第3話 60センチメートル。
「おい!しっかりしろ!」
気づくと俺は彼女の頭を手のひらで持ち上げ、身体を揺さぶっていた。
「はぁ…はぁ…あなたは……?」
「今はそんなことどうでもいい!あんたあのマンションに住んでるよな?部屋番号は?」
普通なら『何故それを知っているの?』のと聞き返されそうだが、彼女にそんな余裕はなかった。
「…8…0……4…………。」
そんな簡単に教えて女の子としてどうなのだろうか?ということは置いておいて、俺はそこまでどう運ぶかということを考えた。背負うか?いや俺のリュックがあるから無理だ。残りの手段はあれだ。
「すまねぇけどちょっと身体触るぞ。」
彼女はもう返事をする気力すらなかった。
俺は彼女の肩の下と膝に腕を通し持ち上げた。この時『女子ってこんな軽いのか!?』と心の中で思った。これが人生初のお姫様抱っこなのだから仕方がない。
できるだけ揺さぶらずに駆け足でマンションに向かった。途中で女子中学生と思わしき人物の視線がこちらに向けられたが、今は関係ない。とにかく急ぐ。人生でこんなラノベみたいなことが起こるなんて想像もしてなかった。相手も超美人だし。
マンションに着き、一応ラウンジにある部屋別の表札を確認した。そこには「804 森崎」と書いていた。
「あんた、今家にだれかいるか?」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「鍵はどこにある?」
彼女の右足に少しだけ反応を感じた。スカートの右ポケットを確認する。
「これか?」
彼女はゆっくり頷いた。それには熊のストラップがくくりつけられていた。
鍵でオートロックを解除し、扉が開いた途端にエレベータまで急ぐ。肩を担ぐ方の腕でボタンを押す。運が良くエレベータは1階に止まっていた。
「あと少しでつくからな。頑張れよ。」
エレベータに入って8階のボタンを押し、彼女に言った。さっきから急いでばかりで彼女の容態を確認できていなかった。顔は依然赤かった。息も荒い。
「8階です。」
ベルの後にいかにもな電子声が言った。扉が開く。
「えーと804、804………ここか。」
その部屋ははエレベータを右に4個目の部屋だった。
また肩を担ぐ方の手で鍵を開ける。ドアを開くには一苦労だった。ドアノブを手の甲で押し、少し手前に引き、少し強引にドアの隙間に身体を入れ、押し開く。
これが初めての女子の家だった。玄関には靴が1つも置かれておらず、よく整理されていた。靴箱の上には彼女が幼いころの写真が飾ってあった。この時から既に美人とわかるほど顔立ちが整っていた。俺は両足だけでスニーカーを脱いだ。
とりあえず廊下を抜けて真正面のリビングと思わしき部屋に彼女を運ぶ。茶色いソファの上に彼女を降ろす。ただ身体を横にしているだけなのに美しい。
「これ、脱がすぞ。」
ブレザーのボタンを上から外していく。なにもいかがわしい理由じゃない、少しでも身体を楽にさせようと思っただけだ。
ブレザーを脱がす。そこには15歳の俺にはあまりにも刺激的な光景が待っていた。白いブラウスに汗のせいで下着が透けていた。それもレースがついていてピンク色の。しかも彼女は大きい。形もきれいだった。何がとは言わないが。
俺は顔を赤らめながらも自分の欲望を押さえつけ、彼女の額に手を置く。
「すごい熱じゃん…。今何か冷たいもの持ってくる。」
俺は俺のカバンから常備している未使用のスポーツタオルを取り出し、リビングの横のキッチンまで急ぐ。そこに置いてあったコップに冷水を入れ、タオルを濡らす。タオル全体に水が通ったことを確認し、固く絞る。俺は彼女の元へ急いだ。
「水入れてきたからテーブルにおいておくぞ。後濡れタオルも持ってきた、体拭くなりおでこにのせるなり使ってくれ。安心しろ、未使用だ。」
「ありがと…。」
彼女も横になって少し落ち着いたのか、軽く話せるくらいには回復していた。
「親は何時くらいに帰ってくるんだ?」
