第2話「夢」

 気がつくと、沢村俊道さわむらとしみちは和室のたたみの上に立っていた。六畳ろくじょうほどの仕切られた部屋には何も置かれておらず、窓もない質素なものだった。天井からはむき出しの電球が吊るされており、部屋を弱々しく照らし出している。部屋の側面には一つだけ障子しょうじが貼られており、そこだけが部屋の外に通じているようだった。俊道が柱や天井に目をやると、木の日に焼けた具合から相応の年月が経っているのだろうということが分かった。


 ここはどこなのか、どうやって来たのか、何故立っているのか。疑問は何一つ解決しないが、俊道は焦ることなく溜息をついた。


(またこの夢か……)


 いつからだったかはもう忘れてしまったが、俊道は幾度も同じ夢を見た。毎回。いつも見知らぬ和室に立っているところから始まり、いつの間には目が覚めているのだった。何度も同じような夢を見るので、退屈しのぎに障子を開けようとしたり壁を蹴ったりしたこともあったが、びくともぜず徒労とろうに終わっていた。


 今回も何もすることがなく、いつものようにそのうち目が覚めるだろうとぼんやりしていたが、一向に何の変化も起こる気配がない。


 目が覚めるどころか、夢の中というのが嘘のように意識がはっきりとしている。


 このまま、目が覚めなかったらどうなるんだろうか。この時初めて俊道は焦りを感じた。どうにかしなければずっとここにいることになるのではないだろうか。そんな不安が頭をよぎる。


 とはいえ、以前唯一の出入り口だった障子を開けようとしてもびくともしなかったのだ。ここが開かなければどうしようもない。と思いながら俊道が障子に手をかけたそのとき、一瞬バチッと手に電気が走ったような痛みがあった後、すうっとほとんど力を入れていないにも関わらず、あっさりと障子は開いたのだった。


 痛みが走った手をもう片手でおさえながら、俊道は驚きを隠せなかった。まさか開くとは思わなかった。


 開いた障子から顔を出すと左右に細い廊下がつづいているのが分かった。だが、左右それぞれに伸びている廊下を照らし出しているのはむき出しの電球数個のみであり、それ故の薄暗さがすすけたような壁の古さと相まってなんとも不気味な雰囲気を醸し出している。


(正直怖いけど、行くしかないよなあ……)


 そう決意を固めて、俊道はおそるおそる一歩を踏み出した。



 どのくらい歩いただろうか。延々と続く曲がりくねった薄暗い廊下を進んできたが、時間の感覚も危うくなっている。まだ数十分しか歩いていないような気もするし、もう何時間も歩いているような気さえする。


 左右の古びたの壁には、時々障子やふすまがあるけれども、どれを開けようとしてもまるで壁に書かれた絵かと錯覚するほどに、少しも動かすことは出来なかった。


 幸い、夢のおかげか歩いて疲れを感じることはなかったけれども、薄暗い不気味な廊下を歩いていかなければならない恐怖で、少しづつ精神が削り取られているのを感じていた。


 何度目かも分からない廊下の角を曲がったその時、暗い廊下を進んだ先に今まで見慣れぬ明かりが見えた。それはずっと薄暗い廊下を歩き続けてきた俊道にとっては、待ち焦がれた希望のひかりに見えた。


 今までの疲れなどまるでなかったかのように、俊道は明かりに向かって走り出した。早くこの状況から抜け出したい、恐怖を振り切りたい。その思いが俊道を前に前にと押しやった。


 ようやく明かりの前に辿り着いた。いきなりのまぶしさに思わず目を細める。


 やがて明るさに慣れた俊道の目に飛び込んできたのは、



顔を赤らめた和服姿の幼女だった。



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狼と竜の輪舞曲 @curious_0955

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