?」


 素人相手にこいつを使うのは少々気がひける。


「フラットルールでは十五センチ以上の得物を使ったらいけないはずでしょ?」


 だが俺は兄として妹に負けるわけにはいかないのだよ!


「正しくは、な」


 見せてやるよ! 俺の本気ってやつを!


「秘技、メモリ削り!」


 メモリ削り!


「なにそのチート」


 あ、メモリ削りって音がいいな。


「さぁ、始めようか」


 勝ちが決まっている勝負ほど虚しいものはないぜ……。


「ルールを破っているわけじゃないなら仕方ないわね。それじゃあ始めましょうか」


 ん? やけに素直だな?


「負けを認めてもいいんだぜ?」

「やってみなくちゃ分からないでしょ?」

「この私に勝てるつもりかね?」

「せこい手を使ってまで勝ちにくるカスを打ち負かしたときの快感は何物にも代え難いのよね」


 カッ……カス、だと?

 ……手心を加えてやろうとも思ったが、その必要はなさそうだな。


「……せいぜい足掻くがいいさ」


 こっちの得物は本来ならフラットルールでは使えないメモリ三十センチの得物だ。そこらに売ってるフラット対応の得物では手も足も出まい。


「じゃあ私の得物も出すわね」


 そう言うと、梓織はポケットに手を入れた。


「かかってきたまえ」

「あれ?」


 ……梓織のやつ、なんでポケット覗いてんの?


「あれ? 出てこない……」


 あぁ、出てこないのね。

 ……ん?

 メモリ十五センチの得物がポケットから出てこないってどういことよ?


「んー。おっかしいなぁ」


 まさか、梓織も秘技を使っているのか……?


「なんかこれツルツル滑って出てこないんですけど」


 え? ツルツル?


「あ、取れた」


 ん……?


「梓織さん? それって……」

「あぁ、これ? 部屋に置いてあったのよ」

「それ、僕のですよね?」

「なに言ってんの? 私の部屋にあったんだから私のに決まってるでしょ?」

「いやいやいや、どう見ても僕のじゃないですか!」

「まぁ百歩譲ってこれが兄さんのだとして、それがなに? 今から得物を変えるの?」


 くっ……。

 一度出した得物を変えるのはプロ規士としての俺の矜持に反するか……。


「いや。このまま戦うに決まってるだろ?」


 しかし、あいつは俺の相棒だ。

 俺が長年の歳月を費やして丹精込めて手塩に掛けて育て上げた最高の得物だ。

 あいつが相手じゃ手も足も出ないかもしれないな……。


「自分の相棒を敵に回しても闘志が衰えないのは流石ね」

「いくら得物が優れていても、それを扱う者の技量が伴わなければそれは百均の得物と変わらない」


 嘘です変わります、だから返してください。


「ふ~ん。まだ勝つつもりでいるわけね」

「負ける要素がどこにある?」


 まぁ、本当は勝てる要素が見つからないが。


「勝てる要素があれば教えて欲しいくらいだけど……まぁいいわ。始めましょう」

「せいぜい負けたときの言い訳でも考えておくんだな」


 さて、負けたときの言い訳を考えないと。

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