「今海外旅行に行ってるから、1週間くらいは帰ってこないかしら…。後こんなの人に言うの気が引けるのだけれど靴を脱がしてもらえないかしら…?」
「あ、すまん」
俺はあまりにも急ぎすぎていたのかそのことをてっきり忘れていた。
しっかりと両手を使って足首を固定しながら脱がし、さっき入ってきた玄関まで持っていく。俺の靴も急いで脱いだせいで明後日の方向に散らばっていたのでしっかりとかかとを合わせ並べる。さっきとは違いゆっくり歩きながらリビングへ向かう。
リビングに入ると彼女は上半身を起こし、水を飲んでいた。
「助けてくれてありがとね。あなたは確か前の家に住んでる…」
「高田 護楽だ。あんたと同じ学園の一年だよ。」
ここにきてやっと自己紹介である。
「護楽くんね。私は森崎 詩音。まぁあの学園の生徒で私を知らない男子はいないと思うけど。」
「まぁな。悪い意味でだけど。」
「そんな悪名高い私を助けてあなたは一体何が目的なのかしら?お金?それとも…」
「あんた病人なんだから今は自分のことだけ考えなよ…。別に人を助けるのに理由なんていらねーだろ。」
「ふふ…確かにそうね。まぁいきなり女子をお姫様抱っこして家まで上がり込むなんていう図太い神経の持ち主であることに違いはないはね。」
「おいおい命の恩人にそんなこと言うあんたこそ図太い神経の持ち主だと思うんだが。」
「冗談よ。本当に助かったわ。あのままだとどうなったことか…いきなり目を覚ますと前には中年の汚い男がいて私はその人に滅茶苦茶に…ごほっ。」
「ほらあんた病人なんだからそんな妄想してないで大人しくしてろよ。とりあえず薬とかスポドリとか買ってくるからちょっと休んどきなよ。」
「ありがと。ならお言葉に甘えて少し寝させてもらうわ…」
内心、見た目と性格のギャップに驚きながらも俺は自分のリュックを背負って森崎宅を一時後にした。とりあえず自宅に戻って荷物置いて着替えた。祖母には友人と外食すると伝え、遅くなるということを伝える。俺はあの
俺は自転車に乗り、近くのキ○ン堂まで行った。適当にスポドリと風邪薬を買い、店を出た。マンションの前に自転車を止めるのは気が引けたので、近いことだし自宅に誰にもバレないように駐めに行った。
それからマンションにまた戻る。実はさっき制服に鍵を入れっぱなしにしていたので熊は今俺の手の中にいる。てかこれ結構大きいな。エレベーターにゆっくり入る。
「ふぅ…」
さっきと違いあまり急がなくていいのでエレベーターで大きく息をする。
「8階です。」
本日二回目。エレベータから右に4個目のドアを開く。
「ただいまー」
自宅でもないのに俺は何を言っているんだろうか。返事はなかった。
リビングにつくと彼女は眠っていた。スポドリを冷蔵庫に入れ、風邪薬をテーブルに置く。
「んぅ……」
彼女は依然眠っていた。俺はその美しさと色っぽさにあいた口が閉じなかった。その存在感を堪能できるだけで俺は嬉しかった。それ以上のことも脳裏を走ったが、その存在感を邪魔することなんてできなかった。
また額に手をのせる。さっきよりは熱が少し下がったようだ。
「とりあえず飯でも作ってやるか…。」
こう見えても料理はできる。女子力高い系男子とは俺のことだ。
キッチンに向かい冷蔵庫を覗く。頭のなかでお粥を作ってやろうと思ったので卵を取り出した。米は米びつに入っていた。土鍋はコンロの下の引き出しに。こんなに自宅を漁ってしまって森崎夫婦には悪いが今だけは許して欲しい。
時刻は6時55分。いつもなら家でソファの真ん中に座って夕飯を食っている頃だ。今日はたった2時間でいつもと違う初めての体験をたくさんした。いかがわしい意味じゃない。多分今日の残りの一日もそうなることだろう。
そんなことを考えながら俺は黙々とお粥を作っていた。
すると彼女が目を覚ました。
I Used To Love H.E.R. @kyumaiosu
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