マナ能力者を探せ
ハンロ高校ミスコンテスト結果発表の翌日、放課後。
僕はミヤビ様に呼び出され、構内の外れにある体育館裏へやってきた。わがハンロ高校において、放課後の体育館裏といえば、最も人通りが少なくなるシチュエーションだ。集められたメンバーは、ミヤビ様自身の他に僕とロザリー、レイさんの三人。最近一緒にいることが多かったアイちゃんの姿が、今は見えない。
僕たち三人が揃ってもミヤビ様はなかなか口を開かず、何やら難しそうな顔をしている。ちょっと眠そうな顔にも見えなくもない。沈黙に耐え切れず、僕はミヤビ様に尋ねた。
「あれ、今日はアイちゃんはいないんだ」
すると、ミヤビ様は重々しく頷いた。
「そう。今日あんたたちだけを呼び出したのは、あの子に聞かれたらまずい用件があるからよ」
ミヤビ様のその一言で、僕たちの間にもにわかに緊張が走る。彼女に知られたくない用件といえば、それは学園生活以外のこと、つまりロザリーの任務に関する内容である可能性が高いからだ。
「僕はてっきり、ミスコンの結果報告でも聞かされるのかと思ってたけど」
とレイさんが混ぜ返したが、ミヤビ様は表情一つ変えず、
「あれはもういい」
短くそう返しただけで、全く取り合わなかった。ミスコンの結果発表のあの日、突然起こった極めて局地的な落雷によって、ハンロ高校の校舎内でその時起動していたパソコンのほとんどが故障してしまった。ミスコンの集計を行っていたパソコンも例外ではなかったらしく、未だに集計結果は発表されていないのだ。まあ、結果が出ていたらミヤビ様のテンションは間違いなくお通夜状態となっていただろうけど。
ロザリーが怪訝そうに言う。
「伯父様からは特に連絡も来てないし、グリーンフォレストもまだ目立った動きは見せていないはず。私たちだけで話し合わなければならない内容って何かしら?」
ロザリーの問いに、ミヤビ様はおもむろに口を開いた。
「二人は、昨日の放課後、ハンロ高校の校舎に雷が落ちたことを知ってる?」
僕はミヤビ様と一緒にその現場を目撃したので、二人とはロザリーとレイさんを指した言葉だ。
「ああ、そういえば、今朝から何やら騒いでたね。僕は昨日、授業が終わってすぐ帰ったから、あいにくその時は学校にいなかったけど」
「私は昨日学校を休んでたから、今朝まで知らなかった。でも、不思議なことがおこったのは事実みたいね」
「そう。私はその落雷の瞬間、ちょうど下校するところだった。たまたまモーリスも一緒にいたから、私たちは雷が落ちるまさにその瞬間を見たわ。雲一つない夕焼け空から、突然雷が落ちてきた。あれは自然現象では説明できない事象よ。そしてその瞬間、私は異常なマナの流れを感じ取った。ロザリー、シャダイ王国では何かマナを使った気象兵器のようなものを開発している?」
ロザリーは即座にそれを否定した。
「いいえ、それはない。少なくとも、マナの力を兵器に使おうとする動きは今のところ政府やマナ研究所にはないはずだよ。もしそんな計画があったら、真っ先に私の耳に入っているはずだし」
「そうね。仮に開発されていたとして、お膝元のチトセシティの、それもど真ん中にあるハンロ高校で実験なんかするわけないものね」
短い会話ではあったけれど、二人の間には微かに緊張感が漂っているように感じた。メイダン首長国連邦の密命を受けて来たミヤビ様と、シャダイ王国、マナ研究所の中枢にいるロザリー。二人はやはり気の置けない友達には成り得ないのだろうか。
ミヤビ様は続ける。
「だとすると、最も可能性が高いのは、私たちと同様にマナを扱う能力者がいるってこと。おそらく、このハンロ高校にね」
「ハンロ高校に……レーヌじゃなくて?」
僕は思わず問い返した。そんな非常識なびっくり超能力者が、同じ高校に五人も六人もいてたまるか。
しかし、ミヤビ様は首を横に振った。
「レーヌの力とは明らかに性質が違う。私の知る限り、今のレーヌ・スターリングはマナを使って自然界の力を操ることはできないわ。だから、他にもう一人マナを扱える人間がいる可能性が高いと言えるの。ただし、もう一つ言えるのは、その人物はまだ安定してマナを操れるわけじゃないってこと。ロザリーの暴発と同じように、何らかの理由で一瞬だけ爆発的なエネルギーを生じさせることはできたけど、まだ自然に流れるマナを自分の体に留めておくような能力はない。そんな能力者が身近にいたら、マナの流れに変化が起こるし、私やレイが気付くはず。ロザリーだって、きっと何となく違和感を覚えるんじゃないかしら」
「どうだろう……私はまだ二人ほど敏感ではないかもしれないけど、でも、雅さんやレイさんが近くにいると、たしかに何となく空気が騒いでいるような感覚はある」
「ロザリーには今まで周囲にマナを扱える能力者がいなかったから、まだそんな風にぼんやりとしか感じられないかもしれない。でも、きっとすぐに異変に気付くようになるわ――それはそれとして。ねえモーリス、あんた、誰か心当たりはない? マナを扱えそうな能力者」
と、僕とは全く別次元の話題と思っていたところでいきなり話を振られた僕は、我ながらひどく間の抜けた声で答えた。
「へ? 僕? なんで?」
「あたしとレイはまだハンロ高校に来て日が浅いし、ロザリーは学校を休みがちだし……一番事情に通じてるのはあんたでしょ」
「ええ? そりゃたしかに、三人よりは知ってるかもしれないけど……でも僕、マナの力を感じる能力なんて全然ないよ?」
「わかってるわよそれぐらい。マナの力を感じられなくても、私たちにはもっとわかりやすい特徴があるじゃないの、ホラ!」
ミヤビ様はそう言うと、自分の顔を指差した。
わかりやすい特徴……?
