第15話 カウントダウン

日本 静岡エリア御殿場要塞


列島国日本の最高峰、マウント富士の各所に設置されたアヴァロン監視装置の制御基地である。

同時に2044年に8合目東斜面で大噴火を起こし、現在も活動を続ける活火山「富士山」の観測所でもある。

加えて現在は、日本における対アヴァロン作戦の太平洋南部方面の指揮中枢も兼ねる要所だ。

3日前、シースワロー2を降りたサエコは婚約者と1日だけの休暇を満喫し、ここへやってきた。

目的は2つ。

ひとつはアヴァロンレーザーによって大陸東部の観測所が多数破壊され、それによって空いた「観測網の穴」への対処。

もうひとつは日本の太平洋南部方面における第11次アヴァロン攻略作戦、その陽動作戦への支援である。

日本時間6月29日23時。

機材に埋め尽くされ、少々かび臭い第3管制室でサエコひとり作業を続けていた。

通信管制区画の片隅に位置するこの部屋は通常ほとんど使用されていない。

それでいて中央演算装置に近く、リソースを使いたい放題いなこの場所は、サエコにとって最適な作業場所だった。

観測網の穴への応急処置がひと段落し、サエコはモスクワのマリーへと連絡を取る事にした。

眠気覚ましに淹れたコーヒーを片手に、複数ある作業端末郡のひとつを通信に割り当てる。

2Dホログラムディスプレイの表示が「呼び出し中」から「応答」に切り替わった。


『お久しぶりです。3人の送別会以来ですね、サエコ大尉。日本はもう夜中ですか?』

「ええ、久しぶり…といっても送迎会から6日しか経ってないけどね。そっちは夕方だっけ?」

サエコはモスクワの時間が東京より6時間遅れている事をかろうじて思い出せた。

モスクワはまだ6月29日の17時を回ったばかりである。

『はい。ちょうど夕食をどうしようか考えてました。ところで何かご用でしょうか?』

「用って程じゃないんだけど…作戦前に少し情報交換しておきたくて。あとは元気にしてるかなーと思って」

3人の送別会の際、二人はそれなりに親しい仲になっていた。

『ありがとうございます。私は大丈夫です。そちらこそいろいろとお忙しいのでは?』

「まーね。アヴァロンが監視システム壊しまくった穴埋めで大忙しよ。でもそれもひと段落したところ 」

『お疲れ様です。攻撃の理由などは分かりましたか?』

「まだ推測だけど、破壊された範囲とタイミングからシドニーを攻撃した手段を隠したかったんじゃないかと見てる」

『なるほど。シドニー攻撃の具体的な手段はまだ不明と聞いてますけど…』

サエコの脳裏に一瞬、反物質の件が浮かぶが今はまだ言える段階では無いので無視した。

「それなんだけど…攻撃の際、物理的に何かを落としてるのは間違いない。ここで見つけた観測データ送るわ」

サエコはマウント富士の観測データのひとつを共有領域に上げる。

マリーが共有領域に上げられた動画と不随データを再生する。

隕石の突入を思わせてる望遠映像が数十秒確認できるが明らかに情報が不足している。

『従来のレーザーでコロニーを破壊できないのは分かってましたからね。それにしても何を落としたのでしょう?』

「EAUCの管轄内でこれ以上の情報は得られそうに無いわ。あとはAUCの観測データ頼みだけど…」

『シドニーがあの状態では当分無理でしょう。オーストラリア西部か太平洋上の諸島の観測所にデータが残ってると良いのですが』

「そうね。管轄が根本的に違うし。一度AUC本部を通さないと無理…まてよ?」

『?』

「AUCフィリピンの管轄内なら、一度マニラに集積されるはず。あそこの海底ケーブルは確か…」

サエコが過去の工事データを検索し、目的の情報を発見する。

「やっぱり、EAUC台湾でも設置に協力してる。という事はバックドアが使えるわね」

『いまサラリととんでもない事言った!?』

マリーはバックドアの意味がAUCフィリピンの情報をEAUCが秘密裏に入手できる事だと瞬時に悟り驚嘆した。

「ありがとうマリー大尉。おかげで原因究明が捗りそうだわ」

『わたしいつの間にか共犯にされてる!?』

「ま、後は私の方でやるから大丈夫。もしもバレた時はフォローお願いね」

