赤ずきんちゃんに気をつけて

とりのはね

はじめてのおつかい。

 うっそうと茂った木々の合間を、一人の少女が上機嫌で歩いていた。

 向かう先は、祖母の住処。

 両親から託されたバスケットの中身を届けに行くのだ。

 少女は生粋の箱入り娘で、自ら使い役に名乗り出た時は両親からたいそう心配されたが、「私だってもう子供じゃないんだから!」と反対を押し切って家から飛び出して来た。口うるさくあれこれ注意をうけたが、すっかり頭の隅にと追いやられていた。

 祖母の屋敷までほぼ一本道なので、道に迷う心配もない。

 空は澄んでいて良い天気だし、こんな日に自然を堪能しながら歩くのは楽しい。少女は知らずうちに鼻歌を口ずさんでいた。


「もしもし、そこのお嬢さん」


 突然背後から声を掛けられ、少女がびっくりしながら振り向くと、そこには一人の青年がたたずんでいた。

 黒曜石を思わせる瞳に、漆黒の髪を垂らした青年はとても端正な顔立ち。

 思わず見とれて頬を赤く染めた少女は、両親からの言いつけを破って返答してしまう。


「はい、なんでしょう?」


 返事が返ってきたことで笑顔になった青年は、少女に近寄ると嬉々として会話を続ける。

 その瞳には獰猛な光が宿っていたが、服装や外見をほめられてうっとりとしている少女は気づかない。

 青年は言葉巧みに少女の目的を聞き出した。


「ふぅん、おばあさんが一人で暮らしてるんだね。君みたいな可愛い娘が、一人で出歩くなんて心配だから僕が一緒に届けてあげようか?」


 これにはさすがに少女は慌てた。

 見知らぬ人を引き連れて行けば、言いつけを破ったことがばれて叱られてしまう。

 それに、バスケットの中身は誰にも見せてはいけないと厳しく言われていた。

 夢見心地から急に現実に引き戻された少女は「大丈夫よ、すぐそこだから」と目的地を指差しながら断った。

 青年は残念そうな顔をしながらもすんなりと引き下がった。

 いい加減、時間が押していることに気づいて青年と別れると、少女は名残惜しさを感じながらも再び歩き出した。


 ◇


 青年は獲物を見つけて上機嫌だった。

 赤い頭巾をまとった世間知らずの小娘。

 着ている服は上等だし、良家の娘なのは確かだろう。やや野暮ったく感じられるものの、顔立ちは悪くないし磨けばきっと光るタイプ。次のターゲットに適当だった。


 青年はとある貴婦人の愛人だったが、先日逢引している姿を旦那に見つかり、這う這うの体で逃げ出して来た所であった。

 身の危険を感じ、ほとぼりが冷めるまで森をねぐらにしようとしていた矢先にあの娘だ。

 天の采配と逸る気持ちを抑え、言葉を尽くして少女を持ち上げた。


 当初は少女を意のままに懐柔する予定だったが、途中で祖母が一人暮らしだという話を聞いて気が変わった。

 老婆の一人ぐらいならなんてことはない。先回りして金品を奪い、ついでに後から訪ねてくる少女を食らってしまおう。

 青年は暗い愉悦に浸りながら先を急いだ。


 ◇


 祖母の住む家は人目を避けるかのように、ひっそりと森林の中に築かれている。石造りの堅牢な屋敷であった。


「おばあさま、おばあさま。いらっしゃいますか? 約束通りに私が来ましてよ」


 いくら呼び鈴を鳴らしても返事がないのでしびれを切らして門をくぐり屋敷の中に入ると、何故か先ほどの青年が椅子に腰掛けていた。

 そこは普段なら祖母の定位置だった。

 少女が驚いて声も出ないでいると、青年が「遅かったね」と、先刻と同じ笑顔を浮かべて近づいて来た。


「愚かな娘だ。知らない輩に声をかけられたら逃げるように言われてなかったのかい? お前の大好きな祖母は、お前のせいで縛られて隣の部屋で転がされているよ。ああ、逃げ出そうとなんてしない方が身のためだよ。もっとも、あの老婆がどうなっても構わないというのなら、話は別だけどね」


 ――さあ、宴の始まりだ


 青年の指が少女の頬をなぞり、次いで赤い頭巾に手をかけて一気に剥いだ。

 金色の豊かな髪が少女の肩に舞い落ちて、少女を彩った。

 青年の見立て通り、よく見れば美しい娘であった。

 満足した青年は震える少女を抱き寄せた。


「ふふふ、可愛いね、震えているのかい?」

「……いいえ、笑っているのですわ」

「え?」


 予想外の返事にあっけにとられていると、天井の板が開いてタライが降ってきた。

 もちろん少女より背の高い青年に直撃する。

 突然の衝撃で頭を抱えてうずくまっていると、今度は獰猛そうな狼が現れて唸り声をあげる。その視線は明らかに青年を狙っていた。


「なんなんだこれは!」


 青年が素っ頓狂な声を上げるが、少女は微動だにせず微笑んだままだ。

 やがて回廊から靴音がして、縛って転がしてあるはずだった祖母と、黒ずくめの男性がやってきた。

 少女は祖母に駆け寄って抱擁を交わした。


「おばあさま! 少しだけ心配しましたわ!」

「それはこっちのセリフだよ。お前の無事がわかるまではこちらも下手に動けないし、一芝居うってみたんだけどね。さすがにこの歳でぐるぐる巻きにされると身体のあちこちが痛むね」


 老婆は自分の肩をほぐしながらチラリと青年を見やった。

 狼にすごまれて身動きがとれない青年にニタリと笑いかける。


「泣く子も黙ると言われているマッキール家に飛び込んでくるなんて、アンタもとんだ命知らずだねぇ」

「マッキール……もしやあのここら辺一体の武器を取仕切ると言われている密売組織のマッキール家なのか!? 馬鹿な!」


 なんでそんな物騒な組織に、こんな小娘が関わっているんだ!

 青年のうろんな瞳はそう物語っていた。


「おばあさま……ごめんなさい。言いつけを破って知らない人と、おしゃべりをしてしまいましたの。でも、約束の物はちゃんと運べましたのよ」


 そう言って少女がバスケットにかかっていた白い布を外すと、中から出てきたのは銃の束。

 老婆はそれを一つずつ取り出して確認すると、「数はあってるね」と満足げに頷いた。

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赤ずきんちゃんに気をつけて とりのはね @momotose

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