僕は三人の顔を見比べる。あ、そうか。
「アルビノ……? 生徒の中にアルビノがいないか探せってこと?」
「そーいうこと。必ずしも生徒とは限らない。学校の関係者とか、出入りの業者とか、生徒の父兄だったりするかもしれないけどね。どう、思い当たる人はいる?」
「……いやぁ、ちょっと思いつかないな……アルビノかどうかなんて、普段から注意して見てるわけじゃないし」
「そっか。ま、あたしたちもできる範囲で探してはみるけど、モーリスもそれとなく友達から情報を集めてみてよ。じゃ、今日はこれで解散!」
!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i
情報を集めるって、具体的にどうすればいいんだろう。
ミヤビ様から指示を受けた翌日、僕は教室で頭を抱えていた。
ロザリー達と同じアルビノ。一般的なアルビノの特徴といえば、透けるような白い肌。髪は白から金色で、瞳は赤から紫。そんな生徒がいたら間違いなく目立つ。先天的な体質のことだから、あまり表立って話題にはしないかもしれないけど、それでも何となく話が伝わってくるものだ。事実、ロザリーことジュエラー・シンハライトはその可憐な容姿と深窓の令嬢のような儚げな雰囲気も相俟って、入学直後から話題の中心だった。ミヤビ様とレイさんは髪を染めてアルビノであることを隠しているが、もし公にしていたら今以上に目立っていただろう。全く噂が聞こえてこないということは、生徒の中にアルビノはいないと考えていいはず。
しかし、学校の関係者や生徒の父兄、出入りの業者となるとさすがにわからない。教師や用務員ぐらいならある程度は顔と名前が一致するが、関係者ってどれぐらいの範囲までのことを指すのだろう。それすらも見当がつかない。出入りの業者なんて言わずもがなだ。
「はぁ~、どうしたらいいんだ……」
途方に暮れて机に突っ伏していると、
「おう、どうしたモーリス?」
声をかけてくれたのはラニだった。
そうだ、ラニがいた。僕なんかよりずっと交友関係が広く、人の顔と名前を覚えるのが得意な彼ならば、もしかしたら心当たりがあるかもしれない。僕はそれとなくラニに尋ねてみた。
「ねえラニ、この学校にアルビノの子っているかな?」
「なんだよ唐突に。お前の彼女がいるじゃんか」
全然それとなくはなかったようだ。それとなく話題を振るって実際どうやればいいの?
「まあ、そうなんだけどさ……他にいるのかなって」
「どうしたんだよ、やっぱりジュエラー・シンハライトと付き合うのが辛くなったのか? アルビノの他の子がよくなったか?」
「別に、そういうわけじゃ……」
「皆まで言うなよ、俺とお前の仲じゃねえか」
ラニはそう言うと、僕の肩を軽く叩きながら顔を寄せてきた。
「しかし、色白な女の子っていう条件なら何人か紹介してやれるけど、アルビノの子は知らねえな。そもそもアルビノって何十万分の一の確率なんだろ? 男まで含めても、ハンロ高校にはいねえんじゃねえかなぁ」
「だよねえ。生徒じゃなくて、学校に出入りしてる人の中には?」
「う~~~ん、そこまでいくとさすがにわかんねえけど、少なくとも俺は見たことないな。見てたらうっすら記憶に残ってるはずなんだが、全く見覚えがない」
ラニがそう言うのならそれが事実なのかもしれない。ハンロ高校内の情報源として、顔の広い彼以上に頼れる存在はいない。ラニが知らないとなると最早全校生徒に一人一人聞き込みしなくちゃならないレベルになってしまうが、さすがにそれは不審に思われるだろう。
さて、どうしよう……。
僕は再び頭を抱えた。
探し求めている相手が実は意外と身近なところにいたことに、この時の僕はまだ気づいていなかったのだ。
彼女に死ねと言われたら 浦登 みっひ @urado_mich
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