第5話 In case of Reizen=Row=Stroud.

「おーれーは、レイゼーン、つーよーい、おとこーっ、デカイー奴とかー、スゲェー奴とかー、ギタギータのドッカーン! ぶーっ飛ばーすーっ」


 音程、調律――それらを無視した、士気高揚の為であろう高らかな抒情歌じょじょうかが、荒野に散らばっていく。

 レイゼン=ロウ=シュトラウドは、阿呆である。まだ日も高いのに黒のレザーコートを襟を立てて纏い、頭には鉄の額当てが光り、逆立った金髪は日射しを存分に受けていた。背中には『ドライバーエッジ』と名付けられた大剣――というよりも、巨大なプラスドライバーを背負い、意気揚々と歩いている。理由は「かっこいいから」だ。あとはズタ袋を背負っているのみで、とても旅をしている者の格好とは思えない――が、現に彼はこうして旅をしているのだから、甚だ唖然とするばかりである。

 アイディがリードミの森を出た頃の事、レイゼンは南エウロ地区を歩いていた。エウロ地区は東西南北中央の五つのエリアに分かれ、気候が穏やかで治安の安定している西・中央エリアに比べ、アビラン地区やそれよりも南のカリフ地区に面している東・南エリアは決して治安の良い地区ではなかった。しかしながらレイゼンには目的があった。自分が好敵手として認めた相手を打ち倒す為修行を重ね、研鑽を積んだその成果を、“彼”に味わわせる為である。

 “彼”はレイゼンの得物を半壊し、完膚なきまでにレイゼンを叩きのめしたのである。レイゼンにとってはそれが初めての完全な敗北であった。


 レイゼン=ロウ=シュトラウドは、Outsiderアウトサイダーである。

 8歳の頃に“いかずち”を発症し、それからはその“能力”を使って日銭を稼いでいた。身形の整った者のくびに“雷”を流し気絶させ懐から財布を抜き取ったり、12歳を超える頃には自分から賞金首を打ち倒して賞金をもぎ取り、腹を立てた賞金稼ぎを片っ端から返り討ちにしていった。勿論蒼い社も彼の噂や通報を聞きつけて何度も出動していたが、その度に彼はやはり撃退したり、逃亡を繰り返していた。いつしか彼に立ち塞がる者は居なくなり、蒼い社も彼を放ったままにし始めた。彼を捕まえる事ができない、それも一因であるが、それより何より彼は一度たりとて“能力”を暴走させる事がなかったからである。

 遂に下された命令は――〈好きにしておけ〉

 蒼い社が節を屈した瞬間でもあったし、それを成し遂げたOutsiderなのである――無論この命令は異議申し立てが起こったり、当時は大脱走事件の年でもあったので指揮系統が乱れていた時期でもあった。非公式命令であると判断し、同種のOutsiderとして未だに対策員を差し向けている支部もある。

 しかしながらレイゼンはそれらを少しも鼻にかける事はしなかった。というより、自分がそういう存在であることを自覚していなかった。ただ己の生きたい様に生きているのみで、それ以外は些末な様であった。「奴は阿呆だ」と、そんなレイゼンを誰も止めなかったし、レイゼンもまた誰も縛ったりしなかった。“彼”に出会うまでは。


 二年前。彼は全てを敵と見なしていた。けれど周りのものを排除するだとか、何かに構わず破壊を繰り返すだとか、そういった暴威の輩ではなく、進んで孤独と破滅の道を選んでいた。レイゼンには彼がそう映っていた。勿論彼を避けたり、かかわる事なく生きる事もできたがその日のレイゼンはそれをしなかった。其処は残月の冷ややかな光が映える丘であった。丘の下には家々がひっそりと立ち並んで、どこからか暁を告げる、寂しい笛の音も聞こえてくる。

「よぉ!」

 いつもの如く、レイゼンが気安く景気良く相手に声をかける。うら寂しい丘に似つかわしくない明朗な声が丘に木霊する。酷く怯えた様に、そしてそれを隠す様に彼はレイゼンをじっとりと睨んだ。構う事なくレイゼンは笑う。

