狼と竜の輪舞曲
@curious_0955
第1話プロローグ「骸」
月明かりも通さない暗い森の中、狼達の群れが素早く走り抜けている。時折木々にの隙間から漏れ出た月明かりに映し出された毛並みが、淡い銀色を反射させる以外は、ほとんど物音もなく、ひと目見ただけではただの暗闇しか映らないだろう。
静かに、しかし統率の取れたその動きからは、多くの戦闘をくぐり抜けてきた凄みが伝わってくる。何より各々が宿した殺意が、言葉にならない恐怖として、じっとりとまとわりついてくるようだった。
ふと、先頭の狼が短く鳴いた。それを合図として、木々の間を走っていた群れが中央に間を空け二分した。
その刹那、轟音を立てながら、狼達が空けた隙間を炎の塊が焼き尽くした。そこにあったであろう木々は見る影もなく焼け焦げ。原型をほとんど留めていなかった。
その光景を目撃したであろう狼達だったが、動きが乱れることはまるでなかった。あたかも、先程の静寂が続いているかのように、静かに洗練された動きで木々の間を駆け抜けている。速度を緩めるどころかさらに速度を上げたようにすら見えた。それらの姿はまるで一体の獣のように、統率を崩すことなく前へと進む。ただ、敵を殺すために……。
数分走っただろうか。走っている先の暗闇にポツリと赤い光が見えた。今まで何の乱れもなかった狼達の動きが一瞬こわばった。
だがすぐさま立て直し、各々の狼達が分散して、まるで赤い光を遠巻きに囲むように、それぞれが方向を変えて散っていった。
暗い森の中、赤い光が浮かび上がらせているのは、まるで人影のようだった。大人の男性のような背丈だが、木々の影で暗いこともあって容姿がほとんど分からない。だが、赤い光が決して穏やかなものではないことだけは明らかであった。
かすかな風が木々を揺らし、葉が擦れる音を立てている。やがて風が途切れ、暗い森に完全な静寂が訪れた、その刹那、人影の背後に潜んでいた狼が一瞬で間合いを詰め飛びかかった。それを皮切りに、囲んでいた狼達が一斉に襲いかかった。
今までの静けさが嘘のように、唸り声や怒号で溢れかえる。そして、むき出しになった牙と爪が、磨き抜かれた動きで一直線に人影に向かって振り下ろされた。
……はずだった。
狼達が人影を捉えるその瞬間、人影に灯っていた赤い光が一気に輝きを増し視界を奪い、同時に轟音がすべての音を遮った。
次にそこにあったのは、凄惨な光景だった。人影以外の風景が一変していた。
まず、木々が薙ぎ払われて入ってきた月明かりに映し出されたのは、狼達の死体の山だった。先程まで月明かりが時折照らしていた美しい銀の毛並みは血と黒焦げて見る影もない。先の轟音で、十以上の狼が絶命したことになる。場所によっては幾つものかつて狼だったものが折り重なっていた。
次に目に入ってくるのは、黒焦げになった大地だ。先程までそこに生えていた草木や樹木は、まるで蒸発してしまったかのように跡形もなく消え去り、あらわになった地表が、炭でも塗りたくったかのように真っ黒に染まっていた。
だが、奇妙な光景が一つあった。人影である。月明かりがかつて暗い森だったの場所を明るく照らし出しているのに、人影だけはまるでまだ暗い森の中にいるように、
ま っ く ら だ っ た 。
あいも変わらず真っ赤な光が人影で輝いているだけで、他の色を見定めることはできない。まるで、先程狼達が襲いかかる前の静寂で時間が止まってしまっているように、暗い闇が人影全体を覆い隠している。
「……ははははははははははははっはっはははははははははっははははっは」
突然、女性のような声が静寂の中にこだました。感情がこもっていない、まるで壊れた機械が同じ音を流し続けているようでもあった。
どうやら笑い声のようなそれは、不思議とあたかも死んでいった狼達を励ましているかのように、はたまたあざ笑っているかのようにも聞こえた。
数分はその声が続いていただろうか。やがて人影はその姿が光とともに薄くなっていき、壊れた声もまた消えていった。
動くものが何もいなくなったかつて森だった場所には、今はただ穏やかな月明かりと静寂が優しく寄り添っているのみだった。
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