第5話
というか瞳のいろいろと奇妙な言動は全てうちの母と叔母の入れ知恵だったようだ。
「だって、あっさりとくっついたらドラマがないじゃない」
「トラブルが二人の愛を育てるのよ!」
「クソやかましいわ! 俺の感じたストレスを返せ!」
「えー、車の中でいろいろと駄々漏れになってたあんたに言われたくないわー」
「え?」
叔母が取り出したスマホ。音声ファイルを再生すると……どこか違和感のある俺の声。
録音した声ってなんか変な風に聞こえるんだなあ。
「瞳、なんで俺振られたんだろう……あきらめきれねえよ」
「そういえば彼氏とやらの顔見たことないな。俺よりイケメンだったらどうしよう……」
「そんなの関係ねえ! 奪い返すんだ!」
「その前に誤解解かないと……香織のばっきゃろー、変な悪ふざけしたせいで瞳に……」
なんだろう。全身の血液が顔面に集中したかのようだった。母と叔母の瓜二つの顔が瓜二つの表情を浮かべている。
すなわち、極限までニヤニヤしているのだ。その後ろで瞳も顔を真っ赤にしている。
「あー、それでね。偽装で彼氏いることに嘘つかせたのはあたしのアイディアね」
「どっから沸いた?」
すっごいイイ笑顔の香織が現れる。
「やー、瞳から相談受けてさ。まさかあの冗談を信じ込んでたとは……」
「そんな事情、分かるわけねーだろ。っていうか、お前も元凶じゃねえか!」
「まあ、ごめんて。瞳ちゃんにはこの前の勉強のときにネタばらしはしたんだけどね。まさかいとこが結婚できないって思いこんだままになってるとは」
あっはっはと朗らかに笑う香織をシバキ倒したくなる衝動に必死で耐えた。いま世界ガマン大会があったら優勝できるレベルだと思う。
ちなみに、帰りの車でみんな寝てたのは狸寝入りで、あの俺の駄々漏れを聞いて両親たちが悪乗りした結果だという。
ついでにあのお説教というかアドバイスを聞いているとき、後ろで母ずは必至で笑いをこらえていたとかなんとか。
そこから先はまあ、特にトラブルはなかった。俺は大学に進学し、1年後瞳も俺を追いかけるように隣の大学に入学してきた。
俺はアパートを借りており、そこに瞳が転がり込んで来た。もともと受験勉強を見るという名目で何度か泊りにも来ていたし、今更違和感もない。
当然俺に後ろ暗いことはあるわけがなく、両家の親がせっせと引っ越しを手伝ってくれたものだ。
新歓コンパで瞳に酒を飲ませた不埒ものにはそれなりの目に遭ってもらったし、こいつは俺のだと瞳の友人たちに印象付けることもできた。
俺は元々地元に彼女がいると公言していたので、問題なし。
大学を卒業し、地元の大手企業に就職。新社会人としてこき使われる。瞳も念願の教師になる。
2年後。会社の新規事業で転勤を命じられ、瞳についてきてもらうために、籍を入れる。何度かお弁当を届けに来てくれていたので、会社でもやっかみ半分の祝福を受けた。
転勤先の学校に欠員がたまたまあったのでそのまま瞳も転勤となり、しばらく共働きをする。
1年後、瞳が妊娠したため出産、育児休暇をとる。さらに1年後、男女の双子が生まれる。
翌年、再び妊娠。頑張りすぎと冷やかされる。男の子を出産。
以後紆余曲折があって、時は流れて。祖父母、両親を見送った。子供たちは当たらに家庭を作り、孫が生まれた。とても幸福な人生を歩んできたと胸を張れる。
「ばーちゃーん」
「はあい」
次男の娘が瞳に面会に来ていた。
ここは老人施設。時の流れは残酷だ。瞳は多くの記憶を失った。徐々に子供の名前も思い出せなくなり、孫がいることもおぼろげになっている。
人はどこからきてどこに帰るのか。もろもろのことがあった。親を見送ったときは泣いた。孫が生まれたときは感動に打ち震えた。
そして、いろいろなことがあって、瞳は人生の終着点に近づいている。
「あのね。ここにいる人でね。素敵な人がいるのよ」
「へえ、そうなんだ。どんな人?」
「お兄ちゃんにそっくりでね。とっても優しいの」
満面の笑顔で孫娘に告げる瞳。祖母が告げる優しい人。お兄ちゃんそっくりな人は、まあ、俺の事だ。
孫娘は顔を伏せ、必死に涙をこらえているようだ。すまんね、けど優しい子に育ってくれて俺もうれしいよ。
「そうなんだ。いい人がいてよかったね。結婚するの?」
「うふふ、そうねえ。けど私にはお兄ちゃんがいるから。世界で一番素敵な、ね」
「うん、じゃあ、会えるように頑張らないとね」
「そうねえ、いつも来てくれてありがとうねえ」
「うん、また来るね。おばあちゃん」
人は最後に一番幸せだった時代に回帰するのか? そして、彼女の人生の原点は俺だった。それはなんて幸せなことだろうか。だって俺もそう思っているから。
あの日、0になった俺たちの距離はいまも0なのだろうか。むしろ重なってマイナスになっているかもしれない。
マイナス15センチ。今度は一つに溶けあった二人の距離。
昨日、祖母が亡くなった。老衰で、眠るように逝った。とても幸せな笑顔で。
うちの息子はひいばあちゃんが大好きで、とても可愛がられていたと思う。
なぜか息子は祖母の事を名前で呼んでいた。心拍が弱まり、今にも死に瀕する祖母に呼びかけたのだ。
「瞳ちゃん」と。
すると祖母は目を開いて、花が咲いたような笑顔で「はぁい」と答え、そのままその時を止めた。
1年前、祖父も旅立った。最後まで祖母を残していくことを無念だとこぼしていた。
あのとき、息子が呼び掛けたとき、祖母の目には祖父が見えていたのではないか? そう思えた。
願わくば、わたしもあのような幸せな最期を迎えたいと思ってしまった。
悲しいはずなのになぜか幸せな気持ちなのは、あの花が咲いたような笑顔を最後に見たからだろうか?
君との距離は 響恭也 @k_hibiki
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