「そんな怖い顔すんなよ! お前、こんな所で何してたんだ?」

「別に、話すほどの事ではないです」

「ふぅん――独りか?」

「……見ればわかるでしょう」

「……解った、精神統一だ! やるなぁお前」

 変な奴だなと、彼は目で訴えかけてくるが、レイゼンは気が付かない。レイゼンがそのまま独自の精神統一法を講じているが彼の耳には少しも入る事はなかった。

「コーラ飲むか?」

 話がころりと変わる。

「さっき町であったおっさんから貰ったんだよ」

「……」

「あ、おい――待てよぉ」

 彼が去るのを追う。速足で去っていくが、レイゼンからすれば見失わなければいいぐらいに思っているので少しも気にせず普段の足取りでついていく。ついてくるなと言われたが、レイゼンは言う通りにできなかった。

「いいから、僕に係わらないでください」

「いいじゃねぇか、もう少し話そうぜ?」

「僕は話す事なんてないです」

「じゃあ俺が話すから、聞いてくれ」

「……なんなんですか、貴方は」

「俺か? 聴いて驚け! 俺様はレイゼン=ロウ=シュトラウド! Outsiderだ!」

 自分の背中から後光のように“雷”を出しながら名乗る。レイゼンお決まりの自己紹介だ。それを見た彼の目の色が変わった。今まで憤然としていたからかえって多彩に映った。希望、恐懼、驚愕、幻滅――レイゼンに対して様々な感情を瞬時に巡らせていた。

「そう、でしたか……」

「あ、やべぇ。あんまし言うとまた変な奴呼ばれるから面倒くせぇんだった。レイゼンだ!」

 今更ながらの訂正をするレイゼンに、彼はうっすらと笑みを浮かべた。相変わらず変な奴だなという認識は変わらない。

「奇遇ですね……僕もOutsiderですよ。レイゼンさん」

「本当か!? すげぇ! よろしくな! ――えっと」

「アイディです。アイディ=ロド=トート。Outsider同士、よろしくお願いします」

 握手を交わそうとしたその瞬間、レイゼンの第六感が躍動した。


 すぐ様後ろに跳んで距離を取った時には何か気功の様な光が既に自分の居た所で燃えて消えていった後だった。憶えずレイゼンは笑っていた。気が昂っていく。久方ぶりに死の危険に直面したのだ――10歳の頃、ヘマをしてゴロツキ共にサンドバッグにされた時の記憶が甦る――レイゼンは特に言葉を交わさなかった。言ったところでこのアイディって奴は聞かないだろう。ならば聞く耳持つまで“おとなしく”させるだけだ。そう思い、背中のドライバーエッジを抜いた。アイディもまた、手から光の剣を出現させた――レイゼンの気が更に昂る。あれは一体なんなのだろうか、少なくとも、触れたらただじゃ済まない事は身体が解っている。であるならばと、レイゼンはアクセルグリップの様な柄に装備されたレバーを握り込んだ。刀身が回転を始め、ドライバーエッジに自身の“雷”が伝わっていき、やがて同じ光の剣を成した。

 アイディの眉の緊張が少し解れた。自分と同じ様な“能力”を持つ者を見たのはこれが初めてだったのであろうか。それともレイゼンが浮かべた不敵な笑みを訝しんだのか。アイディもまた小さく笑むと、互いに斬りかかった。

 一つ、二つと打ち合わさる度に剣からカメラのフラッシュの様な輝きが迸る。競り合えばジリジリと互いの髪が縮れ、服が焼け焦げていく。型や流派などなく全く優美でない、野蛮で、しかし命を賭した盛大な剣舞が繰り広げられ、二人の咆哮が丘に響き渡った。

