入学式

 四月七日は、公立清興功せいこうこう高校の入学式である。


 今年の入学生も含めると全校生徒は800人弱ほど。


 少し、男子生徒よりも女子生徒の数が多いのと、全体的に生徒たちの顔の偏差値が平均的に高いというご都合主義満載の設定を除けば他の高校と何ら変わりない高校だ。

 そんな高校に入学生である『加藤かとう 晴翔はると』は期待と不安を胸に、桜の花びら舞う学校の校門をくぐった。


「うわ…校舎でっか……」


 まず、晴翔が校門をくぐって最初に目に入ったのは校舎だった。

 晴翔の通っていた中学は四百人程度の普通の学校だったため、倍近くの人数が通う学校の校舎に驚いてしまった。


 左側には、いくつもの校舎が並び立っており、右側には桜の木々が並んでいる。


 校門から十メートルほど進むと、右側に並んでいた桜の木々が途切れ、とても広い、中学校とは比べものにならないほどの校庭。

 奥には、フェンスがあり、その向こうにはテニスコートらしきネットが一定の幅で五つ横に並んでいる。

 見たところ、野球部が使うであろう野球グラウンドが見えないので、もしかしたらここの他にも校庭があるのかもしれないと思いながら、人の流れに沿って足を進める。


 校庭の見えた場所から五十メートルほど道を進むと、昇降口の横の掲示板に人が集まっていた。


 おそらくそこで自分のクラスを確かめ、各自教室まで行くのだろう。


 このまま待って人が少なるのを待つのもいいが、教室には8時半までに入って席についておく必要があるので人の集まりの中に自分も入っていくことにする。


 やっとの思いでクラス分けされた貼り紙の前に来る。


 清興功高校、略して清高せいこうでは、『総合学科』で統一されている。

 よって、クラスは一組、二組…、というように晴翔が通っていた中学校とあまり変わりない。


 一番見やすい左側の一組から自分の苗字・名前がないか順番に見ていく。


 ………。


 結局のところ、一組から順番に見ていったが、晴翔の名前があったのは一番最後の七組だった。


 無駄な時間の浪費に加えて、周りの生徒の喋り声や笑い声が自分を嘲笑っているように錯覚してしまう。


これが中学時代から友人関係を築けなかったコミュニケーション障害、略してコミュ障の末路である。


 取り敢えず、自分のクラスを確認したのですぐ隣にある昇降口に移動し、七組の下駄箱に向かい、自分の出席番号である十番に靴を入れ、事前に買ってきていた上履きを履き、一年生の教室のある一階に向かう。


 まだ、時間があるのか、クラス前の廊下は人が多かった。


 あまり人とは目を合わせず、端っこを歩き、目立たないようにする。


 典型的なコミュ障である。


 廊下の一番奥にある、七組にやっとの思いで着く。

 そそくさとクラスに入り、黒板に張り付けられた席順を見る。他人の席と間違えないように細心の注意を払いながら自分の席に着く。


 ちなみに席は、窓側から二列目の前から四番目だった。


 クラスの雰囲気は少し浮かれていた。

 同じ中学の人たちは固まり「同じクラスでよかったねー」などと言っている。


 知り合いがいない人ら数名は自分の席で本を読んだり、ぼーっとしていたり、机に突っ伏している。

 このクラスに知り合いのいない晴翔は自分も時間が来るまで突っ伏していようか、と思っていたが、とんとん、と肩を指先で叩かれる感触を味わい、右を見る。


 そこには、清興特有の顔平均値高め、しかし美少女ではないちょうどいい外見の女子がいた。

 この女子の顔に見覚えはないし、何より彼女の顔は知り合いに話しかけるような表情をしておらず、初めての人に向ける少し緊張の混じったような感じだった。

 まだ、入学初日なのに初対面の人に声をかけるなんてなんて行動力のある人だろう。


 なんて心の中で感心していると、


「えっと、すいません。席、間違っていませんか?」


 と言った。


 ……な…に?


