ボランティア その2


春翔はなんとか八時前に高校の校門を通ることができた。しかし、昇降口に辿り着いたとき問題が発生した。


 扉が閉まっているのである。


 言われなくとも当然である。何故ならば今日は清興功高校の創立記念日により休みだからである。

 だが、それを知らない春翔は焦った。


 もしや、先生達が二日目に遅刻するやつはいないだろうと早めに扉を閉めてしまったのでは?このまま遅刻したら先生に事情を説明してなんとかなるだろうか?


 などぐるぐると頭の中で自問自答を繰り返す。その結果。


「もう、どうにでもなれ」


 諦めて昇降口の前に設置されている、膝までの高さまである花壇の隅に腰を下ろした。


 人は追い詰められると大半が開き直ることがある。春翔も例にもれずそれである。


 取り敢えず、遅刻は免れないとして早々に諦める。次にこれからを考える。最悪、朝のホームルームには出席しなくとも大丈夫だろうと思う。


 いや、大丈夫ではないが。


 しかし、授業となるとそうはいかない。初めての授業ではほぼ確実に自己紹介から始まるのは全国共通だろう。

 そこに自分がいないとなると、そうそう悪目立ちしてしまう。


 いや、もう遅刻している時点で悪目立ちはしているが。


 それでも、自己紹介という機会を見逃せばまず他の人に自分という存在をアピールできない。また、他人の名前や、趣味などを知ることができなくなる。


 そして、何より加比企かひきさんからの自分の印象が最悪になってしまう。


 それが一番の問題であった。


 いつまでもこんなところで時間を浪費しているわけにはいかない、と気合をいれて立ち上がる。


 まず、校舎に入る。それからだ。


 というわけで校舎に入るため、昇降口をもう一度確認する。


 昇降口にはガラス張りの扉が3つ設置されている。一応さっきも確かめたのだが、なにぶん急いでいたのでもしかしたら引いて開けるタイプではなく押して開けるタイプなのかもしれない。


 まず、一つ目の扉。


 ガチャガチャと引いたり、押したりしてみるが当然開かない。

 問題無し。想定内である。

 極めて冷静に次の扉に向かう。


 そして、二つ目の扉。


 これまた先程と同じく開かない。

 少し緊張してきただろうか。手に汗が滲む。

 だが、大丈夫だ。大丈夫。そう思いながら三つ目の扉に向かう。


 最後に三つ目の扉。


 緊張が半端ない。先程とは違い手だけではなく額にまで汗が滲む。

 これで開かなかったらどうしよう。

 来客用の玄関口へ向かうか? 幸い玄関口は校門から近くの場所に分かりやすく設置されている。

 いやしかし、来客用の玄関口から入るというのは勇気がいる。

 玄関口は隣に設置されている事務室から見えてしまうのではなかろうか。

 事務の先生方の目を盗み玄関口から侵入など春翔にできるはずもない。

 ならば、事務の先生に事情を説明して中に入れてもらうか?


 否である。断じて否だ。


 理由は、それは、なんというか、こう、恥ずかしいのだ。


 こんな時に自分に人から認識されないような特殊な能力が欲しいと心底思う。


 息を吐く。


 息を吸う。


 気を引き締める。


 ゆっくりとドアノブに手をかける。

 手汗でぬるぬるの手を鉄の冷んやりしたドアノブに滑らせて汗を拭う。

 なんともいえない緊張感が春翔を包む。心臓の音が頭に響く。


 しかしながら、緊張しながらも不思議な感覚があった。

 この扉はちゃんと調べていなかった。開いていてもなんら不思議ではない、と。

 そんな根拠のない自信を湧き起こし、ドアノブを動かす。


 ガチャガチャ。


 ガチャガチャ。


「・・・・・・」


 いや、まだ希望は残っている。

 さっきガチャガチャしたおかげで鍵が開いたのかもしれない。

 『シュレディンガーの猫』だ。やってみないとわからない。


 ガチャガチャ。


 ガチャガチャ。



















 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。


「○ねよ」


 現実は非情である。

 思わず、口から暴言が漏れるのも仕方がないのかもしれない。


もうこのまま帰ろうかと思っていると、小学校から聞き慣れた、しかしいつも聞いているのとはどこか違う学校のチャイムが鳴り響いた。


キーン、コーン、カーン、コーン。


「なんか、楽しくなってきたなぁ」


自慢では無いが、春翔は今まで遅刻したことがない。


人は眼鏡をかけているというだけで他人からは頭が良い、真面目、そんな印象がつくことも少なくない。


実際、春翔もそんな風に見られていた。

だからこそ、遅刻などしたら他の人と比べて数段悪目立ちするだろう。

よって、中学時代は遅刻をしないように心がけていた。


しかし頭は良くない。


そんな真面目くんだからこそ、遅刻というのは初めての体験。そして開き直ったことから焦る気持ちより、ドキドキワクワクの謎に感情が湧き出ていた。


そんな時。


「あれ、君一年生だよね?」


という一言によって今までの感情が吹っ飛び、心臓も吹っ飛ぶかと思った。


たった、たった一言で頭が真っ白になる春翔。


コミュ障の悲しい性である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『化物』 ハルノリ @Harunorida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