『それは大丈夫とは言いません!…でも』

「?」

『もしそれで原因が分かったら真っ先に私に教えて下さい』

マリーはそう言ってディスプレイ越しにサエコをじっと見据える。

「…ええ、わかったわ」

サエコはマリーの瞳の中に一瞬、異質な光を見た気がして返答が遅れた。

マリーはそんなサエコの様子に気付かず、何かを思案している。

『…サエコ大尉。まったく関係のない事ですけれど…ひとつ質問していいですか?』

マリーは結局、送別会の際に聞けなかった疑問をサエコに問う事にした。

「ん?何でしょう?」

そう言いながらコーヒーカップを口に運ぶ。

『あの…アベル大尉とは…どんな関係なんですか?』

サエコはコーヒーを吹き出しそうになるのを堪え、努めて平静を装う。

「…関係、とはどういう意味かしら?」

この流れで「関係」と言われれば男女の関係という事に以外考えられない。

サエコはアベルがマリーに告白し、一応了解の返事を貰った事をベスから聞いて知っている。

しかしマリーは、サエコがそのことを把握している事をまだ知らないのだ。

サエコは少し意地悪をしたくなり、あえて質問で返した。

『その…以前から彼の部屋に出入りしてると聞きましたので、お付き合いされていたのかと…』

マリーも必死に平静を装う。

「なぜそのような事を?マリー大尉はアベル大尉に、特別な好意でもお持ちなのでしょうか?」

サエコは何も知らないかのように平然と返す。

『じ、実は…送別会の前に、彼に…アベル大尉に告白されました』

マリーは包み隠さず事実を述べた。

「任務中、しかも同じチーム内での恋愛はご法度ですよ?」

『もちろん分ってます!なので彼が無事に今回の任務を終えて帰ってきたらお付き合いしましょう、と返答しました』

「…なるほど。彼の恋愛感情を手玉に取り、任務成功の確率を上げるた為に利用したのですね。感服致しました」

サエコは「さすがにちょっと意地悪過ぎたかな」と、返答してから後悔した。

そろそろ「元カノの立場から言わせて貰ってる」的な芝居を解いて、告解するか──

『そんな…いえ、そうなのかもしれません』

「…え?」

『年上ですけど初めて出来た部下だから。家族以外で最も親しく、長く居た異性だったから。私自身、自分の心が良くわかりません』

マリーが顔を伏せながら言葉を続けるのを、サエコはただ聞く事しか出来ない。

『ただ、一緒に居た時はその感情が好きだと思っていた。だから彼から告白されたとき嬉しかった。だけど──』

「…マリー」

『だけど今思い返すと、単に作戦成功の確立を上げる計算を頭の中でしてただけなんじゃないかって思えて』

マリーが震える声で心境を吐露する。

今にも泣き出しそうだ。

「マリーは、この数か月、アベルと一緒にいて楽しかったですか?」

『え?…ええ、楽しかった…と思います』

マリーは顔を上げ、自問自答気味に答える。

「じゃあやっぱりマリーもアベルの事が好きなのよ。というか周囲からはどう見ても楽しそうだったよ?」

『あ…いや、でも?』

「それと…御免なさいマリー。告白の件も何もかも、ベス少尉から聞いて知ってたんだ」

『へ?…えーッ!?』

「そのうえまるで彼女だったかのような思わせぶりな振る舞い、平に、平にご容赦いただきたい」

サエコはそう言ってコンソールの上に両手を付き、額をこすり付けて卓上土下座スタイルで謝罪する。

『ジャパニーズ土下座!初めて見ました…あ、えーと、彼女じゃなかったんですか?』

マリーの表情が目まぐるしく変化する。

サエコは土下座スタイルを維持しつつも上目づかいにそれも確認し「コイツ面白いなー」と思い笑いをこらえる。

「うん!彼氏彼女だった事は一度も無い。有能で信頼出来る戦友だとは思ってたけど、それは今でもね」

『そういえば以前一緒に戦ってた事あるのでしたよね』

「ええ。まぁそれが縁で情報交換の相手としてちょくちょく部屋を訪れたりしてたの」

『そうなんですか』

マリーが明らかに安堵の表情を浮かべている。

「なにより彼、ロリ…年下好みだし。10歳も年上の私じゃ恋愛対象にならないって」