 レイゼンが振り払う。アイディはよろめきはしたがレイゼンの動きを把握していた。蹴ってくる。両腕でガードを固めると上から袈裟に斬り込んできた。剣で受け、レイゼンが体勢を崩すか立て直すかの所でアイディが左の拳で殴り込む。踏み止まったレイゼンが剣の柄頭をアイディの後頭部に叩きつける。二重の意味で電撃が走り、視界がぐらついた所に更にレイゼンの左拳がアイディの腹を抉った。嘔吐くアイディの背に、レイゼンの得物が強かに打ち付けられる。鈍い音がしたかと思えば猛烈な電撃がアイディの身体を駆け巡る。悲鳴を上げずには居られなかった。肉の焼ける匂いがレイゼンの鼻をくすぐった時には、アイディはうつ伏せになって動かなくなっていた。


 もう終わりか? レイゼンが理性で問うた。しかし返答がない。レイゼンは、暫く彼の様子を見た。起き上がって来いと願った。が、アイディは立ち上がって来なかった。打ち所を誤ったか、それとも感情が昂って“雷”を流し過ぎたか――レイゼンは自分の激昂を悔やんだ。しかしもうどうする事もできない。レイゼンは小さく謝罪の言葉を述べると、自分の荷物を取りに歩き出した。もしかしたら友人になれるかもしれなかった――そう思った時だった。自分の背中に鈍く重い痛みと、焼け焦げる感覚がしたのは。

「まだだ!! レイゼン!!」

 どうして? レイゼンは疑問に感じたが、それよりも闘争本能が上回った。振り返ると黒焦げになったアイディが――再生を始めていた様だった。Outsiderとはこういうものなのか? 原理はわからない。だが、確実に言える事があった。まだ戦いは終わっていなかった! レイゼンが吼える。アイディの声が上がる。すぐ様ドライバーエッジに“雷”を伝わらせ、アイディの投げつけてくる光球を躱す。

「いいぜ、いいぜアイディ! 面白くなってきた! ここからが本番だぜ本番!」

 アイディとの間合いを詰めた、光の剣が来るか、それともまだ光球を放つか――答えはどちらも違った。殴打。殴り抜けてきた。それも先ほどの拳速とは一線を画す速さだ。レイゼンが防御を取った時にはドライバーエッジごと殴られていた。そしてそのインパクトの後、アイディの瞳が光ったと思うと彼の拳から光が爆ぜた。熱い――レイゼンは何が起きたかわからないまま、意識を闇へと葬られてしまったのであった。


 気が付いた時には、彼は丘のすぐ近くにあった森に棄てられていた。身体中のあちこちが痛い。火傷もしていた。しかし、どういう訳か軽傷で済んでいる――そんな事はどうでも良かった。それよりも、今までとは別の感情の昂りが抑えられなかった。

「完っ敗、だぁぁぁぁ!!」

 立ち上がりながら、叫ぶ。激痛が走って咳込んだ。しかし可笑しい。見れば自分の得物は握っていたグリップしか見当たらない。笑いが止まらなかった。その度に痛みが駆け巡るがそれより何より可笑しさが止まらなかった。レイゼン=ロウ=シュトラウドは、完全に敗北したのであった。彼は暫く笑い転げ、側の池に落ちるまで笑い続けた。


 さて、その後のレイゼンがどうなったかは前述の通りである。今度こそ、アイディにリベンジを申し込むのだ。レイゼンの歌は高らかに荒野に散っていく。いつしかレイゼンは荒野の真ん中にぽつりとある村を見つけた。どうやらこの辺りには鉱山があるらしく、夫たちは掘り出した貴金属をカネに換えてもらっていた。よそ者が珍しいのか――旅人に似つかわしくない軽装のレイゼンの歩みを皆一様に見送っていた。酒場に辿り着くとその視線は更に多くなった。レイゼンからすれば慣れた光景だ。そのままカウンターに歩み寄り、肘をつくと主人に話しかけた。

「おっちゃん、俺、アイディって男捜してんだ。知らねぇか?」

「アイディ? ――郵便屋の娘にアイヴィーって女の子なら居るぜ」

「違えよ。アイディ=ロド……なんとかって言うんだよ、この辺に居ねぇの?」

「知らないな」

「そうかぁ……」

 レイゼンは軽くため息をつくと、ふと疑問に思った事を投げかけた。

「おっちゃん、ここ何処だ?」

 レイゼンのリベンジは、当分先の事となる。

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Outsider 柾 直斗 @kirimasa

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