6
それから数日後、わたしは家からランドセルをこっそり持ち出し、大宮さんと交換した。
「こんなのやだ。う■この色だ」とわんわん泣く一樹と、「そこまでするか」と心底あきれ返ったような夫を説得するのは骨が折れたけれど、わたしは譲らず最終的にはキャラメル色のランドセルで登校することを了承させた。
一樹にはかわいそうなことをしたと思うし、何か埋め合わせをしてやろうと思う。夫にはもちろん何もない。
ともあれ、問題はすべて解決した。そのように思っていた。
ジングルベルが聞こえてきそうな年の暮れ、ママ友の集まりに少し遅れて参加すると、どこか不穏な空気が流れていた。
「どうしたの」
「それがね、梅田さん」入間さんが言った。「わたし、実家から赤いランドセルが届いちゃったの。娘も気に入っちゃって。本当に申し訳ないんだけどうちは赤色のランドセルで登校させてやりたいの」
顎が外れそうになった。わたしの記憶違いでなければ、この人はつい先日までランドセル「進歩派」の筆頭ではなかったか。
「実はうちも娘が赤がいいって言ってて」
衝撃を受けるわたしに追い討ちをかけるようにして、秩父さんが言った。
「うちは主人が」
「実はうちも……」
いやな予感がした。この人たちが確固たる信条を持って「進歩派」の旗を掲げているわけではないことはわたしにも察しがついていた。この人たちはきっと「長いものに巻かれる」人種だ。
わたしはだんだん冷静になっていく自分を自覚する。
だから、入間さんが「ねえ、いっそもう全部自由にしない」などと言い出したところで驚きはしなかった。秩父さんが「それもそうねえ。考えてみたらこだわる方が変だもの」などと賛意を示しても驚きはしなかった。「そうよそうよ」と、賛成の声が口々から漏れても驚きはしなかった。
わたしは驚かなかった。
ただ腹の底から何か熱いものがこみ上げてくるのが分かった。
だから、ママさん連中が「いま思うと、変なこだわりだったわよねえ」だとか「ええ、ホント」などと言って笑っているのを見るともう我慢できなかった。
「どの口が……」わたしは怒りを抑えながら言った。嘘。抑えられなかった。「どの口が言っとんねん!」
瞬間、その場の空気が凍りついた。お追従の笑い、解放の喜びが消え去った。
「梅田さん、どうしたの」
入間さんがぎょっとした表情で言う。
「どうしたもこうしたもあらへんわ。あんたら『進歩的』いうのが誇りとちゃうかったんか!」
「それはそうだけど、ねえ。怒らせたのなら謝るからもっと落ち着いて話してくれない」
「じゃかましい!」
「梅田さん、どうして怒ってるの。ランドセルなんて別に何色だっていいのに」
「だったら最初からそう言っとけばええねん! いまさら掌くるーっされたって遅いわ!」
「梅田さん、もしかしたらわたしたちが勝手に言うものだから悩ませちゃった? だったらごめんなさいね。でも、もう自由に選べるんだから……」
「じゃかましい! もう手遅れなんじゃ! どないしてくれんねん。うちの子、う■こ色のランドセルを背負って登校すんねんぞ」
「買いなおしたら……」
「できたらやっとるわい!」
入間さん、熊谷さん、秩父さん、浦和さん、春日部さん……いやになるほど埼玉な面々がわたしをなだめにかかった。けれど、わたしの名前は梅田で、あぶれもんで、いやになるほど大阪人だった。
「ああ、もう。あんたらみんなアホとちゃうか!」
ランドセル同盟 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick
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