『そ、そうなんですか?美人なのに』

「褒めても何もでませんよぉ?まぁ私には愛しのダーリンがいるし」

『同じ日本の方なんですよね?お会いになれました?』

「もちろん!昨日なんて──」

サエコとマリーのふたりは、そのまま日付が変わるまでのろけ話で盛り上がった。


作戦開始12時間前 太平洋 パラオ近海 現地時間6月30日 6時


「ふぁ…おはよう、ございますぅ」

ベスが眠気をこらえながらシースワロー2の食堂に入る。

そこでは既にアベルとギメルが朝食を食べ始めようとしていた。

ベスが朝食セットを盆に乗せ同席する。

「おはようベス少尉。昨夜はゆっくり眠れたか?」

「前日からの戦闘やら工作員のトラップ対応でクタクタでしたから。静かな夜だったし、ゆっくり眠れましたよぉ」

アベルの声掛けにベスが頭を掻きながら答える。

「先ほどセイゴ副長に確認しました。その後リアクター周りを含め艦に異常は無く順調との事です」

「打ち合げプランBに変更になった時点で順調と言えないけどな」

ギメルの報告にアベルが皮肉で答える。

「8時からその辺の追加説明あるんだっけ?面倒だなぁ」

「12時間後には打ち上げですからね。あまり時間的な猶予もありませんし」

「正確には、それにプラス数分後だけど──」

3人は作戦に関する話をしながら、地上での最後の朝食を楽しんだ。


7時 医務室


「軍曹の容体は?」

アベルは医務室を訪れ、イオタの容体を軍医に確認する。

「今は眠ってます。命に別状はありませんが艦内に戻る際、相当慌てていたらしく潜水病軽減の呼吸法もしなかったようで…」

ベッドに横たわるイオタの点滴を変えながら軍医が説明を続ける。

昨夜、医務室に運ばれてからイオタは意識がハッキリしない状態が続いているのだという。

「彼女は上海で港湾の潜水作業に従事していた。並の人間より耐性はあるハズだ」

アベルは先日、イオタと食事をしながら話した内容を思い出しながら軍医にそう告げる。

「ええ、分かっています。こちらもできるだけの事をします。あとは彼女の体力次第です」

「そうか。…よろしく頼む」

アベルはそう言って眠るイオタの顏を一瞥し、医務室を後にした。


9時 SLBM格納区画


「御三方各々のロケットの制御ですが、例のベータシリーズを転用します」

「ヤワタ中尉、本気ですか?」

ヤワタの告知にギメルが眉間に皺を寄せながら質問する。

「まさか手動で姿勢制御するわけにもいきませんし?使い慣れた機器とソフトがあるなら活用しない手は無いと思いまして」

「配慮はありがたい。しかしギメル中尉はベータ…と言うか“ギャラクシー・ライフ”自体あまり得意では無いんだ」

アベルが事情を説明する。

「そうでしたか。しかしベータは基本的に対話型の自立AIナビなので、会話ができでば問題ありません」

「AIと会話…」

ギメルの表情が暗い。

「まぁ、苦手だろうけど慣れてもらうしかないな。時間もあまりないが…」

「気楽にやればいいのよ、気楽に」

アベルはギメルの肩を叩きながら、ベスはわき腹を小突きながらフォローする。


正午 食堂


午前中の追加講義を終え、3人は食堂で軽めの昼食をとる。

「あと6時間であの狭いカプセルに押し込まれて打ち上げか。…実感無いなぁ」

「自分は加速Gが心配です。アルチョムのシミュレータの倍はかかるので」

ベスはいつも通り、ギメルはあれこれ心配しすぎているようにアベルの目には映った。

ギメルの心配はもっともだ。

テトラボーグ化手術後の性能テストで加速G訓練もあったが、アルチョムの装置は10Gまでしか再現されないものだった。

今回の打ち上げでは最大18Gが想定されており、これは通常の有人宇宙船打ち上げの6倍に相当する。

加速度を危険域まで上げる理由はアヴァロンレーザーへの対応に他ならない。

もちろん生身の人間ではそれに耐えられい為、何らかの肉体改造を受けなければならない。

テトラボーグ化による肉体機能強化は、そう言った必要性からでもあった。

「もし気絶してしまっても基本的にはベータが自動制御してくれるから大丈夫だろう」

