第1章 異変の始まり
ボランティア その1
朝、目が覚める。
カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながら、体を起こす。
その時、六時にセットしておいた置時計がタイマーを鳴らし始めた。
「もう起きてるっての…」
愚痴りながら置時計の裏にあるタイマーの主電源をオフにする。
ふあぁ、と欠伸を一つ。
それだけで少し眠気が覚める。
少し頭がクリアになったところで洗面台に向かうために部屋を出る。
洗面台は一階に設置されているので、一階につながる階段を下りる。
すると、トントンと何かを刻む音がしてくる。
階段を降り切ると、リビングの扉の隙間から母親の姿が見える。
大方、朝食の準備をしているのだろう。
そのままリビングには入らず、洗面台に向かう。
洗面台に着くと、まず顔を冷たい水であらい、濡れた顔を軽くタオルでふき取り、洗顔用石鹸を手に取る。
石鹸を手でこすり泡を立てそれで顔をあらう。
水で流すと、タオルで今度はちゃんとふき取る。
そのあとに肌に優しい、が売りの化粧水を顔にぬる。
そこまでした後でやっと鏡を見て今日の自分の顔を眺める。
鏡の向こうには、ショートの薄い金髪がボサボサになっている、いつもと変わらぬ自分がいた。
つり目っぽい大きくぱっちりとしたグレーの瞳、そしてそれぞれ顔のパーツがきれいに整っている。
リップを塗らなくとも天然の桜色のぷるんとした唇。
肌は透き通るように白い。
言わずともわかる日本人とイギリス人のハーフである。
白人の外国人と言われれば納得してしまいそうな肌に少し堂顔の日本人特有の幼さが残る顔。まだ、十五歳という事もあり、綺麗と言うよりはまだかわいいと言ったほうが違和感がない。
誰もがその鏡に映る顔を見れば美少女と答えるであろう。
そんな彼女、『
彼女は自分の顔が好きではない。
誰もが認めるであろう美少女。それだけで人が集まってくる。
友達が増えるのには問題はないのだが、中には彼女と交流を持つことで自分の自慢話に使う女や困ったことに下心満載で近寄ってくる男も数多くいた。
中学の頃はどれだけ陰口を言われたか……。
ナイーブになりながらドライアーを使いながら髪ブラシで髪をといていく。
とき終わり、髪に問題がないかチェックする。
それが終わると、部屋に戻り寝間着姿から普段着に着替える。
着替え終わるとリビングに向かう。
リビングに入ると朝食の準備が大方終わっている母親がいた。
「おはよう~。今日は早く起きたのね~」
リビングに入ると母親がいつもの間延びした声で挨拶をしてきた。
母は生まれながらの日本人である。
名を『
日本人特有のロングの黒髪に、少し垂れ目の黒色の瞳。印象で言えばとても優しそう。
胸はあまり無いが、それを細いくびれと実った大臀筋で人妻特有のエロスを醸し出し、見事にカバーしている。
二十代前半と言われれば、言われた全ての人が信じてしまうであろう美魔女。とても、子を産み三十代後半、四十代が迫って来ているとは思えない。
しかし、その美しさには涙ぐましい努力があった。健康に気を遣い、栄養のバランスを考え続け、適度な運動も忘れない。
なおかつ扱う化粧品はどれも五桁を超える高級品。
しかし、この母親の凄いところは他人どころか家族にさえその苦労を見せないところにある。
しかし、しかし哀しきかな。
誰もが歳には敵わない。
過去に偉業を成し遂げたアスリートや、美人と有名だった女優、アイドル。これらの人たちも歳を重ねることにそれに比例して相応の容姿になる。
また、橘 奈緒も例外ではない。
いくら美魔女とも言えど、最近目尻に細かい皺が出てきたことは誤魔化せない。
それはとても些細なもの。ソレを認識するのには超至近距離で確認しないとわからないレベル。しかし、しかしだ。それでも現れた。
今まで通りにはいかないというサインが。
人間である以上こればっかりは仕方のないことだと彼女も分かっている。諦めなければならないとわかってはいる。
だが、せめて。せめて五十代までは美魔女でありたいと切に思う母親である。
そんな、苦労も知らない十代真っ盛りの雫。
「おはよう。今日バイトだから」
そんな素っ気ない娘の反応。相変わらず無愛想。だがこの無愛想はやはり今は亡き父親譲りであることを証明している。
どうしても、そのことを思い出す。
また、娘も父親と同じ道を行くのだから母親としては気が気ではない。
「そうなの?えーと、でも学校は〜?」
「あれ、言ってなかったっけ?今日うちの学校の創立記念日」
この言葉には衝撃を受けた。
それは今日が創立記念日だということにではない。昨日娘から言われた『明日が創立記念日だと言われたことを忘れていた』ことにだ。
些細なことかもしれないが、人間心配事には敏感な生き物である。
「へ、へ〜。そ、そうだったんだ〜」
あくまでも、今初めて聞きましたという風に誤魔化す母親。
これにより彼女の日常スケジュールに記憶能力トレーニングが追加された。
「あ、でもお弁当つくちゃったのよね〜。どうしよう」
「いいよ、バイトに持って行く。どうせ今日終わるの夕方くらいだから」