 そんなはずはない。


 細心の注意を払ったのだ。絶対に間違えないように。他人の席に座り、自分で気づくならまだしも他人に、しかもその席の主に指摘されるなんてないように…ッ。


「えっと…あの……」


 思わずフリーズしていたために反応がなく、彼女は少し怪訝な顔をする。


「あ、ああ、ご、ごめん」


 すぐに、席を立ち、彼女に謝る。

 しかし、声が震えていたし、少し裏返ってしまった。


 恥ずかしい事この上ない。


 周りを見て自分の座っていた席の順を確認した。

 左、窓側から三列目、前から四番目。


 やらかした。


 前、後ろの順番間違えるならまだしもよりにもよって横を間違えるなんてアホすぎる。

 しかも、列は左から男、女、男…というように男女列が分かれているのだ。


 もうやだ。恥ずかしすぎる。明日から学校来ない……。


 そのまま、隣の二列目に移動し、四番目の席に座る。

 さっき指摘してきた女子が、少しおろおろとしながら声をかけようかと悩んでいるのが目の端で見えた。

 やめてくれ。ほっといてくれ。追い打ちをかけないでくれ。


 しかし、彼女は声をかけてきた。


「や、やっぱり入学初日だと緊張しますよね。よかった~、緊張してるの私だけだと思ってたから」


 それは気遣い、あるいは同情。

 その言葉を掛けられたコミュ障はこれから一生その言葉を忘れることは無い。


「緊張すると席、間違っちゃいますよね。私も中学のときそうだったし」


「そ、そうなんだよね。気を付けてるときに限ってやらかしちゃったりするし…」


「そうそう!そうなんですよ~」


 しかし、男というものは女子としゃべっていると調子が上がるようである。

今という時間を楽しむ。


 コレ、全世界共通だと思うんだ。


「あ、名前聞いてませんでしたね。私、加比企かひき さや。一年間よろしくね」


「えっと、加藤かとう 晴翔はると。うん、よろしく。あ、あと敬語じゃなくていいよ」


「あ、うん。いや、初対面だと同級生だとわかってても敬語になっちゃうんだよね」


 そのあと、少し話すと、このクラスの担任だろう先生が教室に入ってきて「はーい、席につけー」と言ったので話すのをやめ、前に向き直る。


 もう少し話したかったな…。


 先生の話は簡潔に終わり、入学式の列などの話に切り替わり、そのあと、五分後に入学式が始まった。


 特に面白いことはなく、入学式は淡々と過ぎていった。

 少し驚いたことは、生徒会長が超絶美人の黒髪ロングな人だったことくらい。


 やはり、テンプレはいい。


 入学式も終わり、特に午後は何もないので下校となった。

 明日から普通の授業を始めるらしく、明日の時間割を教えられるとすぐ下校となった。


 加比企さんとはもう少し話したかったが、彼女はクラスが違う同じ中学だった人たちと帰っていくのが見えたので諦めた。


 帰り道。

 美少女と関わりを持ったとか、同じクラスの人に話しかけられたとかもなく一人でさみしく自分の住んでいるアパートに着いた。


 自分の家の鍵を取り出し、ドアに差し込む。


 扉を開けて中に入る。

 もう今日は出かけることもないので扉の鍵を内側から閉める。


 靴を脱ぎ、靴を脱ぎ捨て、廊下を歩く。


 ブレザーをハンガーにかけ、クローゼットにしまう。

 そのあと、キッチンに向かい、カップ麺類の詰まった箱から一つ取り出し、ふたをあけ、お湯を注ぐ。


 タイマーはかけず、なんとなくもういいかなと思うまで放置する。

 もうそろそろいいかなとふたをあけ、箸で麺をほぐし食べ始める。


 食べ終わったら、しばらくテレビをつけ、ニュース番組を眺める。


 政治家の不倫騒動、有名な動物園でパンダの赤ちゃんが誕生。殺人容疑で30代の男性を逮捕、などなど。


 特に、気になるニュースも無く、バラエティ番組はなんとなく観る気が起きなくて、風呂に入ることにした。


 浴槽にお湯はためず、シャワーで済ます。


 濡れた髪をタオルで拭きながら明日のことを考える。


 友達はできるだろうか。親友と呼べる人はできるのか。彼女はできるのか。これからどんな人と出会うのか。違うクラスにはどんな人がいるのか。等々。


 勉強よりも、主に人間関係が不安な今日此の頃。


 まぁ、考え過ぎてもよくないなと開き直り、歯を磨き、ベットに潜り込む。


 目を瞑ると今日の出来事が瞼の裏に思い浮かんで来る。


 主に、席順を間違えたこと。


 初日でやらかしたことを後悔し、恥ずかしさのあまりベッドの上で羞恥心に悶え苦しむ。


 こんな調子でこれからやっていけるのかと不安になったが、そのことを考えないように明日からの高校生活に期待と不安を胸に抱きながら少年は眠りについた。

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