「そうですね。過去打ち上げは何度も成功してますし、EAUCの技術力を信じましょう」

アベルの言葉で、ギメルも覚悟を決めたようだった。


16時 SLBM格納区画


「以上で打ち上げ講習は終わりです!何か質問はありますか?」

午後の実技訓練を交えた講習を終え、ヤワタは晴れやかに声を上げた。

3人はお互いの顏を見ながらアイコンタクトで質問が無い事を確認する。

「特にありません」

アベルがそう告げる。

「質問は無いようなので終わります!お疲れ様でしたッ!!」

「敬礼!」

アベルの号令で4人が敬礼を交わす。

「それでは本艦での最後の食事と休憩の時間です。1時間後に準備を整え再びここへ集合して下さい」

そう言い終わると、ヤワタは自身は休む間も無く控えていたブリッツ少佐と打ち合わせに入った。

「…結構タフなんだな、ヤワタ中尉」

歩き出しながらアベルは思った事をそのまま口に出す。

「昼食も3分くらいで済ませてましたね」

「ハヤメシ、ハヤグソ、ハヤザンヨウ?」

ベスが呪文のような謎の言葉を口にする。

「…ベス少尉、なんだそれは。呪文か?」

アベルが思わず聞き返す。

「小さいころ亡くなった祖母がよく言ってた言葉ですよ。日本語だそうで食事が早い、排便が早い人は有能って意味らしいですが」

「…本当ですか?」

ベスの回答にギメルが訝しげに聞きかえす。

「本当ですよ!…私が記憶違いして無ければですけど」

「…面白いな。憶えておこう」

3人は雑談をしながら部屋へ向かった。


16時30分 医務室


「あ、大尉!」

アベルが再び医務室を訪れると、ベッド上で半身を起こしていたイオタが気付き声を掛ける。

「イオタ軍曹!気が付いたか…」

アベルはそう言いながら軍医に視線を向ける。

軍医は指で「5分だけ」とジェスチャーで返し退出した。

「申し訳ありません。ご心配をおかけしました」

ベッドを降り立ち上がろうとする彼女を制しアベルの方から歩み寄る。

「いや、こちらこそすまなかった」

そう言いながらベッド近くの丸椅子に腰かける。

「いえ。私こそあわてちゃって…ダメですよね、私って」

イオタが自嘲気味に視線を逸らす。

「そんな事は無い。君が居なければこの艦は今こうして航行していなかったかもしれない。皆感謝している」

アベルはイオタの手を握り彼女を励ます。

「あ…ありがとうございます、アベル大尉」

イオタは嬉しさのあまり涙を溢れさせる。

アベルは自分のハンカチを渡し、使うよう促す。

イオタが涙を拭い、落ち着くのを待ち言葉を掛ける。

「出発前に君と話せてよかった」

「…え?」

「君にとっては突然だろうが…ここでお別れだ。我々3名は間もなくこの…艦を離れる」

アベルは打ち上げの事を言えず歯がゆさを感じる。

自分たちがテトラボーグである事、間もなく宇宙に打ち上げることは航海が終わるまで下士官には秘密のままだ。

「そ…そうですか。極秘任務なんですよね?ああ、聞いちゃダメか」

「まぁ、そんなところだ。…元気でな」

アベルはそう言ってイオタの肩をたたく。

そのまま立ち上がり、踵を返しドアへ向かう。

「あの大尉!また…会えますよね?」

イオタが名残惜しそうに声を掛ける。

「…もちろんだ。任務が終わったら上海へも寄るからそこで会おう!」

アベルが振り返って答える。

「ハイ!ハンカチはその時にお返しします!任務の成功をお祈りしております!」

イオタはそう言ってベッド上で敬礼する。

「ありがとう!」

アベルも笑顔で敬礼を返しながら退室していった。

「…大尉。どうかご無事で」

アベルの立ち去った室内で、彼女はひとりそう呟いた。


17時00分 発令所 


「作戦開始60分前、カウントダウン開始します」

セイゴの声でメインディスプレイにカウントダウンが表示される。

「短波放送を受信。セイラム1からの音声通信です!」

「スピーカーに出せ!」

通信士の言葉にグラハムが指示を出す。

『…EAUC所属シースワロー2よりジャヤプラコントロール。荷物の搬送に遅れた為、作戦をプランBに変更する』