用件は終わったとばかりに用意された食事に手をつける雫。
栄養バランスを良く考えられた、和食。
米を主食とし、汁物には茄子とわかめの味噌汁を薄味で。主菜には生姜を少し上にトッピングされた鯖の味噌煮。副菜には大根の煮物と鰹節を乗せられたほうれん草のおひたし。
見事な一汁三菜。これを毎日料理のレパートリーを変えながら作るのだから凄いとしか言う言葉が見つからない。
そんな料理を十分と掛けずに胃に詰め込んだ雫はすぐさま部屋に戻り、支度をする。
支度を終えると、玄関に向かう。
靴は学校に登校する用のローファーではなく、動きやすいようにスポーツシューズを履く。
「スポーツシューズじゃなくて、もう少し可愛いの履いて行ったら〜?女の子なんだから〜」
その様子を見ていた母親は少し気になったことを言う。
「別に、遊びに行くわけじゃないから」
「そう〜?欲しい靴とかあったら買ってあげるわよ〜?」
親の気遣いが時に子をイラッとさせることを知らないのだろう。
雫も今は反抗期。しかし、女手一つで自分を育ててくれたことには感謝しているのであまりそのことを表に出さない。
「いい。欲しいのあったら自分で買うし」
そんな母親に素っ気ない態度で雫は玄関の扉を開ける。
「さっきも言ったけど、今日帰ってくるの夕方くらいに帰って来るから」
念のため、自分の帰ってくる時間を伝える。
念のためである。深い意味はない。雫自身他意はないのだろう。
子の気遣いが時に親をイラッとさせることを知らないのだろう。
親が反抗期でなくとも。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けてね、怪我せずに帰って来てね〜」
こんな気遣いにもどうしても反応してしまうのもまた子である。
「分かってる」
いつもより無愛想に言い返し、扉を閉める。
扉が閉まる直前に母の言葉が聞こえた。
「本当に気を付けてね」
そのまま扉を閉めて家を出た。
母親の言葉に心の中でうるさい、と思いながらも、分かってると繰り返す。
自分に言い聞かせるように。
そんな時、住宅街を歩いていると前の交差点を走って行く学生服を着た眼鏡の少年が目に付いた。
ただの学生服をきた人達はたくさんいるのだが、その眼鏡の少年だけは特別だった。
理由は、その制服が自分と同じ学校の制服だったからだ。
それだけである。
ズボンのポケットから端末型の携帯を取り出し、時間を確かめる。ただいまの時刻、七時四十五分。
今日が学校ならまだしも、今日は学校の創立記念日で清高は休みである。
そういえば、と思い当たる節があった。
昨日先生から生徒会が創立記念というのも相まって学校のボランティアを行うと言われていた。
参加は誰でも自由。生徒会とボランティア委員が中心として行うことになっていた。
正直な話、自分の様な新入生には関係のない話だと思う。
まだ誰も委員会に所属してない上、周りは上級生ばかりである。そんなところに好き好んで行く人はいないだろう。
まぁ、生徒会長はとても美人な人だと同性である自分の目からも分かるから、それ目当てで行く生徒もいるのかもしれない。
それでも不思議なのは、ボランティアは午前9時から行われるという事だろう。ここら辺から学校までなら歩いて15分くらいで着くことができる。
あの眼鏡の少年は傍から見てもとても急いでいたように見えた。あのまま走って行けば、八時前に学校に着くことになる。
もしかしたら彼は生徒会かボランティア委員会の一員で一時間前に集合しなければいけないとか。
しかしながら、彼の付けていたネクタイピンは紺色。それはつまり自分と同じ新入生だということを指している。
不思議に思いながらも、バイトに遅れることが無いように自分も足を進める。
もしかしたら、あの眼鏡の少年は今日が休みだということを知らなくて尚且つ、寝坊して遅刻しそうだから焦っているのかもしれない。
「いや、ないない」
流石にそんなアホみたいな奴はいないだろうと思う。
手に持っている携帯の時間を確かめる。
七時四十七分。
このまま歩いて行けばバイトには余裕を持って間に合う。
彼女は歩みを進める。
今日はどんな仕事をするのだろうかと考えながら。
◇◇◇
寝坊した。
やらかした。二日目にしてやってしまった。
慣れてきた頃が一番油断しやすいとはよく聞くが、まさか自分が、しかも二日目にして油断するとは考えもしなかった。
幸い家を出る時に時刻を確認した限りでは、このまま走って行けばなんとか朝のホームルームまでにはギリギリ間に合うはず。
普段運動をしない春翔にとってはとても辛く、長い道のりだ。もう歩いてしまいたい。しかしながら、少しでも足を緩めてしまえば遅刻は免れない。
人にとってはたかが遅刻、と思うかもしれない。されど遅刻。春翔にとっては許容できない問題で合あった。具体的に言うと遅刻するとクラスで悪目立ちして友達ができないのでは?と危惧しているのである。
そんな焦りもあってか無事、清高の校門を通るのは七時五十七分だった。
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