スピーカーからリアルタイムでアエラス艦長の声が流れてくる。

「予定通りか。発信地点は?」

「本艦現在位置よりほぼ真東、距離約700キロ」

「思ったより近いな。セイラム1の脚なら1000キロ以上行けると思ったが」

「かく乱には十分な距離だと判断したのかもしれませんね」

グラハムの懸念にセイゴが答える。

このセイラム1の動きは、前日グラハムがアエラス艦長に依頼したかく乱作戦なのだ。

「うむぅ…まぁ良い。減速、速度20まで落とせ。進路、深度このまま──」

グラハムの指示でシースワロー2はSLBMの発射準備に入る。


同時刻 SLBM格納区画


黒い特殊作戦服に身を包み、宇宙空間活動用ヘルメットを持った3人が格納庫に並んでいる。

特殊作戦服と言っても容積的には普通の服と大差ない。

そもそもテトラボーグであれば宇宙空間における温度差や気圧の無さにも耐えられる為、そういった機能が無用なのだ。

ただし脳だけは生身なので最低限の酸素と気圧負荷変動を軽減するヘルメットだけは必要だ。

「3人とも揃ったな。弾道ミサイル担当士官のブリッツだ。打ち上げの概要は既に聞いていると思うが──」

ブリッツからの簡単な説明の後、3人は各々が登場するSLBM弾頭部の有人カプセルへと乗り込む。

カプセルの中は直径70センチ、高さ130センチの狭い円筒形の空間である。

「狭いなぁ。黎明期の有人宇宙船レベルだわぁ」

ベスが事前説明を受け、納得していたにも関わらず愚痴を漏らすのも無理は無い。

内部は座席の他に機器やボンベが極限まで詰め込まれており、座ったらほぼ身動きが取れない窮屈さだ。

体が大きいギメルは特に乗り込みに苦労した。

「ご武運を」

そう言って担当士官がカプセルのハッチを閉じる。

アベルは狭いカプセル内で自前の端末とカプセルの端子を接続、AIと短距離無線通信の準備を進める。

「ハロー、ベータ・アベル。ご機嫌いかがかな?」

ヘルメット内でくぐもった自分の声に困惑しながらも、マイクを経由して音声指示で端末のAIを起動させる。

『ハロー、マスターアベル。打ち上げ機器チェック。短距離無線による艦内打ち上げ管制とのデータリンクを開始します』

端末の小さな3Dホログラムディスプレイから、銀髪メイド姿の小さな3等身少女が飛び出し作業を開始する。

ベータ・アベルのアバターはヤワタのストックから合成したものだ。

作成時は意識していなかったが、改めて見るとなんとなくマリーに似ているとアベルは思った。

カプセル内の機器に明かりが灯り、備え付けの2Dメインディスプレイが起動する。

ベスとギメルも、今頃自分で設定したアバターを通して同じ作業を行っているはずだ。

『…こちらベス。管制システムオンライン。隊長、見えてますか?』

「こちらアベル。感度良好だベス少尉。…ギメルはまだか?」

メインディスプレイ隅の小窓内に映るベスが、肩をすくめるのが確認できる。

『…ら、ギメル。システムオンライン。き、聞こえますか?どーぞ』

「こちらアベル、2人とも聞こえてるし映像も確認できる。発射に備え準備を進めるように。時間厳守だ」

『『了解!!』』

二人の返事が同時に聞こえて来る。

アベルはメインディスプレイの上部にカウントダウンを表示させる。

「…あと15分か」

そう呟き窮屈な座席で精一杯の伸びをした。


17時50分 発令所


「艦長。敵訓練艦は方位1-7-4、距離およそ7万を東に移動中。こちらに気付いた様子はありません」

「洋上をディーゼルエンジンを回しながら航行。状況からメディエイターの艦で間違いないでしょう」

ソナーの報告をセイゴが補足する。

「セイラム1に向かっているのか?それにしても打ち上げ時間には間に合わないだろうが…」

「そもそも正確な打ち上げ時間を知らない可能性もあります」

グラハムとセイゴのやり取りが続く。

「こっちが終わったら撃沈してやりたいが動きが速いのが気になるな。…もしやジャヤプラが敵の手に落ちたか?」

「確かめる方法はありませんがあり得ない事もないですね。もしそうならプランBに変更したのは僥倖でした」

「そうだな。しかしまだ危機的状況に変わりはない。副長、第二種警戒態勢発令だ」

グラハムの指示後、発令所に黒いアタッシュケースを抱えたブリッツ少佐が入ってくる。

「艦長、副長。SLBM発射準備を行います。ロック解除の生体認証をお願いします」

グラハムとセイゴは頷き、ブリッツの後に続いく。

打ち上げ管制コンソール前に3人が集合し、ブリッツがアタッシュケースを開け配線を接続する。

ケース内の発射コードキー解除用生体認証装置に光が灯る。

ブリッツ、セイゴ、そして最後に艦長であるグラハムの順で右手を押し当て、コードキーが解除される。

『SLBM チェルナボグⅢ コードキー解除を確認。発射シークエンスを開始します』

ブルー基調だった発令所のメインディスプレイがレッド基調に変わり、AIによる音声メッセージが流れる。

「艦長。打ち上げコースの入力は既に完了しています」

発令所の中央に戻ったグラハムがブリッツの言葉に無言で頷く。

「通信。アベル大尉と話は出来るか?」

「可能です艦長」

「繋いでくれ」

数秒後、メインディスプレイの隅に小さな小窓が出現する。

そこにはヘルメットを被り窮屈そうにするアベルの顔が、魚眼レンズ独自の歪みを伴い俯瞰気味に映し出されている。

『グラハム艦長ですか。何か問題でも?』

「打ち上げシーケンスは順調に進行中だ。なに、君にひとこと言っておきたいと思ってな」

『…なんでしょう?』

「この数日間、まぁ…いろいろと世話になったな。ありがとう」

『お礼を言うにはまだ早いんじゃないですか?我々の任務はこれからですし』

「いや、この艦の為に尽力してくれた事に対する礼だ。そしてこれからの、諸君らの作戦成功を祈っている」

『…ありがとうございます、グラハム艦長。お世話になりました』

ここでAIがメッセージを告げる。

『SLBM チェルノボグⅢ 1番から14番まで全弾の発射システムに問題無し。発射可能深度まで浮上し発射時間を指定して下さい』

「状況報告!」

セイゴの命令に各部門が答える。

「水深10、方位1-8-0、速力3、最微速」

「海上気象条件良好、打ち上げに問題無し」

「VLF、定時受信準備よし」

「各部問題ありません。艦長、現在17時58分です」

グラハムが報告を聞き、深呼吸をする。

「よし。18時のVLF受信内容に問題が無ければ18時5分ちょうどに発射する。カウントダウン補正!」

18時ちょうどに向けて行われていたカウントダウンに300秒が追加補正される。

「SLBM 発射準備!全発射菅外装ハッチ解放!」

「了解。SLBM全発射菅外装ハッチ解放!」

艦長の言葉をブリッツ少佐が復唱し、大きな質量が動く気配がシースワロー2全体に伝わる。


ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン


ハッチが開ききった振動が艦全体に響き渡る。

「18時です。VLF電波受信開始」

「…いまごろ、各所で陽動が開始されているはずですね」

セイゴが何処か遠くを見つめながらそう呟いたその時──

「ソナーより艦長!敵訓練艦が転舵!こちらに向かって来ます!」

「なに?…まさかハッチ解放音を聞きつけたのか!?」

発令所に緊張が走る。

「VLF受信終了。暗号文の添付を確認、メッセージ解凍完了」

「読め」

「"作戦に変更なし。各位奮起せよ" 以上です」

「言われんでも分かっとるわ!」

グラハムの怒号が飛ぶ。

「敵訓練艦、こちらに真っすぐ接近してきます。距離およそ6万6000!」

「駄目だ、今は動けない。SLBMの発射が完了するまでは──」

セイゴの焦りとは裏腹にカウントはまだ220秒も残っている。

『こちらアベル。グラハム艦長。打ち上げの前倒しを具申します』

「なッ!?」

彼の突飛な提案に、発令所の誰もが言葉を失った。

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苦悩する楽園 フライデー @fryday13

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